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18. 襲撃

朝食の後、サイラスはセドリックとティアを執務室に呼び出した。


「昨日、城の財政などは報告してもらった。申し分ない。二人ともよくやってくれている。ありがとう」


サイラスに頭を下げられてティアは恐縮した。でも、内心自分の努力が認められたようでとても嬉しい。


「俺はこれから王都に戻る」


そう聞いてティアはホッとしてしまった。


サイラスが嫌なわけでは決してないが、やはり気を使ってしまう。これまでのように厨房でみんなと食事をして、お仕着せで城のあちこちを飛び回っている方が気が楽だ。


「王都で用事を済ませたらまた戻ってくるから」

「え!? なんでですか?」


つい口からぽろりとこぼれてしまった本音にサイラスの顔が引きつった。


「俺が戻ってきたら嫌なのか?」


ティアは慌てて手と首を振って否定した。


「まさかそんなことありません! ただ、以前サイラス様は領地には滅多に来ないっておっしゃっていたので……」


どこかが痛むかのような顔をしたサイラスは「確かに……そう言ったな」と呟いた。


「旦那様が領地にお越しくださるのは喜ばしいことですよ。お待ち申し上げております」


セドリックがまとめて、なんとかその場は穏やかに収まった。


***


「「「「「「いっていらっしゃいませ!」」」」」」


城の正面玄関に全員で並んでサイラスが去っていくのを見送った後は、今までのようにカーラたちと掃除をしたり、厨房で調理を手伝ったり、ティアは充実した時間を過ごした。


「あ~、今日も楽しかった」


自分の部屋に戻り、寝る支度をしている時に突然、頬の傷痕にピリッという感覚が走った。


ティアの体に緊張が走る。周囲をきょろきょろと見回して、用心ぶかく寝台の端に腰をおろした。


これまで自分の身に危険が迫った時に、同じように頬の傷が疼いたことがある。


例えば実家にいた頃、何度もティアのいる離れに泥棒が侵入してきた。


幸い、と言っていいのか分からないが兄のトマスは引きこもりの上、夜中に徘徊する癖があるらしく、すぐに大声で騒ぎ立ててくれたおかげで泥棒は逃げ出すか、捕縛された。


大きな嵐で庭の木が離れの家屋に倒れてきた時にもピリついた感覚があり、警戒していたおかげで怪我をせずにすんだ。


(こういう感覚的なこと、直感を信じなさいってお母さまは言っていた)


ティアはじっと耳をすませた。窓の向こうに何か…誰かの気配がする、ような気がする。


わざと大きな動作で立ち上がると音を立てて部屋の扉を開け放ち、ティアは素早く部屋に戻り寝台の下に隠れた。


その直後にバルコニーにつながるガラスの扉が強い力で破壊された。大きな音と共に数人の人間が部屋に飛び込んでくる。


寝台の下でじっと息をひそめるティア。


「おい、いないぞ」

「部屋の外に逃げたか……勘がいいな」

「分かっている。追うぞ」


足の数を数えて、男が三人いると分かった。


三人とも部屋の外に出ていく。ティアは焦った。何者かは分からないけれど、城のみんなが危ない。知らせなくては。


ティアは三人の足音が遠ざかっていくのを確認した後、二階にある使用人の部屋に向かって階段を駆け降りようとした。


しかし、階段の途中でリチャードとジェイクに会う。


「ティアの部屋の方からガラスが割れる音がしたから心配で……」


二人はティアの様子を見にきてくれたらしい。有難い。


「あのね、男が三人、ガラスを割って入ってきたの。今もまだ城の中にいるわ。タマラとカーラを見つけて厨房に隠れていてちょうだい」

「ティアも一緒に!」

「私はセドリックに伝えて一緒に厨房に向かいます。だから、二人はタマラとカーラをお願い」


セドリックはまだ四階の執務室で仕事をしているはずだ。


リチャードとジェイクは心配そうに顔を見合わせたがティアの必死の懇願に渋々と頷いた。ティアは一人でセドリックの執務室に向かって階段を駆けあがった。


「セドリック!」


ノックもせずに執務室の扉を開けると、声をひそめてセドリックに呼びかける。


「ティア様、なにごとですか?」

「男が三人城に入り込みました。厨房に避難しましょう。他の皆さんもそこにいます」


セドリックが青褪めて「分かりました」と呟き、一階の厨房に向かう。しかし、階段を降りている時に上から「いたぞっ! あの女だ!」という声が聞こえて、ティアの心臓は止まるかと思った。


