黒い影
彼は部活の練習を終えてから疲れを感じながら電車に乗り、最寄り駅に降りた。
最寄り駅の鉄のフェンスには小さな照明の数々が施されている。とくに技術も感じられない、冬にのみ設置されるただの小さな光の集合体だというのに何故か目がそこに吸い寄せられてしまう。彼はこれを不思議にも気に入っている。しばらくそのイルミネーションに見とれているとピロン、と彼のスマホに通知が入った。何かと思いスマホの画面を見てみるとそこには通知とは全く関係ない21:54という表示があった。彼はこれを見てやっと我に帰って帰路についた。
10分ほど行った頃だろうか。彼はいつもの見慣れた住宅街へと戻ってきた。側には今どきは安全性などの観点からという理由で数を減らしてしまったブロック塀があり少し前の時代の物どもであることを感じさせる。それもまた彼にとっては心地よいと感じる空間なのだ。
突然、風が勢いを増した。辺りの電線が揺れてヒュウヒュウという音を立て、他所の家に植えられた小さい木がざわざわと騒いだ。その瞬間、彼は自分がいる足元になにかがいることを感じ取った。天使ではない。自分と同じ系統の生き物だ。
悪魔、という括りは少々不適切だ。悪魔とはあくまでも魔という存在の大き括りの最上級に位置する存在のことであり、この世界にやってくることは一部例外を除いて滅多にあり得ない。
この理由は大きく2つあり、1つはこの世界に天使が存在することだ。1人でこの世界に入っていったって今や総人口の0.05%も存在する天使に必ず見つかってしまう。ただ殺されるだけで、メリットがないのだ。
もう一つは、この世界と魔界を繋ぐ門、人間が呼称するところの地獄門が天界より降りた天使によって封印されているからだ。この封印が余りにも強固で、当代の魔王とそれらが率いる軍を持ってしてやっと突破できるレベルだ。
つまり魔界からは行けないし行く必要がないのだ。
だが魔の中でも低級存在、つまるところの魔獣や魔族といったものは2つ目の理由である結界を素通りしてしまう。
その結界は魔界から溢れ出るオーラを抑制できる訳では無い。強大な悪魔がこの世にアクセスできるほどの強い接続が行われないようにしているだけだ。つまり魔獣や魔族は弱すぎて対象にすることが不可能なのだ。そのため、天使が日頃それらを駆除して回っている。今朝遭遇した瀬田もその活動中だった、というわけだ。
そして彼の足元にいるのは...
(魔獣か)
そう思った瞬間自分の5mほど先の地面が急にひび割れ、そこから周囲が一気に崩落した。彼も巻き込まれ、下に落下していく中で一つの大きな影が地上の方にのびていくのが一瞬だけ見えた。その一瞬のあと、彼は大量の瓦礫の下に埋まった。
◇ ◇ ◇ 瀬田 彩華視点 ◇ ◇ ◇
「はっ!」
もうとっくに夜は更けたのに彼女は翼を出し剣を振り魔族を袈裟に斬りつける。魔族はよくわからない悲鳴をあげながら傷口から消滅していった。
(今年の初めはまだ怖かったけれど、ちゃんと戦えるようになってきたなぁ...いまは...もう9時か...そろそろいいかな。3体倒したなら結構良いんじゃない?帰ろうかな...)
そんなことを思った矢先、ポーチに入れていたスマートフォンがヴー、ヴーと鳴った。
(なんだろう?慎かな...)
ポーチからスマホを取り出してみると1人の人物から電話がかかってきていた。
すぐにスマホを操作して電話に応答しスマホをポーチに仕舞った。付けているヘッドホンから教室に居た時に聞こえた女性教諭の声が聞こえた。
「今手は空いてる?」
「ちょうど倒し終わったところです」
「なら良かった。かなり大きい魔物の出現情報が出ててね、えーっと今の位置は...あー瀬田さんが今いるところから貴方の家の方向に向かって飛んでいったら多分視界には入るはずよ」
「今その魔物には誰が対処してるんですか?」
「今は櫻間さんしか対処に向かってないわ」
「櫻間さんが...分かりました。急ぎます」
「私も向かうわ。最低目標は増援が来るまで耐えること。これを厳守して。いい?」
「分かりました」
(櫻間さんかー...急がないとヤバいかも...)
上昇してそのまま自分の家の方向に飛んでいく。かなり速度を上げて飛んでいくと地上に異質なものがあるのを発見した。
(デッカ...なにあれ、魔物?巨大ナメクジに凄い数の触手と口がくっついているじゃん...)
見た目が非常に不快なその魔物を遠くから観察し、そのままその魔物へと接近した、その時だった。
ちょうどその時戦っていた1人の天使が、触手にはたき落とされて落下していくのが見えた。
瞬間的に助けなければと判断した彼女は追撃してくる触手を斬りながら落下地点へと急いだ。
見慣れた顔の天使がそこにおり、その天使はフラフラになりながらも剣を杖代わりに立ち上がろうとしていた。彼女に声をかけようとした瞬間、自分のすぐ後ろから産まれて始めて体感するような恐怖を感じた。
一歩も動けない。冷や汗が止まらない。翼は恐怖が原因となって消えた。
(ダメだ!死ぬ!)
そう確信した瞬間、自分の真上に恐怖の元凶と思しき者が存在することに気がついた。
1対の翼。そこらの魔族とは段違いの格である証拠。
悪魔だ。