天使と悪魔
2話目。
彼は駅のホームにて、スマホを片手に持って如何にもニュースを真剣に読んでいるようなふりをしている。
吐く息は白い。12月の冷気は人間にとって身に刺さるような寒さだ。彼は熱を感じているのかはよくわかっていないが、人間はこういう時は服を何着もを着込んで手袋をしてマフラーをしてカイロを携える...ということをするものだと知っている。
ニュースは面白い。ただ淡々と事実のみが書かれているものはない。何かしら書いた人間の意志が混ざっている。同じ内容のニュースを読むほどにその傾向が判る。災害などのニュースはその傾向は比較的穏やかだがゴシップなどはその傾向が余りにも激しい。それぞれの差がとても面白い。ただそれだけ。ただその違いを探し出すのは何処か愚かしいようで楽しい。
その楽しみに没頭している間に、無機質な声がホームの天井から聞こえてきた。日本の言語、続いて外国の言語が読まれ、電車が音を立てながらスピードを落とす。ドアの左右にはけてドアから出てきた人たちを避ける。人間に紛れ始めた当初はこれも不思議に思ったが、そういうものかと納得して従うようになった。そのまま人に押しつぶされそうになりながら前に抱えたバッグに両手を回して奥へと進む。人に押されなくなったと思ったのも束の間、2音の繰り返しだけの音楽とともにドアが閉められる。身体が左へと引っ張られる。上につり革があったため、すぐにそれを掴み、またスマホを使い始めた。
30分ほど経った頃、駅のホームで聞いたあの無機質な声が車両内に聞こえてきた。それを聞き取って彼はスマホの電源を落とし、ズボンのポケットに入れた。そして電車が停まり、ドアが開いたのを見てからそのドアの方に歩いて電車から降り、前にやっていたバッグを背負いホームを歩いていった。
歩いていく途中、後ろからやってきた男に肩を組まれた。
「おい慎。告白する勇気は持ったか?どうなんだ?」
やけにニヤニヤしているその男は背丈は彼とほぼ同じ。顔の黒さも似通っている。
「なんで好きな前提なんだ。相手は天使。仮に本気で好きになったとしても無理だ」
「諦めちゃうのかーそっかー」
「やめとけ平田。可哀想だろ?こいつビビリなんだもん」
「静かにしてくれよ、京も永井も」
さらに話しかけてきた永井という男にも応対しながら、駅の階段を降りていく。他愛もないゲームや勉強の会話を繰り返しながら自動改札を通り南口と書かれた出口を出る。複雑に絡み合った交差点を経由して片側2車線の道の赤いタイルで舗装された歩道を歩いていく。3人は時に笑い合ったりして歩いていたが、ある角を左に曲がったタイミングで、予想だにしなかった人と出くわしてしまった。
「あ、慎じゃん。早いねー」
「ダメか?」
「いや?珍しいなって思ってサ。お友達どっか行っちゃったけど大丈夫?」
「大丈夫じゃないでしょ。俺と瀬田じゃ立場が全然違うんだから」
「そう?ちょっと前までそんなの気にしてなかったじゃん」
「今は気にするんだよ。特にその羽を使うようになってから」
通常の人とは違う、金色の髪に碧眼。だがその顔立ちは明らかに日本人だ。背中には1対の白く輝く羽があり、手には何か剣のようなものを手にしている。
天使。魔界と天界以外の記録には全く残っていない時代では天使は己の肉体を持ってこの世界に存在していた。だが、悠久の時間の果てに天使はその力を人間に宿して誕生するようになった。何故そうするのかはその時代にあった戦いに起因する。
魔神率いる悪魔軍。女神率いる天使軍。両軍の激突は日を追うごとに苛烈を極めていった。悪魔の扱う技は天使の肉体を深く傷つける。同時に天使の扱う技は悪魔の身体を深く焼く。その戦いは常に両刃の剣であり、両軍とも多大な死者が出た。
その戦いは魔神と女神が相打ちになったことでより混迷を極めた。天使の身でありながら悪魔の味方をするもの、悪魔の身でありながら天使を支えるもの、それらを憎み滅ぼさんとするもの、逆手に取った内通者であるもの。戦いは肉体だけでなく両者の核である精神を深く抉っていった。
最後の勝者こそ天使だったが、天使もまた傷を負いすぎて天界以外に存在できなくなった。その反省を活かし、精神は人のもの、力を天使のものとすることで天使の数自体が減ることを防いでいる。何もしなかった悪魔と違い、有用な手だとかつての彼は感心した。
悪魔と天使は相反する存在であるがゆえにいかに実力者が巧みに隠れても近くにいればバレる可能性が常に付き纏う。そのため彼は彼女がより天使の力の研鑽に力を入れ始めた今年から接触を意図的に避けていたのだ。
当然、回避しようがない場合などは接触することはあるが基本的に能動的に接するようなことはしていない。あくまでも、自然に避ける体を装うのだ。周囲や本人の目から見れば俺も天使の力を憚っている一般人に過ぎないのだから、バレる心配も少ない。道端で会ってしまったのは仕方のないことだと割り切って彼は後ろを振り返った。横で歩いていた2人はどこかに行ってしまっていた。
「で、瀬田こそなんでここに?寮生なんじゃ?」
「じゃあ質問。なんで私は翼を出しているんだと思う?」
「成程。じゃ、教室で会おう」
「冷たいなぁ。わざわざ迎えにきてるのに突き放すんだ?」
「...わかったよ」
読心は悪魔の基本技術に過ぎない。相手の本心が何か探ることなど容易でしかない。人間の「空気を読む」を学習している彼は特に波風立たすまいとして彼女に従い学校に着くまでの短い距離を歩かされた。
2話目終わり。まだストーリーは動きません