1.プロローグ
*新連載です! どうか宜しくお願いいたします(#^^#)
*一日二回、朝7時と夕方5時に投稿予定です
*最初は恋愛要素があまりありません(^▽^;) 徐々に増えますのでどうか気長に読んで頂けると嬉しいです<m(__)m>
結婚初夜である。
ティア・テイラー男爵令嬢は緊張に体を強張らせながら、古めかしい寝台に腰かけていた。
一度も面識のないサイラス・アスター伯爵と突然結婚しろと言われて、心の準備もできないまま寝室で夫が来るのを待っているのだ。つい深い溜息がでてしまう。
とんとんとん
軽いノックの音がした後、一呼吸おいて扉が開く。
(私は返事していないんだけどな)
部屋の主だから開けても問題ないだろうという傲慢さを若干感じて、息が苦しくなった。
扉から入ってきたのは背の高いがっしりとした男性だ。
湯浴みをしたのだろう。濡れたプラチナブロンドの長髪を後ろに流している。形の良い鼻梁に切れ長のサファイアのような瞳。若き美形伯爵という評判は本当だったらしい。
それに比べて……と自分を振り返ると情けなくなる。
ガリガリのやせっぽちの体。地味な黒髪は艶もなくパサパサだ。左の頬には大きな醜い傷痕がある。服の下で見えないけれど、体も痣だらけだ。鞭で打たれた背中の傷も残っている。ティアは思わず夜着で自分の体を包むように抱きしめた。
「……言っておくが」
伯爵は挨拶もなく話し始めた。ティアの方に視線を向けることもしない。業務連絡のような口調だった。
「俺が君を愛することは一生ない」
大きな声を出しているわけではないのに、妙にはっきりと聞こえた。
俯いていたティアはビクッと肩を揺らす。
愛されることなんて最初から期待していない。それよりも彼は自分から何を奪おうとするのだろうか? 色々と悪い想像をしてしまい、足元からぐんにゃりと力が抜ける。嫌な汗が背中をつたうのを感じた。
「わかりました」
顔を上げておずおずと返事をすると彼が大きく目を見開いた。何を驚くことがあるんだろう?と考えてすぐに合点がいった。この顔の傷痕のせいか。
花嫁の顔にこんな醜い傷があるなんて知らなかったろうから、騙されたと怒るかもしれない。
自分はここでどんな仕打ちを受けるのだろう?
下働きでこき使われるのは容易く想像できる。ただ、主人の罰がどれほど酷いものなのか、覚悟を決めるためにも知っておきたかった。
鞭打ち……は当たり前だろう。でも、爪を剥いだり歯を抜かれたりしたらやっぱり怖い。さすがに父と兄もそこまではしなかった。
嫌な想像しか思い浮かばないが、勇気を振り絞って声を出した。
「あの、私はこのお屋敷で何をしたらよろしいのでしょうか?」
虚を衝かれたように彼は一歩後ろに下がった。戸惑った表情を浮かべながら口元を手で覆う。
「いや、君はこの屋敷には住まない。領地の城に行ってもらう。俺は王都で仕事があるからここに住む。いわゆる別居婚だな。俺は滅多に領地に帰らない。君は領地でひっそり暮らすんだ。節度を守り、伯爵家の名を汚さず目立たない生活を送ってほしい」
自分の耳が信じられなかった。
今、彼は何と言った?
別居婚!?
なんて素敵な響き。
夫と顔を合わせる必要はない!?
そんなうまい話があるのかしら?
疑いつつも途端に体中に温かい血液が回り始めた気がした。頬に赤みが戻り、足元のおぼつかなさも消えた。しっかりと足を地につけてティアは立ち上がった。
「旦那様! ありがとうございます! とっても嬉しいです。それで私はご領地のお城で女中か下働きをすればよろしいのですね?」
彼の目がまん丸になった。
「うれしい……? とっても……?」と呟いた後、ポカンと口を開けて立ちつくしている。
そんなに変なことを言ったかしら?
仮に使用人の苛めがあったとしても、父と兄から受けた虐待よりはましだろう。女中として家族から離れたところで生活できるなんてまさに望むところだ。
「……婚姻の手続きは済んでいる。君は俺の妻なんだ。形だけの結婚とはいえ、女中なんてやらせるはずないだろう?」
「え? そうなんですか? 人手が必要ではないのですか?」
彼ははぁっと溜息をついて頭を掻いた。
「君は、ここに嫁ぐのに何と言われてきたんだ?」
「……あの、アスター伯爵家はお金に困っていて、持参金が必要だから結婚することになったって」
ガクリと肩を落として彼は寝台に腰かけた。
「ああ……そう聞いているのか。そうだな。金目当ての結婚だ。だから君を愛することはない。名前だけの夫婦だ。元々、俺は誰かを愛して結婚するなんて考えてもいなかった。もちろん君が悪いわけではないが……」
言いかけて顔を上げた彼は、ティアが生き生きとした表情をしているのに驚いたようだ。
「まったく同意見ですわ! 私も誰かを愛して結婚するなんて考えられません! あ~、良かった。話の分かる方で。しかも、別居婚なんて最高です。理想の結婚の形ですわ!」
「最高……? 理想の……? え、あ、あの……」
戸惑う彼にティアは満面の笑顔を向ける。途端に彼の頬が紅潮した。
「では、私は隣室で眠ることにいたしますわね! あ、さっきソファが置いてあるのを確認しましたから問題ありませんわ」
ちょっと誇らしげに胸を張ると、彼が「あ、ああ」と頷いた。しかし、すぐに首を振ってティアを正面から見つめる。
「いや、ご婦人をソファに眠らせるわけにはいかない。俺がソファに寝るから君はこの寝台を使って……」
ティアは毅然と彼に手のひらを向けた。
「心配ご無用です! 私はいつも床で眠っておりました。ソファでも贅沢すぎるくらいですわ!」
「は!? ゆかって、床? ……お、おい、待て……」
呆然とする夫を置いて、ティアは素早く寝台にあった上掛けの一枚を掴むと部屋から走り出た。
隣室は家具が少なくガランとしているがソファがぽつんと置いてある。ソファに横になるとギシッと音がしてほこりっぽい匂いがしたが、実家の床より百倍もいい。
別居婚、ということはつまり、夫には干渉されず父たちから逃れられるということだ。
こんなうまい話があっていいのかしら? 嬉しすぎて眠れない、かも。
そう思った数秒後にティアは深い寝息を立てていた、らしい。
*読んでくださって、本当にありがとうございます<m(__)m>
*異世界転移なのか?婚約破棄は?などと様々な疑問があると思いますが、どうか最後まで読んで頂ければ、と思います
*他の読者様のためにネタバレの感想を書くのはご遠慮ください。ストーリー展開を予想する感想も、ある種のネタバレになるので申し訳ありませんがお控えください。よろしくお願い申し上げます<m(__)m>