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13.反省

その日の夕方、サイラスは一人正餐室で食事をとっていた。


給仕のために立っているタマラの顔つきは冷たい。まだ怒っているのだろうか、とサイラスは内心溜息をついた。


あの後、城の使用人全員に「ティアにおかしなところはないか?」「なにかたくらんでいるんじゃないか?」と聞いて回ったところ、タマラとカーラは額に青筋を立てて怒りだした。


「ティア様のような素晴らしい奥方を見つけられた旦那様は世界一幸運な方なんですよ! なんて罰当たりなことを……情けないっ」


タマラは泣きだし、カーラも冷ややかな目でサイラスを睨みつける。


「ティア様におかしなところはございません。強いて言えば人が良すぎるということでしょうか。あんな善良な方を疑うなんて、旦那様はもう少しまともだと思っていましたが……残念です」


セドリックは穏やかな表情を浮かべていたが、ティアは何も悪くない、自分が彼女に頼りっぱなしになってしまったのが悪いと言い張るばかりだ。


リチャードとジェイクですらティアを庇って、領主の自分が間違っているかのように扱う。


夕食の支度はしてくれたようだが、一人で正餐室に座っていると無性に寂しい気分になった。


「……えーっと、彼女はどこに?」

「彼女、とは?」


タマラはまだ怒っている。サイラスははぁっと溜息をついた。


「俺の奥方だ」

「ティア様は私どもと食事をとりたいと仰っていますから」

「しかし、領主夫人が使用人たちと食事をとるなんて……」


ぎろっとタマラに睨まれて、サイラスは言葉に詰まった。


もう何も言うまい。


リチャードが作る食事は相変わらず美味い。いや、前よりも格段に美味くなった気がする。


あっという間に皿をきれいにしたサイラスはタマラに尋ねた。


「城の食事は豪勢だな。予算が低いからもっと粗末なものを食べているのかと思っていた」


タマラの顔が紅潮して拳を握りしめた。


「ティア様が菜園を作り、家畜を育て、野菜や卵などの食料を手に入れてくださったおかげです。おまけに森にも行って食材を探してくださっているんですよ! 新しいメニューもしょっちゅう考案されて……本当に素晴らしい方ですわ!」

「そ、そうか……」


皿を下げにきたカーラは、サイラスの顔を見もしない。


(女性陣には完全に嫌われたな)


サイラスはどうすべきなのか分からなくなった。


ティアに謝罪して和解しない限り、使用人からこういう扱いを受け続けるのかと思うと気が重い。


タマラは養子にきて不安だったサイラスの面倒をよくみてくれた母親のような存在だ。同じ年のカーラとはすぐに打ち解けて仲良くなった幼馴染でもある。


「えーっと、俺も一方的に決めつけて悪かった。彼女を泣かせてしまったし……」


タマラが鬼の形相に変わった。


「泣かせたっ!? ティア様を? どういうことです!?」


物凄い剣幕にサイラスは圧倒された。


「彼女から聞いていないのか?」

「ティア様は何も仰っていませんでしたよっ!」


やぶへびだ、と思いつつ、サイラスは必死でタマラに訴えた。


「俺が悪かった。本当にすまない!」


(彼女は俺がしたことを話していないのか……。セドリックとタマラは人を見る目があるし、他の使用人も信用できる者ばかりだ。彼らがこれだけ信頼するということは……)


サイラスは真面目な顔で頭を下げる。


「俺が誤解していた。彼女に謝りたいんだ。どうしたら仲直りできると思う?」


(『仲直り』って別に仲良かったこともないのに変な言葉だが……)


