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14.謝罪

家畜小屋の柵のところに大きな桶を持ったティアが立っていた。


近づいていくサイラスの足音に振り返った彼女の顔が青褪める。


(彼女にこんな顔をさせてしまうくらい怖がらせてしまったのか……!)


罪悪感に駆られて、サイラスの心臓があり得ないくらいの速さで早鐘を打ちだした。


「あ、やぁ、その、元気か?」


我ながら何を言っているんだと呆れるが、他に何の言葉も思いつかない。


「は、はい」


おどおどとティアが答える。


彼の視線を避けるように俯く彼女に、サイラスの心は折れそうになった。


「えーと、あの、悪かった」


直角に頭を下げたが、ティアは怯えたように「ひっ」と小さく悲鳴をあげて桶を落としてしまう。


「あ、あの、どうかお気になさらず。それでは失礼します」


早口でそう告げるとティアはあっという間にその場から走り去った。


「お、おい……」


片手をあげたが呼び止める間もなかった。貴族令嬢にしては異常な足の速さだ……。


「はぁっ、駄目か。……よほど嫌われてしまったようだ」


サイラスが溜息をついて周囲を見回すと、彼女が持っていた桶が放置されている。中にはヤギの飼い葉と鶏のエサが入っていた。


「仕方ないな。俺のせいだ」


桶を持って柵の中に入ると、鶏とヤギたちが近づいてきた。いつもと違う人間なので一応警戒はしているが、やはり食べ物は欲しいらしい。


動物たちにエサを与えて、小屋の中を覗き込む。掃除は既に終わっているようで清潔だ。匂いもほとんどしない。


毎日、城の掃除をして動物たちの世話をするだけでも大変な重労働だ。


男爵令嬢が何故そんなに肉体労働に慣れているのか?


セドリックの話だと城の修繕も彼女が主導権を握ってやり遂げたそうだ。どうして修繕の知識があるのだろう?


サイラスは自分が彼女のことを何も知らないと気がついた。


セドリックに以前の彼女の生活について尋ねても「私がお答えするわけには参りません」と言うばかりだった。


他の使用人たちも彼女の事情は知っているらしいのに自分には教えようとしない。


(俺だけが彼女のことを何も知らず避けられている……)


苛立たしさがつのる。


もちろん、全部自分が悪いことは分かっている。


それなのに焦りや落胆のような感情がこみ上げてくるのは何故だ?


家畜小屋を出ると隣にある菜園が目に入る。見事な野菜が実っていて素直に感心した。


卵と羊乳、これだけの野菜が収穫できれば、確かに城の五人の食費を賄うことができるだろう。


(彼女は一体何者なんだ? なんのためにこれだけ尽くしてくれるんだ? 俺は初対面から彼女に酷いことを言ったのに……)


『私は皆さんのお役に立ちたくて……』


目に涙を浮かべていたティアの顔を思い出した。彼女は純粋に城の者たちのために役に立ちたいと頑張っていただけなのかもしれない。


(単にお人好しということか……)


善良な意図しかないとしたら、自分がしたことは人として許されることではない。


(もっとちゃんと謝罪をして受け入れてもらわなくては)


その時、物音がして振り返るとジェイクが所在なさげに立っていた。


「ああ、ジェイク。仕事かい?」


サイラスが声をかけるとジェイクは仏頂面で会釈をした。彼の無愛想はいつものことだ。


「ティアが家畜のエサをやり忘れたと言っていたので、きたんですが……」

「ああ、俺があげておいた。大丈夫だ」


(庭師が領主夫人を呼び捨てにしていいものなのか?)


