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第九話 ハルカ

 狐の婆さまの耳飾りは、(あやかし)が人の姿に化けるための道具だ。狐火の市で、ニアがアサガオ模様の浴衣を着た小さな女の子になったのと、同じ術がかけてある。


 これを魂のダイスケが使えば、きっと生きていた頃の姿をとることが出来る。狐火の市では、ダイスケに触れることが出来たし、匂いも感じられた。


 問題は死んでしまった人間は、妊婦や赤ん坊には近づけないことだ。命のはじまりと終わりは、磁石の両端のようなもの。境目があやふやで、だからこそ相入れない。


 ダイスケが言うには、ハルカをぐるっと取り巻いて、見えない壁があるそうだ。建物の中に入ると、その壁がぴっちりと隙間なく、その建物を覆ってしまうらしい。


『無理やり入ろうとすると、突然強い風が吹いて来て、遠くまで吹き飛ばされてしまうんだ。成功したことは一度もない』


 ダイスケがニアの耳飾りの中で、緊張した様子で言った。これでダメならもう後がない。


(きっと上手くいくにゃん。さ、行くにゃんよ!)


 ニアの猫又の技でカチリと鍵を開け、玄関へと滑り込む。すると突然、突風がニアの耳元を吹き抜けて行った。


 耳飾りから、ダイスケを引き剥がすように吹き荒れる。


(うにゃん?! すごい風だにゃー!)


 ダイスケを繋ぎ止めようとすると、ゴリゴリと妖力が削られてゆく。


(うにゅー、ダメにゃん! 妖力が切れるにゃー!)



『猫又の小娘!! 腹に力を入れろ!』


 ニアの頭の中に、声が響いた。


『魂の(ことわり)に逆らうんじゃ。並大抵の妖力じゃ太刀打ちできん。婆が後押しする!』


 狐の婆さまの声と共に、ニアの身体の中心に、後から後から、とんでもなく強い妖力が流れ込んで来た。


(狐の婆さまにゃん?)


 ニヤは咄嗟に手助けの対価となる物を考えた。赤いリボンの付いた首輪以外だと、ステンレスの餌入れ、ネズミのオモチャ、お気に入りのブランケット……。婆さまが欲しがるだろうか?


莫迦垂(ばかた)れ。婆は小娘の持ち物なんぞに興味はないわ。年寄りの気まぐれじゃ。妖力も余っとるしの。ほれ、気合を入れろ! 魂の小僧が悲鳴をあげておるぞ!』


(わかったにゃん! ダイスケ! 踏ん張るにゃんよー!!)




   *  *  * 



 ガタンと身体が揺れて、目が覚めた。


『ご身内の方、一緒に乗って下さい!』


『はい』


 驚いて、急激に意識が戻って来る。ダイスケの……ダイスケの声? あれ? ダイスケは……もういない筈だよね?


「意識が戻りましたか? もう破水しています。かかりつけ医には連絡済みです。すぐに病院へ向かいます!」


 えっ、破水? もう生まれるの? 救急車?


「ハルカ、気がついたか? 俺も、ニアも一緒に行く。だから頑張れ」


 ニアも? 猫は病院は無理じゃない?


 足元で、えぐえぐと泣く声がする。見ると、浴衣の小さな女の子が、私の太もものあたりに覆いかぶさって泣いていた。


 不思議と、ニアだとわかった。


「お帰りニア、心配したんだよ?」


「ハルカ、キッチンで倒れてたにゃんよ! 無理しちゃダメにゃん!!」


 ああ、夜中に起きて、ニアがいなくて探しているうちに、陣痛がはじまったんだ。


「うん、ごめんね」


「ダイスケを、ダイスケを連れて来たにゃんよ!」


「うん……うん。ありがとうニア」



 ダイスケが黙って、私の手を握ってくれる。心配そうにあたしの顔を覗き込みながら、もう片方の手で、頬をそっと包んでくれる。


 温かくて硬い、大きな手。


 これは夢だろうか? 夢でもいい。なんて幸せな夢だろう。こんな幸せな夢を見られるなら、出産も悪くない。


「ふふふ、頑張るよ。ニアも、ダイスケもいてくれる。あたし、元気な赤ちゃんを産むよ。任せて!」


 泣いてる場合じゃないなぁ。あたしは今から、お母さんになるんだ。でも……今だけは、もう少しだけ、甘えていたい。


 せめて、病院へ着くまでの間だけでも……。





   *  *  * 



 産院に着いて診察を済ませると、すぐに陣痛室入りだった。ニアもダイスケも、緊張した顔で着いて来てくれた。陣痛と陣痛の間の時間、二人と色々な話をした。


 ダイスケが死んでから、何をしていたか。ニアがあたしのために、どんなに頑張ってくれていたか。


 嬉しくて、申し訳なくて、二人が堪らなく愛おしかった。


 ニアと二人で、死んでしまったダイスケに文句を言ったり、ダイスケと二人で改まってニアにお礼を言ったりもした。


 陣痛が来ると、二人で手を握って励ましてくれた。


 あたしは世界一、幸せな妊婦だと思った。


 ニアの猫又修行の話や、不思議な狐火の市の話も聞いた。力を貸してくれた狐の婆さまには、何かお礼が出来ると良いなぁ。


 そしていよいよ分娩室に入る時も、二人が待っていてくれると思うと、何も怖くなかった。



 生まれた赤ちゃんは、それはもう、元気いっぱいの男の子だった。




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