第五話 身代わり
ハルカは、それはそれは喜んだ。
声を上げて泣き、ダイスケの名を呼びながらニアを抱きしめた。死んでしまったことを詰られ、一人で赤ん坊を産んで、育てて行く不安を訴えられたりもした。
ハルカはニアが思っていたよりも、ずっとずっと取り乱した。ニアは黙って全てを聞き、ハルカの手をペロペロと舐めた。
(可哀想に。辛かったにゃんね、ハルカ。にゃーは何も気づいてあげられなかったにゃん……)
「どんな姿でもいい! 帰って来てくれただけでいい。もうどこにも行かないで!」
子供のようにしゃくり上げるハルカは、ニアが知っているどんな人間よりも、小さく、弱く見えた。
ニアは自分を抱きしめて離さないハルカの手を、また、ペロペロと舐めた。
ハルカが泣き疲れて眠ってしまうと、ニアはハルカに毛布を掛け、そっとその場を離れた。
(にゃーは嘘つきな猫又にゃん。ハルカを騙してしまったにゃんよ)
でも、もう後戻りは出来ない。
ハルカが安心して暮らせて、元気な赤ん坊を無事に出産すること。
それがニアの願いだった。そのために猫又になったのだ。ダイスケのふりをすることで、ハルカが安心するのなら、出来るところまでやってみよう。
ハルカが望むように、ダイスケを演じてみよう。
(後悔はしてないにゃんよ! にゃーはダイスケの分まで、ハルカを支えるにゃん!!)
* * * *
次の日、ハルカは久しぶりに早起きしていた。朝からご機嫌でキッチンに立ち、心配するニアをよそにダイスケの好物だらけの朝食をテーブルに並べた。
チーズ入りオムレツ、ポテトサラダ、明太子おにぎり、わかめとジャガイモの味噌汁。
途中で気分が悪くなったのか、休みながら、それでも嬉しそうにフライパンを振った。
ニアはハルカの足元をウロウロと歩き回り、でも止めることが出来なかった。
物理的に止める手立ても見つからなかったし、楽しそうなハルカの様子に水を差すことも出来なかったのだ。
テーブルに座り、ニコニコとニアを見つめるハルカ。
(ハルカのバカ! にゃーにどうしろと言うにゃんよ!)
ふとニアは、照れた時、困った時、ダイスケは額に手を持っていく癖があったことを思い出した。
(上手く出来るにゃんかね?)
肉球を当てて、額をカシカシと掻いてみた。
「どうしたの? ダイスケ……困ってる? あっ! ニアの身体だと食べられない……?」
うんうんと、二回頷く。これもダイスケの癖だ。
「ごめん! あたし浮かれちゃって……。そうだよね。人間の食べ物は、猫には良くないもんね」
ハルカがガックリと肩を落とす。ニアはハルカの膝に飛び乗り、ゴロゴロと喉を鳴らした。ハルカの顔を見上げて、にゃーんと鳴く。
気持ちは嬉しい、そう伝えたつもりだ。
伝わったのだろうか? ハルカは少し残念そうな顔をしたが、ニアの喉を撫でながら朝食を食べはじめた。
それからハルカは、見違えるほど元気になった。頷くこと、首を振ることで成立させる会話も、慣れてくればそう不便はない。
ハルカはニアの出来る範囲の頼みごとをしたり、わがまますら言うようになった。
不思議に穏やかな日々が過ぎてゆき、ハルカのお腹は更に大きくなり、そして臨月を迎えた。