出発
「2」
エレベータに乗ると声が聞こえてきた。
会社を出る時とは違い今回は声がハッキリ聞こえる。
息を切らせながら、「作戦失敗。強硬手段じゃぁ!」と女の声が聞こえてきた。
次瞬間、目の前がパッと明るくなり、太陽を直接見ている様な感覚であり、咄嗟に目を閉じた。
一瞬の出来事である、瞬きの間に知らない場所にいた、床は無く透明であり、下には海や島、
建物が見えていた。辺りは白い靄に包まれており、今までの人生で見たことの無い風景が広がっていた。
不安・疑問・現状の予測、色々な感情が脳内で渋滞していた。
(ここは何処なんだ!?確かエレベーターに乗ってたよな!?俺死んだのか!?身体は問題ないな。)
脳内の整理を試みるが辺りが騒がしい、先ほどの声がかなり近く背後で感じられた。
「おーい!こっちこっち、こっち向いてー。」
恐る恐る振り返ると、先ほど自分を追いかけて来た少女がいた。
眩い光に包まれた神々しい椅子に座り、満遍の笑みを浮かべ此方を見ている。
「やっと気づいてくれた。近くにきなさいな。・・・おーい、聞こえてますよね?・・おーい。」
ヒロは直感的に関わってはいけないと判断し、そろりそろりと後ろへ振り返り、その場を離れる。
(逃げよう、ここが何処だか、アイツが何者かは解らない、だが関わっても碌なことは無いのは分かる。)
辺りには隠れる場所は無く、辺りを見渡していると静かになっている事に気が付いた。
後ろを振り返ると女の子が此方に向かって走り寄って来る。満遍の笑みを浮かべながら。
前回と同じ状況だ。取るべき行動は決まっている。逃げる、一目散に逃げる。
向かう目的地は無いが、距離を置くためにひたすら走った。
「いろいろ説明するから、逃げるなぁ〜。」
少女の声だろうか、逃げる場所も無いため観念し、先ほどの場所へ諦めて戻ってきた。
その場に座り込んでその子を見上げた見た。
「何故逃げるの?」
少女は笑顔で訪ねてきた。しかしながら目は笑っていない。
「・・・怪しさしか無いからです。」
少女の引き攣った笑顔が見える。
「このような絶世の美少女。つまり私、が笑顔という花束を抱えながら、走り寄って行ったら抱き締めるでしょ。でしょ?」
苦笑いの愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「そっ、そんなことはどうでも良いから、ここは何処なんですか!?」
「エレベーターに乗っていたはずですけど、俺は死んだんですか?」
「まあまあ、一旦落ち着いて。」
「ここは神域、つまり神の住む場所よ。貴方は死んではいません、少々此方の都合があり呼び出したの。」
「はぁ?都合?呼び出した?いきなり神域だ神様だって言われても信じられませんし!」
「私は神様よ! 全界神レフィーナ、レフィーって呼んでね!」
少女は営業スマイルに似た顔でウインクをパチパチと飛ばしてきた。
だがヒロはこの状況を飲み込めていない、出来るはずがない。自称神を名乗る少女に、胡散臭い
事を言われ、新手の詐欺かと困惑していた。
「レフィーナさんは本当に神様なのですか?神様の名前で聞いた事もないし。」
特に神と裏付けるものも無いため、疑いは晴れない。
「レフィーでいいって!私は神様だよ!この姿だって仮に過ぎないし、実態を持たないのよ。各自が自分の気に入った姿で過ごしているだけなんだから!」
そんなことを言われても信じることは出来ず、ヒロは疑いの目でレフィーを見つめていた。
「もう、信用させるには見せた方が早いわね。」
レフィーの全身が光に包まれ光が大きくなっていく、とてもこの世の光景とは思えない。
大きな光が弾けた瞬間、全身が白いドラゴンが姿を現した。
「なっ!」
その姿は全身が白く光っており、とても綺麗でもちろん驚いたが、魅入ってしまっていた。
「これで信じたかしら、不便だから普段は人間の姿をしているだけなの。」
目の前でドラゴンが喋っているなんて現実じゃあり得ない、信じるしかない。
「わっ、わかりました。信じますので元の姿に戻っていただけますか。見上げるのは疲れるので。」
