第8話
翌朝、カレルは城へと戻ってきた。
手には革の小袋を持って。
「あら? お帰りなさいカレル」
「これはこれはユスティナ姫、ルドウィク殿も」
使用人の服に着替え、王に会おうと朝日の差し込む廊下を歩いているとルドウィクを連れたユスティナに遭遇した。
「お父様のお仕事は楽しかったですかカレル? 私の頼んだ仕事は放っておいて」
ユスティナは顔をカレルからそむけて拗ねた。
「仕方なかったのですよ。王様の言うことには従わなければ」
「私の名前を出せばよかったではありませんか」
「出しましたとも。ですが──」
カレルの言葉に、ユスティナは顔を赤くして怒った。
「私とお父様、どちらの言うことが大事なのですか!?」
──なんだこのクソ面倒臭い女は。
心の中で舌打ちしながら、カレルは笑顔で言い放つ。
「私の雇い主は王様です。より優先されるべくは王様と考えます」
カレルの言葉を聞いたユスティナはわなわなと震え、下唇を噛みながら足音も高らかに赤いドレスを翻し去っていった。
慌てて追いかけるルドウィクが可愛らしい。
「……お姫様ってのも、大変なもんだな」
カレルは姿の見えなくなったユスティナに目礼をすると王の待つ執務室へと向かった。
執務室に着いたカレルは王に革の小袋を渡しながら報告を済ませる。
「死体は教会の人間に処理させました。周囲には改革派の仲間割れという風に噂を流す手はずになっています」
「早かったな。だが……一体これはなんだ?」
報告を受けた王は怪訝そうな顔をしながらカレルが寄越してきた革の小袋を見ている。
「改革派の連中の耳です」
さも当たり前のように告げてくるカレルに、王は顔をひきつらせる。
「み、耳か……そうか」
「証拠があった方がよいと考えましたので……首の方がよろしかったですか?」
「い、いやいい。ご苦労だった。また何かあれば呼ぶ。それまではユスティナの警護を頼んだぞ」
王の言葉に、カレルは礼をした後その場を去った。
「……え? この耳置いていくの?」
困惑した王の声がカレルに聞こえることはなかった。
さて、ユスティナの警護に再び戻るカレルだが……正直気が重かった。
先程廊下ですれ違ったときに喧嘩しているというのが理由だ。
「カレルです。入ります」
部屋の扉を開けて中に入ると、そこにいたのは何やら羽根ペンを手に勉強しているユスティナの姿があった。
髪の色と同じ銀灰色の眉を吊り上げ、怒った表情を浮かべながら机の上に置かれた紙とにらめっこしている。
「あらカレル、用は済んだの? 雇い主様の用は」
ユスティナは顔を上げて表面上は笑顔だが、言葉には怒気と嫌味が多分に含まれていた。
「滞りなく」
「それは良かったわね……あら?」
カレルに生返事で返したユスティナ。
再び紙に視線を落とそうとして、何かに気が付いたのかユスティナはカレルに近付いていく。
カレルがたじろぐなか、抱きつけるほど近くに来たユスティナは鼻をならしている。
「ど、どうされました?」
「……ベルガモットの香水? カレル、一体貴方はどんな用事をお父様から受けたの?」
訝しげに尋ねるユスティナ。
どうやらかすかにカレルの首に残った香水の香りを嗅ぎ付けたらしい。
女にでも会ってきたと思われているのだろうか?
──犬かこの女は。
「ただの伝令ですよ。それとこれは私の趣味です」
懐から香水の入った小瓶を見せながら、カレルは答えた。
「ただの伝令に香水なんて付ける?」
「まさか香水の匂いを漂わせながら重要な仕事をしているとは思わないでしょう?」
ニヤリと笑いながらそう返すカレル。
ユスティナは呆れながらも、一応は納得したような表情を見せた。
だが……
──ベルガモットの香りに混じって、何か……焦げた臭いと鉄の臭いがする……カレル、貴方本当は何をしてきたの?
目の前のカレルがどこか怖くて言い出せないユスティナだった。