一瞬、胸に走った不快感が何なのか分からないまま、サイラスは何気ない風を装ってジェイクに声をかけた。


「それにしても菜園も家畜小屋も見事なものだ。女性には重労働だろう。セドリックは彼女が作ったと言っていたが、実際はジェイクがやってくれたんじゃないか?」


ジェイクはサイラスを一瞥すると不愉快そうな表情を浮かべた。


「俺はほとんど何もしてません。全部、旦那様の奥方のおかげですよ。彼女がどれだけ努力しているか、旦那様にもご理解いただきたいものです」

「そ、そうか……」

「それに裏表ある方ではありません。そんな器用ではないです……正直、旦那様には失望しました」


女性陣だけでなく、ジェイクも腹を立てているらしい。


彼女がこの菜園を造ったとしたら、信じられないほどの知識と勤勉さを有しているに違いない。


「ああ、彼女にはきちんと謝罪するつもりだ。……悪かったな」


サイラスは服の乱れを直すと、ティアを探すために城に戻っていった。


***


厨房から話し声が聞こえて、サイラスはそちらに近づいていった。


どうやらリチャードとティアが調理をしながら話をしているようだ。野菜を洗ったり切ったりする音が聞こえてくる。厨房の扉が半開きになっていて、サイラスは中の様子を窺った。


「……それでティアはどうしたいの?」


リチャードの声だ。


「わからないの。旦那様が『悪かった』と言ったように聞こえたんだけど、もしかしたら聞き間違いかもしれないし……」


「うーん、俺とジェイクも旦那様からティアに裏があるんじゃないかって聞かれたけど強く否定しておいたから、少しは反省したのかもよ? ティアを疑うなんて信じられないけどさ」


普段は軽薄なほど明るいリチャードの声が怒りを帯びている。


「そうかな、でも、私を疑う旦那様の気持ちも分かるのよね。テイラー男爵家出身だし…」


「そんなの関係ないよ。ティアがどれだけ城や領民のために頑張っているか、全然分かってない。ティアを莫迦にするなって怒鳴りそうになったよ」


「ありがとう」


ティアが笑顔で応えるとリチャードの頬が赤く染まった。


扉の陰から二人の様子を窺っているサイラスは不思議と面白くないような気持ちになる。


とんとんとん


扉をノックするとティアとリチャードがびっくりして飛びあがった。


サイラスが扉の陰から顔を覗かせると「「旦那様っ!」」と二人が揃って頭を下げた。


「いや、いいんだ。そのまま続けてくれ」


そう言いながらサイラスは中に入ったが、ティアは青褪めた顔でおろおろしながら取りあえず手を洗っている。


リチャードも手を拭いて、丁寧にサイラスに尋ねた。


「なにか御用ですか?」

「あ、いや、彼女に話がある」


ティアの肩があからさまにビクッと揺れた。怖がらせたいわけじゃない。


「俺は謝罪したいんだ。理不尽な言いがかりをつけて本当にすまなかった」


深々と頭を下げたサイラスに何と返事をしたらよいか分からないようで、ティアはもじもじと助けを求めるようにリチャードを見つめる。


何故かリチャードに対して羨ましいという感情が生まれたが、サイラスは黙ってティアの言葉を待つことにした。


「……ティア、君はどう思う? 正直な気持ちを伝えていいと思うよ」


優しいリチャードの笑みを受けてティアは口を開いた。


「旦那様が頭を下げる必要はありません。誤解が解けて良かったです」

「……」

「……」

「……それだけ、か?」

「それだけ、です。はい」


戸惑ったようにティアが目を瞬かせるが、サイラスは頬を紅潮させながら彼女の顔を熱心に見つめる。


「俺は……こう、もっと、詫びになるような物を贈るとか、するとか、なにかしたいんだが……」


ティアは慌てたように手を振った。


「とんでもないことでございます! 旦那様は何もなさる必要はないです。私はただ今までのようにここにいられれば幸せなので!」


「俺に何かして欲しいことはないのか? 俺にできることはないのか?」


「なにもありません!」


大きな声で断言するティアにサイラスは肩をがくりと落とした。


「ティア……さすがにちょっと旦那様に気の毒になったよ」


リチャードが言うとティアが再び青褪めた。


「え、え? どうして? あ、では、その、えーと、だって、そんな質問、難しくて……。では逆に旦那様が私にして欲しいことはございますか?」


サイラスは必死に考えた。


自分がティアにして欲しいこと。


一つだけ思いついた。


「俺と一緒に食事をしてくれないか?」

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