「神使いの荒い人ですねぇ。」
そう言うとドラゴンは光に包まれ人の形に変貌して行く。
レフィーは先ほどの少女より大人の体型になっており、とても綺麗な女性となった。
「本当に姿は自由自在なのですね。」
「さて、信じて貰えた事だし、まずこちらから質問です。なぜ会社を出る前に4階で停めたエレベーターを降りなかったの?」
「あー、エレベーター停めたのレフィーさんだったのですか?用事も無かったですし、エレベーターの誤作動かと思いまして。」
目の前にいるレフィーナが神様ということもあり、ヒロは丁寧に答えた。
「ヒロさんの会社に忍び込んで、人感式の転移魔法陣を張っておいたのに、無駄になったわ。・・・高かったのに〜。」
レフィーは自分の考えた作戦が、お金が無駄になり少しがっかりしながらボソボソ呟いた。
「うむ、やはり作戦が甘かったのか、なんせ人を呼び出すのは初めてなものでねえ。まあ良いでしょう。ここからが本題!天田ヒロさん、貴方は人生を変えてみたいと思わない?」
今までとは違う真面目な表情を見せ此方を見つめていた。
「えっ?人生ですか、変えたいと思う気持ちはありますけど?」
レフィーの表情が一変し、満遍の笑みを浮かべている。
「これからヒロには地球とは違う世界を救っていただきます。」
「達成出来たその時は、感謝の表彰状をあげちゃいまーす!」
「いりません!表彰されても嬉しくありませんので。しかもいきなり呼び出されて世界を救ってくれって言われましてもねぇ。」
(危険な思いをして、感謝の気持ちのみなんて割りに合わない仕事誰がやるもんか!)
そんな事を思いつつ、レフィーに目線を向けると彼女はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「チッチッチ、分かっていませんねー。」
「私からの表彰状、つまり神様からの表彰状ですよ。それはなんでも願いの叶うと言う代物です。」
「そこにヒロの欲しい物・金・人・地位をも書き込めば何でも手に入ります。」
レフィーは自慢げに、話をしていた。
「その話、乗ります。」
ヒロは目を輝かせ、食い気味にそう答えた。
「まだ説明は終わっていないのですが。」
「やります!」
ヤル気の満ち溢れた目とは裏腹に、既に何を手に入れるかをも考えている。口元は緩んでいた。
「そ、そうですか。では詳しい説明をしますよー。」
大昔魔王の暴れた世界があって、それを見かねた私は大陸を五つに分断したんですよ。」
「さすが神様、そんな事も出来るんですね。」
目の前に餌がぶら下げられた今、ヒロの頭はビジネススキルを駆使して相手を持ち上げる事しか考えていなかった。
それに乗ったレフィーは自慢げに胸を張りながら鼻息を荒くしている。
「そうでしょ!私はすごいの、偉いの!やれば出来る子なのよ!で、説明に戻るけど、
それに激怒しちゃった魔王が各大陸に四天王を派遣して、世界征服を企んだのよ。
大陸の人々は人柱を立てて、大陸に結界を張って拒絶しようと対策したんだけど、各大陸に四天王が来てから結界を張っちゃったのよー、それで四天王が各大陸を支配してしまったってわけ。」
レフィーは話を終えると椅子にもたれ掛かった。
「なるほど、それで各大陸の四天王を倒して欲しいと言うことですか。なんか、最近の異世界物語みたいでワクワクするなぁ。」
ヒロは冒険・旅・友情・恋愛アニメなので見た異世界物を頭で連想しワクワクしていた。
そんなヒロを見て更にレフィーは笑顔を増した。
「それもあるのですが、各大陸の神を助けて欲しいのです。」
「各大陸の神様とは?」
自分の世界に入っていたヒロは、説明の途中だと律し質問を投げかけた。
「各大陸の封印に携わった人柱は人々の信仰を受け神となったのですが、封印の維持のため
姿を現す事すらできないの。神は神域にて重要な労働りょ・・・・人材なのです。」
「神が4人も居たら私が楽でき・・・、最高じゃないですか!」
「魔王の力が衰えた今、大陸の封印を解き放ち、人々に平穏な日常を過ごして欲しいと思い
ヒロを召喚致しました。」
