「お願いです、追放されてもらえませんか……?」
「お願いです、追放されてもらえませんか……?」
絞り出すような言葉。
目の前にいる青年は、如何にも心苦しそうに私にそう告げた。ここはギルド前。彼は私の所属するパーティのリーダーである。前衛でもあり、体格の良いリーダーが、後衛で華奢な私に向かって深々と頭を下げる姿は、どこか不思議な感じさえする。
とはいえ、私だって『はいそーですか。分かりました』なんて言えるはずがない。
何せ私はレアジョブの『賢者』でレベルも88。回復や補助に特化しているとはいえ、パーティの要と言っても過言ではないくらい役に立っている自信がある。
「……ギルドの規約、確認したよね?」
「……はい」
「なら知っているでしょ。同意なしに追放するならばパーティリーダーが有責で金貨10枚、その他のメンバーは金貨3枚を追放者に渡すことを」
金貨10枚と言えば田舎の一軒家くらいなら買えるほどの金額である。
「それができないからこうしてお願いしてるんだ! 払えるお金なんてもうないっ! ストレスで血圧も常時200近く……それに不眠とめまいも酷くなる一方……もう限界なんだよ!!」
悲痛な叫び。
本当ならば臓器を売ってでも用意させたいところだけれど、腐ってもパーティメンバー。役割分担の中で私を庇って傷ついたこともあるし、お互い様とはいえ、依頼で失敗して私がリーダーに迷惑を掛けたこともあるので、多少は譲歩してあげるとしましょうか。
「ふーん。じゃあ這いつくばって私の靴を舐めて。笑顔で」
「お前がっ! そういう態度だから! 追放したいんだよおおおおおおおおお!!!」
「……急に怒鳴らないで。情緒不安定なの?」
「誰のせいだと思ってんだよ!?」
「両親の教育なのね……辛いことを思い出せて、ごめん」
「お・ま・え・だっ! お前だよ!? 勝手に俺の両親をディスった上に気まず気に謝罪すんなよ!!」
「ごっめーん☆彡」
「謝罪の仕方は重要なところじゃねええええええええええええええ!!!」
「怒鳴らないでってば。うるさいし、つば飛んで汚いし、聞き取りづらい。あと顔がムサくて怖い」
何とかなだめてやろうと思ったが、どうにも私のことばに興奮してしまうようなので一端会話を途切れさせる。ちなみにリーダーの顔がムサいのはどう考えても私のせいじゃない。
顔は両親の遺伝――やっぱり両親のせいなのか。賢者として、高い知力を備えているので本人が隠したいことであっても、事実に行きあたってしまうのは辛いところだ。
そんなことを考えながら無言を貫くと、リーダーからもうかがうような、どこか警戒するような視線が返ってきた。
「……………………」
「……………………」
よし、静かになった。
やっぱり私のせいで興奮していたという推測は間違っていないようだ。まぁほとんど事実しか言ってないし、高レベル賢者の知力はとてつもなく高いから推測だってそうそう間違わない。間違うはずがないのだ。
私のせい……いやでも、私の発言は何もおかしくないはず。
だって事実と高レベル知力に裏打ちされた推測だけだもの。
つまり、私の声とか容姿とか、そういう部分に反応していたってこと?