彼らの狙いは自分だ。何故だかまったく分からないけど。


とにかくセドリックを巻き込みたくない。


ティアは「セドリックは厨房にいるリチャードたちに助けを呼んできてください。私は大丈夫。隠れますから!」と叫んだ。自分に構わず逃げてと言っても彼は拒否するだろう。


セドリックは躊躇しながらも頷いて、厨房に向かって足早に階段を降りていく。その背中を見送った後、ティアは隠れる代わりに階段を昇っていった。


敵が上から降りてくるのは分かっている。途中で鉢合わせすることになるが、彼らが階下に行くと城のみんなが危険にさらされてしまう。


灯りを節約しているので夜の階段は薄暗い。何か小さな動物に化けることができれば彼らの間をすり抜けられるだろうに、と考えてふっと自嘲した。


(なに、莫迦なことを考えているのかしら?)


しかし、薄暗い中で小柄な自分が身を低くかがめて足元を狙って突撃したら、彼らも少し動揺するかもしれない。無謀だとは思うが、他に逃げ道はない。


上からうるさい足音が聞こえてくる。階段を走って昇りながらティアは覚悟を決めた。


その時、左の頬の傷がかっと熱くなった。


燃えるような熱さに戸惑いつつ顔を上げると、袋を被って顔を隠した三人の男たちが降りてくるのが見えた。


袋には二つ穴が開いていて、目のところだけ見えるようになっている。


「いた!」

「こいつだ、殺せ!」


ティアは伸ばしてきた手を避けながら、その男の目を睨みつけた。


『ウゴクナ』


刹那、男は動きを止め勢い余って階段を転がり落ちていった。


「おい! なにをやってる! 殺すんだ!」


別な男がナイフを取り出してティアに襲いかかる。彼の目も真っ直ぐに見据えてティアは再び念じた。


『ウゴクナ』


ナイフを持った男もナイフを振りかぶったまま固まった。


「おい! お前! なにやってるんだ!? おい!」


最後の男が動揺している隙にティアは素早く男をすり抜けて階段を駆け上がった。


「待ちやがれ!」


最後の男がしつこく後を追ってくる。


階段を昇り切るとティアは廊下に走り出た。


ここは四階、最上階だ。


壁にかけられた黒い布が視界に入る。


あの奥には東の塔につながる階段があるはずだ。


ティアは咄嗟に布をまくりあげて階段を駆け上がった。灯りがない階段は真っ暗で足を踏み外しそうになる。


真っ暗な階段を昇り切ると少し広い場所に出た。


暗いが目が慣れてくると物の輪郭くらいは分かるようになる。

隠れる場所はないか必死で辺りを見回した。


手探りで壁に振れていると半開きの扉のような感触があった。

慌てて扉の内側に入り、ガチャンと扉を閉める。


向こう側で男の乱暴な足音と「ちくしょう! どこに隠れた?!」という声が聞こえてきた。


恐怖におののきながらティアは暗闇の中じっと蹲る。


男は扉をどんどんと叩き始めた。

しかし、扉を開けようとはしない。

執拗に扉を叩き続ける。


そして扉の外側の廊下を行ったり来たりする足音が聞こえてきた。


苛立たしそうな男の足音がしばらく響いていたが、城の外や階下で声や騒めきが大きくなってくると諦めたのか、階段を降りて去っていく気配がした。


しかし、ティアは動かないと決めた。


あの男たちは自分のことを殺そうとした。


なぜ自分が殺されなくてはならないのか分からないけど、とにかくじっと身をひそめるしかない。


(城のみんなは無事かしら……?)


厨房の扉はこの城の中で一番頑丈で鍵も二重にかかる。


火を扱う厨房の扉は、万が一火災が起きた時に燃え広がらないように丈夫な金属でできているのだ。


あの中に隠れていれば安全だろう。


ジェイクとリチャードは大柄で強いし、彼らの狙いは自分だから、他の人間には危害を加えないと信じたい。


(それよりも、さっきのはなんだったのかしら? 睨みつけたら相手の動きが止まった。おかげで助かったんだけど……)


手で左の頬に触れながら暗闇の中で考えごとをしているうちに、ティアはそのまま眠ってしまった。

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