複雑な心境を隠し、神妙な顔でタマラに懇願した。


タマラの表情は多少和らいだが、まだ疑い深そうにサイラスを見つめている。


「後でティア様に聞いてみます。でも、これ以上あの方を傷つけるなら……」

「いや! 本当にちゃんと謝るから! どうか……頼む」


額がテーブルにつきそうなくらい頭を下げると、タマラは渋々と頷いた。


***


翌朝、サイラスは相変わらず大きなテーブルで、たった独りで朝食をとっていた。


一階にある厨房から微かに笑い声が聞こえてくると、寂しい気持ちに拍車がかかる。


昔は独りで食べていても何も感じなかったのに不思議だ。


給仕してくれるタマラがやってくると少しホッとする。


紅茶を淹れるタマラに「彼女と話したか?」と尋ねると、タマラは両手を腰に当てて呆れたように目をぐるりを回した。


「ええ、旦那様がティア様に何をなさったのか、しっかりお聞きしましたよ」

「あ、ああ、だから悪かったって……」

「ですから、ティア様は恐ろしくてもう旦那様とはお話ししたくないそうです!」


自分と話をしたくないと聞いて、サイラスの胸はずきんと痛んだ。


彼女からしたら当然のことだと分かっているが、煌めく黒い瞳は二度と自分を映さないかもしれないと思っただけで無性に悲しくなる。


「……そうか、無理ない、な」


肩をガクリと落としたサイラスを見て、さすがに可哀想になったのかもしれない。


タマラがこほんと咳払いをした。


「しかし、旦那様はご滞在中に城を見て回ったりされるでしょう? ティア様も城のあちこちで一日中働いておいでです。偶然旦那様にお会いした時にお話しするのは問題ないと仰っていました」


「……偶然会ったら? 話しかけてもいいということか?」


「ええ、でも、居丈高な態度はダメですよ! 優しく丁寧に謝罪してくださいね」


「分かったよ……」


誰が主人だか分かりゃしない、と内心ぼやきながらサイラスは返事をした。


***


この城の最上階にサイラスの執務室がある。


領地経営についての報告をセドリックから受けた後、サイラスは久しぶりに城を見て回ることにした。


新しく塗り直された城の内部は眩しいくらいに明るく美しい。絵画も全部入れかえたのだろう、昔のような気取った絵ではなく、自然や森の風景を描いた心が落ち着く絵画が至るところに飾ってある。


肖像画は一つもない。うっとおしい先祖や先代の肖像画を取り外してくれたことで気持ちが上向きになる。ティアに感謝の気持ちすら湧いてきた。


使われていない部屋も塵一つ落ちていない。こまめに掃除されているのは明らかだ。


ほぼ予告なしでやってきたのに、サイラスの部屋も丁寧に掃除されていた。

これほど清潔だったことはこれまでなかった。


ティアの働きのおかげだろう。


(こんなに綺麗好きで几帳面な女性ならいくらでも結婚したい男はいるだろうに。俺みたいな酷い夫を持って気の毒だな……)


そう思うと再度、罪悪感で胃がぐっと押されたように痛くなった。


執務室のある四階から階段を降りていく。


三階にはサイラスやティアの寝室、ゲストルームがあるが、ティアの寝室はサイラスの部屋から一番離れたところにあるし、まさかいきなり寝室を訪れるわけにはいかない。


さらに階段を降りると、正餐室やサロン、使用人の部屋がある二階のフロアだ。


その下が一階で大広間や厨房などがある。


階段は一ヵ所にしかない。城は口の字の形になっていて真ん中に中庭がある。


城の裏手が広い庭園になっているが、森につながっているため、たまに領民が迷いこんでくることもある。今では庭園といっても名前だけで、原っぱが広がっているような状態なので余計だ。


(城の警護をもっとしっかりしないといけないな……。高い塀を作るか、警備の騎士か兵士を雇うか……俺の給金の範囲内でおさまればいいが)


広々とした平原とその向こうの森を見ながらサイラスが考えこんでいると、メェエーという声が聞こえた。


そういえば庭の隅に菜園と家畜小屋があるらしい。


声がする方向へ歩いていくと、小柄な女性の後ろ姿が見えた。


(あ、あれは!?)


ティアらしき後ろ姿を見て、サイラスは思わず身を隠した。


せっせと家畜のエサを準備しているようだ。手際がいい。


(本当に働き者なんだな。それに……可愛い)


「な、なんだ!? か、かわいいって……」


思わず独り言ちると、慌てて首を振り両手で自分の頬をぴしゃりと叩く。


彼女は一人のようだ。またとない謝罪のチャンスだが心の準備が必要だ。


何度も深呼吸して、服装と髪型を整えるとわざと足音を立てて家畜小屋に近づいていった。

*ここまで読んでくださって、誠にありがとうございます(#^^#) 

 

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