第5話
翌日の朝、カレルは警護の休憩時間を使って王城の近くにある市場にやってきていた。
露店が立ち並び、色とりどりの果物や野菜、肉や惣菜の類いが売られている。
さてこんな場所にカレルは何をしに来たのか?
ユスティナに庶民が食べているものを買ってきてほしいと命令されたのだ。
『ねぇカレル。庶民の人たちは一体どんな食べ物を食べているの?』
『麦や蕎麦で粥を作ったり、露店で買ってきたものを食べたり……ですかね』
『露店ね……カレル、ちょっと買って来てくれない? どんなものなのか知りたいの』
──普通に毎日食べてるものの方が美味いだろうが……知ろうとするその姿勢はいいものだな。
そう思いながら、カレルは栗色の髪を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせながら市場を上機嫌に歩いていく。
「腹が減ってるから2つくれ。出来立てを頼む」
カレルは銅貨を数枚差し出して露店の店主に渡した。
売られているのはジャガイモを潰して丸く整形し焼き上げたプラツェックと呼ばれる料理。
「あっちのも旨そうだな」
カレルはこの手の惣菜を自炊できないため普段からよく買っている。
普段は粥やパイなど代わり映えしない料理ばかりだったがそこは流石王のお膝元。
売られているものも多種多様で目移りしてしまう。
カレルが次に目を付けたのは魚介類をトマトと香辛料で煮込んだスープ。
素焼きの陶器に入って売られている。
「2人分くれ」
「あいよ」
この他にも色々と買い込み、カレルは城へと戻っていった。
城に帰ってきたカレルに王からの呼び出しがかかった。
ユスティナへ料理を渡しに行きたかったが相手は王様、カレルの雇い主だ。
優先されるべきは王の方だろう。
「カレルです。何か御用でしょうか?」
背筋を伸ばして、買ってきた物を持ったまま王のいる執務室に入る。
せめて荷物くらい置いてこい、そういいながら王は本題に入る。
「まず1つ、娘を助けてくれたこと、礼を言う。それとこれは褒美だ」
「ありがたく」
幾ばくかの銀貨を王から手渡され、カレルは思わず顔を綻ばせた。
「で、2つ目だ。南のラス教会という場所で改革派が夜な夜な集会を開いているそうだ。これを潰してこい。手段は問わん」
王からの言葉にカレルは眉をひそめた。
「構いませんが……宜しいのですか? 教会は守旧派の総本山。下手に手出しをすれば……」
「その教会からの願いだ。だが私も表だって兵士を動かす訳にはいかん。改革派といえ民は民、心象も悪くなるからな。だからお前を使う」
なるほど、カレルは心の中で納得した。
「分かりました。早速行って参ります」
「お前の腕の見せ所だな。ところで……かなり食べるのだな。その荷物は全部料理だろう?」
王様は床に置かれた荷物を見て呆れていた。
「いえこれは、ユスティナ姫に頼まれたものですから。『国民が食べているものを買ってきてほしい』と」
カレルの言葉に王は苦い顔をした。
「……我が娘ながら、全く……その料理は食べさせないでくれ」
額に手を当てながらやれやれと顔を伏せる王。
何が駄目なのだろうか?
「毒味なら私が務めますが……」
「分かってないな。どこで買ったのかは大体想像がつく。大方市場で買ったものだろうが合わないものを食べて腹を壊したらどうする? 第一姫の身分でそんなものを食べるなどはしたないにも程がある」
酷い言いようだ。
「ユスティナ姫なりに、国民のことを知ろうと思っているのかと思われます。先の脱走未遂もそれが原因かと」
「知りたいのなら教育係がおる。わざわざ危険を犯す必要もない。話は終わりだ。下がるがよい」
こうして、カレルは2人分の食事をとることになった。
すっかり冷めてしまった料理を食べながらカレルは思う。
このまま彼女の……ユスティナの意欲を奪い続けてもいいのだろうかと。