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猫又ニアと狐火の市  作者: はなまる


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11/11

おまけ ニアの猫又修行

 狐の大婆さまの弟子になって一年と半年。ニアは新月の晩ごとに狐火の市を訪れていた。日暮れから夜半過ぎまで、婆さまにみっちり修行をつけてもらう。


 婆さまから手紙が届いた時は『なんか婆さまの修行、怖いにゃんよー!』などと弱音を吐いていたニアだが、今はやる気に満ち溢れていた。


「婆さま、今日はどんな修行をするにゃ?」


 言いながら妖気を尻尾に流し、シュボッと猫火を灯してゆく。動物のあやかしの尻尾に炎は、人間でいうと筋肉のようなものだ。鍛えれば、術の底力を上げてくれる。


 質の良い炎をたくさん灯せるあやかしは、間違いなく上位の術を使いこなす。

 ニアはようやく、八つの猫火を灯せるようになった。今はまだ尻尾が二本しかないニアだけれど、少なくともあと二つは猫火を灯せるはずだ。


 ちなみに婆さまは九尾の仙狐で、百以上の狐火を灯す。


 さて、猫火を灯したら、次は妖力を身体に巡らせる。赤い模様が浮かびあがると、ニアもずいぶんと猫又らしくなる。


「ニアはどんな術が使いたいんじゃ?」


 ずっとニアのことを『猫又の小娘』と呼んでいた婆さまだが、最近『ニア』と呼んでくれるようになった。


「にゃーは人間に化ける、変化(へんげ)の術が使えるようになりたいにゃんよ」


 人間に化られれば、ダイチの保育園の送り迎えが出来るし買い物にも行ける。ダイチは、ハルカとダイスケの息子だ。


「あくまで飼い主のために術を使うか?」


「うーん、ちょっと違うにゃん。人間に化けられたら、にゃーがラクにゃんよ」


 それが自分のためだと思っているあたり、始末が悪い。


 猫又は人間との関わりが深い分、闇に呑まれやすいあやかしだ。一度闇に呑まれれば二度と明るい場所には戻れない。


 婆さまは、この若い猫又が気に入っていた。なかなか根性があるし、何よりその天真爛漫さが眩しい。人を愛し、人と生きることに迷いがない。


 それは婆さまが、とうの昔に諦めてしまったことだ。


『いざという時に、なんとか踏みとどまらせねばならん。そのためには、細やかな妖力操作を身につけさせねば』


 そう思ってニアを弟子にした。


「婆さま、聞いてるにゃ? 変化の術、教えてくれるにゃんか?」


「変化の術は、少なくとも尻尾が四本になってからじゃ。まずは猫火を(とお)灯す。それが出来んようでは、三本目も生えて来やせん」


「なんとか『手』だけでも欲しいにゃん。肉球じゃものが掴みにくいし、タッチパネルの操作が難しいにゃん」


 ニアは時代に対応するあやかしだ。だが、猫に人間の手が付いていたら、かなり気味が悪いことには気づいていない。


「人間のカラクリか? それなら雷の術を使え。人の決めた命令を上書きするんじゃ」


 婆さまはあくまで上級者だった。


「カミナリの術はビリビリするにゃんよ……」


「しょうのない小娘じゃな。では、尻尾を鍛えろ。猫又の尻尾は、人間の指より器用に動くようになるはずじゃぞ?」


「本当にゃんか?」


「ああ。今日の修行は尻尾で書き取りじゃな。人間の文字の勉強にもなる。人の近くで暮らすなら、必要じゃろう?」


「ぶにゃー、座学は苦手にゃん……」


 圧倒的に地味で地道な修行だ。ニアは手っ取り早く便利でカッコイイ術が覚えたかった。


「なにごとも、近道なんぞありゃせんよ」


 婆さまの正論に反論出来るはずもなく、ニアは黙ってハルカの持たせてくれた、エンピツとノートを取り出した。

 二本のエンピツをそれぞれの尻尾で巻き取るように掴み『あいうえお』からはじめる。


「ほれ、顔はこっちじゃ」


 婆さまがどこからか書物を持ち出して、ニアの前に広げる。人間の絵本だ。ニアはまだ漢字は覚えていない。


「読むのと書くの、一緒にやるにゃんか⁈」


 意外に高度な修行だった。


 ニアが四苦八苦していると、ボチボチ店の準備をするあやかしたちが集まりはじめる。


「そろそろ頃合いかの?」


 大婆さまが耳をピクリと動かすと、山に狐火が灯った。






 今宵新月、狐火ひとつ。


         差し出すものは何なのか。


 今宵新月、狐火二つ。


         何を求めているのやら。


 今宵新月、狐火三つ。


         果たしてたどり着けるのか。


 

 今宵は新月。


 月は闇に隠れて、明かりを灯さず姿も見えず。


 泣き顔を隠しておいでませ。

 心配ごとを隠しておいでませ。



 さあさあ、狐火の市の開店で御座います。







最後まで読んで頂きありがとうございます。


あらすじにも書いてありますが、このお話は作者の完結作品からの抜粋です。主人公が異なる『狐火の市』を舞台にした各地の方言で書いた短編集ですので、興味のある方は是非。


少しでも楽しんで頂けると幸いです。



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