自分の願望を抑えきれなかったレフィーは、力強く話を押し切った。
「なるほど、ところどころレフィーの願望が入っていたのは気にしない事にします。」
「僕は目標を達成した後は元の世界に戻るのですか?」
「いいえ、ヒロはいつでも自分の世界と異世界に行き来ができますよ。」
「それに必要なこれを渡しておきますね。」
そう言うとヒロの側へ近づきレフィーの懐から一枚の紙を差し出された。
「どうぞ、手にとってみて。」
紙には(神々つーこーけん)と描かれており、手に持つと光りを放ち、天田ヒロと名前が追記された。
「これはいつでもここ、つまり神域に来ることが出来る通行書なの。異世界から神域、神域からヒロの世界に行けるってこと!神域を知っている人以外誰も見ていない場所でしか使えないから、周囲を確認して使ってね。」
「それから! 絶対無くしちゃダメだよ!絶対に、仕事を増やさないでね!」
顔は笑顔だが目がマジである。絶対無くさないようにしようと心に決めてスーツの内ポケットにしまった。
「説明も終わったし、本人の了承も貰ったって事だしー、後はー」
「じゃあ、着替えて貰おうかな。」
レフィーはニタニタしながら飛び掛かってきた。服を脱がす気満々である。
あ!野生のレフィーが襲いかかってきた。
ヒロのターン
コマンドにげる、しかし逃げることができなかった。
コマンドたたかう、レフィーには効果がないようだ。
レフィーのターン
レフィーの攻撃、脱がす。
ヒロに精神的ダメージ、効果は抜群だ。
ヒロは負けた。目の前が真っ暗になった。
レフィーは戦意喪失したヒロを素早く着替えさせてゆく。
「もうお婿に行けない。」
両手で顔を覆いながそう呟いた。
「うんうん、よく似合ってるよ!私のセンスに間違いはなかった!恥ずかしがってないで見てご覧なさいな。」
姿鏡を持ちながらヒロに良い笑顔を向けている。
鏡に映る自分の姿は思いがけない格好だった。
「何だこれ、時代劇の格好?」
その姿は甲冑、脇には日本刀が携えており、ちょんまげのカツラを被っていて、戦国武将のような格好をしていた。
「なぜ戦国武将の格好なんです?もっと冒険者とか勇者みたいなのを想像してたんですが。」
ちょんまげ以外は割と気に入ったヒロは、姿鏡の前でポーズをとりながら聞いていた。
「良い質問ね。これは最初に行く予定 刀の大陸 に合わせてその格好を選んでみましたぁ。」
「刀の大陸?」
「各大陸はそれぞれの発展を遂げており、私は刀の大陸・銃の大陸・魔法の大陸・機械の大陸と呼んでいます。今回ヒロが赴くのは刀の大陸ですのでその様な格好という訳です。」
「なるほど。でもこのマゲは必要ですかね?顔を白塗りしたら何処かのバカな殿様ですけど。」
「必要ですよ!周りの人が見ても違和感の無い様な恰好でなければ不審がられてしまいます!」
レフィーの説得の圧は凄まじく、ヒロは納得するしかなかった。
ヒロは気になっていた腰の刀を抜いてみると、良し悪しの解らない自分でも良い物だと思う程の一品で、刀身・鍔・柄どれを見ても見惚れてしまうほどである。
「とても綺麗な刀ですね。装備すると何か能力が上がったりするのですか?」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに喜びの笑顔を浮かべ、レフィーはにじり寄ってきた。
「でしょ、でしょ、そうでしょ、この刀は私が忙しい仕事の合間を縫って鍛えた逸品なのよ。
特に能力が上がったりはしないけど、何があっても絶対に折れないわ!」
鼻息荒く、自慢げに刀の説明していた。
「あ、ありがとうございます。頂戴いたします。」
これ以上熱く刀を語られても困るので話を遮るようにお礼をするが、レフィーはムスッとまだ言い足りないのを表情に出してきている。
(話を変えなければ!)
「刀なんて使った事ないし、宝の持ち腐れになっちゃうなー、折角のいい刀なのになー。」
「それについては問題ないわ貴方にスキルを授けて使えるようにするから。」
(それってまさか、最強のスキルでガンガン行こうぜ出来ちゃう的な?)
