プロローグ
空に星が瞬く頃、岩肌と地面がむき出しの荒野に槍や弓で武装した20数名の男達が夜営をしていた。
幕舎もなく、現在彼等は革袋に入れた葡萄酒や固いパンを噛りながら束の間の休息を楽しんでいる最中。
そして彼等の1人が場を盛り上げようと焚き火を囲む仲間に対して話を始めた。
「なぁ、こんな話聞いたことあるか? 夜の戦場でベルガモットの香りがしたら、それは死神が死を予告している。そんな噂さ」
男は身振り手振りで恐ろしさを演出している。
一切怖くはないが。
「ベルガモット……ってなんだ?」
「柑橘らしい」
「へー」
いまいち盛り上がらない場に、男は不満そうにしながらも酒を呷った。
「お前の作り話は毎度毎度面白くない。もっとこう……ん?」
「どうした?」
男に文句をつけていた仲間が鼻を鳴らし始めた。
つられて男も同じようにしてみる。
「なんだ? なにか匂うな……これは……ああそうだ」
──柑橘の匂いだ──
どこからか漂ってくるその香りに気が付いたとき、それは彼等の死が確定した瞬間だった。
「おいおい! まさか作り話がほん──」
「おいどうした!?」
快活に笑っていた仲間が急に黙り込んだ。
いや、正確には黙らされたのだ。
眉間に突き刺さった大振りの山刀によって。
「敵だ!! 敵がいるぞ!!」
持っていた革袋を投げ捨て、手近においていた槍に手を伸ばす。
だが彼が伸ばした手が槍を掴むことは永遠になかった。
伸ばした手が手首から切り落とされていたからだ。
地面に向かって滴り落ちる血と痛みに顔をしかめていると、背後から柑橘の香りがただよってくるのを感じる。
恐る恐る振り返るとそこにいたのは飾りの一切ない粗末な麻服に身を包んだ1人の男。
栗色の髪が夜風に揺れる、爛々と光る琥珀色の瞳と背中に背負ったマスケット銃がまるで死神の鎌のように写る。
そんな麻服の男は仲間に突き刺さった山刀を放置し、手首を切り落とされた男に向かって山刀を振りかぶりながら突進していく。
「やめろ来るな近寄るな! うわああああ!!」
男が最後に見たのは山刀を振るう黒服の男の姿。
己の首筋に冷たい刃が当たる感触の後、男は死んだ。
「……改革派だかなんだか知らんが、嫌なもんだな」
豊かな大地と海に恵まれた王国、スウォンツェ王国、この国では現在、王族や貴族、教会などの特権階級に不満を持った庶民たちが主になる改革派とそれを異端とする守旧派とで争いが起きた。
改革派を唱える庶民の中に貴族も混じり、国を揺るがす大きな内乱が起きている時代。
そんな時代に彼は、『夜のベルガモット』と謡われるカレルは居た。
金を貰えばどんな戦場にでも顔を出す傭兵として。