ヒロはスキルにワクワク、ソワソワしながら発表を待っていた。
「貴方に渡すスキルは〜、身体強化・刀熟練度(中)・逃足(大)の三つです。」
その言葉を聞いて驚きを隠せなかった。
「えっ?そ、それだけですか?もっと強いスキルを頂けたらと思うのですが。」
ハーと、ため息を吐きながらレフィーは呆れた顔でヒロを見つめた。
「いやいや、それは難しいのよ。それは異世界で無双したい気持ちは分かるけど、
自分の能力以上のスキルを譲渡すると、体・精神がついていかなくて、自我の無い廃人になるか
四肢がもげますよ?その覚悟があるのであれば何でも譲渡しちゃいますよ?」
(ちょっと待って、これ四天王倒せるの?無理じゃないか?無理だな、辞めよう。)
スキルの説明を受けて、かなり厳しいと判断したヒロの答えは一つしか無かった。
「やっぱり辞めます。」
普段仕事でもあまり断らないヒロであったが、今回ははっきりと断ってみせた。
しかし、現実はそう甘く無かった。
「すでにヒロは神々の通行券を手にしてしまいました。もう後には引けないのです。」
そういうレフィーの顔は口元が緩んでいた。
(こいつ、確信犯だな。)
「その契約クーリングオフで!」
「神の世界ではそんなものありませーん。」
悔しくて仕方が無いが社会人として、契約書を見ずにサインをしてしまった事と変わら無い。
この状況の打開策の見つからず、諦めるしか無かった。
「でも大丈夫よ。死んでも此処に戻ってくるだけだから。」
「そ、そうか。ならまあいいのか?」
不安もありながら、自分という存在が無くなってしまう訳ではない、と自分に言い聞かせた。
「まぁ、回数制限はあるけどね。」
自分には強いスキルが無いことを悔やむのはやめよう、と考えていたが一つの疑問が浮かんできた。
「でも、だったら何故俺なのですか?もっと身体能力が高いやつとか、正義感の強い奴とか
世の中には沢山いると思うのですが?」
「そ、それは、あなたが・・ぉ・・ぅって・・・」
レフィーは顔を赤くしながらモゴモゴ言っているがヒロには聞き取れない。
「えっ?今なんて・」
「何となくよ!な・ん・と・な・く!」
ヒロの言葉を遮るように、適当な言葉が飛んできた。
「神様は気まぐれなの!ヒロのいる世界でもそう聞いたことがあるでしょ?」
(確かにそういう言葉は聞いたことがある。初めて会った神がそう言っているので信じるしかないか。このチャンスを逃す手はないしな。)
「わかりました。何とか頑張りますよ。」
レフィーは焦る自分を正すように咳払いをして話を軌道に戻す。
「さて、残る準備は・・・異世界での案内役をつけましょう。」
そういうとレフィーの体が光り始め、その光より小さな光が生まれた。光は徐々に収まっていき
レフィーの側には少女が立っていた。
長袖のワンピースを着ており、白い長髪の美少女。どこかレフィーに似ているように感じる。
「ほら、自己紹介を。」
レフィーに言われこちらに目線を変え、ジ〜っと見つめている。
「ナビィ」
少女はそう答えた。それしか言わなかった。
少しの静けさの後、話を切り出したのはレフィーだった。
「それじゃ、準備もできた事だし、早速行ってみようか。」
「もっ、もう行くのですか?修行したり、もっと準備が必要だと思うのですが。」
ヒロの言葉を他所にレフィーの翳した手より光が溢れ、目に前が真っ白になった。
「行ってらっしゃーい!」
レフィーの言葉が遠くに聞こえ消えてゆく、目を開くと一瞬の間に知らない場所へと飛ばされていた。
辺りを見渡してみると、見覚えのある風景が広がっていた。木造の建築物に藁の屋根、石垣に天守閣のある日本城が建っていた。
「本当に来ちゃったよ。しかし、まるで江戸時代だな。でもなんで城門前にいるんだ?」
ナビィに聞いてみるが、ヒロをジッと見つめ、首を傾げて解らないと訴えていた。
(まずはこの大陸四天王の場所を探さないとなぁ。)
そんなことを考えていると城の門が重々しく開いていく。
「何だこれ、どういう状況だ?」