……俗にいう、ガチ恋ってやつね。
「ごめんなさい。私、ムサい顔はタイプじゃないの」
「はぁ!?!?!? 急にフラれた!? 全っ然意味わかんないんですけど!!!」
「ほら、また怒鳴る。リーダー、私の声とか見た目とか、そういうところに興奮してるんでしょ。どうせ血圧だって私を視界にいれた途端に胸が苦しくなるとか、そんな感じでしょう?」
「興奮の意味が違って聞こえる! お前のせいではあるけど、お前の見た目とか声に興奮してるわけじゃねぇよ!」
「『中身に惚れた』って言いたいのね。ありがとう。でも、さっきも言ったけど、リーダーは私のタイプじゃないの。ごめんなさい」
「勝手にセリフ捏造すんじゃねええええええええええええええ!!!」
怒鳴ったリーダーは俺につかみかかる。
とっさに避けるけれど、後衛の私じゃきっといつかは掴まってしまう。
私が掴まるのも嫌だし、パーティメンバーが婦女暴行で捕まるのも嫌なので、冷静に伝えてあげる。
興奮したリーダーが本当はちょっぴり怖いけど、パーティの仲間として間違ったことをしているときはきちんと指摘してあげなければならないものね。
「こんな往来で婦女暴行なんて、性癖歪み過ぎよ。それに強引なのが許されるのは薄い本の中だけだからね?」
私の知力を振り絞った説得に良心が疼いたのか、リーダーは頭を掻きむしりながら叫んだ。
「あああああああああああああああああ!」
「どうしたの?」
「ぶ、ぶ、ブ、ブッ殺しテ、や――、っぁ……!」
リーダーは意味不明なことを叫びながらもぐりんと白目を剥き、そのまま前のめりに倒れた。口からはブクブクと白い泡を吹いていた。
どさりと倒れ、そのままカニみたいに泡を量産するリーダーを見つめながらも考える。
リーダーの遺言である『ブブブ、ブッコ、ろして、やっあ』とは何だろう、と。
禁止薬物の影響で幻覚でも見ていたのかもしれない。
いえ、でもパーティメンバーとして遺言くらいはきちんと聞いてあげないといけない、と泡の量が少し減ってきたリーダーを見据えながらもできる限りの推測を続ける。
伊達に高レベルの賢者をやっているわけではない。
持前の知力を使えばシャブ中の意味不明なことばでも多少は推測できるはず……。
『我慢の限界だ』はそのまま、きっと歪んだ性欲が爆発する寸前ってことよね。可愛すぎるのも困りものだわ。つまりその後の意味不明な発言は全て性欲に関係したもの、ということになる。
最後の『やっあ』は倒れる直前だったからか発音がおかしかったけれど、『やあ』っていう挨拶よね。
呼び掛けるのは人が相手。ということは、その直前に発した『ロシテ』は人の名前。
『ブッコ』は意味が分からないけれど、最初の『ブブブ』が豚の鳴き真似だとすれば、話し相手のロシテさんは豚だ。
つまり、
「幻覚で見えたメス豚のロシテさんを豚言語でナンパでもしていたのかしら……禁止薬物って怖いわ」
強烈な薬の効果と、私にフラれたショックが合わさった結果かも知れない。
いくら好みのタイプでないからとはいえ、バッサリと振ってしまったことに多少の罪悪感を感じた私はパーフェクトキュアポイズンを発動させた。レベル50を超えた賢者のみが使用できる、あらゆる毒を抜く最高難易度の解毒魔法だ。
教会所属の賢者など、これ一回で貴族から金貨5枚も取っているという、超高等魔法。
緑の光がリーダーを身体を包み、解毒していく。
とはいえ、この魔法単体では薬物によって傷ついた臓器まではどうにもできない。
なので、同じく高レベル賢者のみが使用できる完全回復魔法、パーフェクトヒールを使って癒す。
うん、これで良いだろう。
シラフに戻って告白してきたらまた振るけど。
先ほどの二の舞にならないよう、清楚系の豚でも紹介してあげたほうが良いのだろうか。いやでも、清楚系の豚さんがこの性欲モンスターに往来で襲われるのはかわいそうだからやめておこう。
女の子はいつだって女の子の味方なんだよ。
「ん、あ……あれ? おれは一体……?」
「死にそうに見えたから『パーフェクトキュアポイズン』と『パーフェクトヒール』を掛けた。薬物はほどほどにね」
「お、俺は薬物なんて――」
「そうだ。言い忘れたんだけど、この二つはどっちも超高位魔法だからそれぞれ金貨1枚で、合計で金貨2枚。よろしくね」
「パーティメンバーなのに金取るのか!?」
「依頼の遂行中とか、戦闘中ならお金取ったりはしてないでしょ。でも、流石にまったく関係ないところで突然倒れたのに、『仲間だからタダで良いよね』は都合良すぎって前も言ったじゃん。ただでさえリーダーはよく倒れるし」
「ぐっ! それはお前のせいで血圧が高くなりすぎたからだろ!?」
「健康管理は自己責任。それにプッツリ逝った脳の血管を治してあげてるのは間違いないでしょ?」
「き、金貨2枚だって横暴すぎる!」
「教会よりずっと良心的な価格だよ、嘘だと思うなら教会に行って相場を聞いておいで」
「ぐっ……!」
さすがに教会での相場は知っているのか、リーダーは顔を真っ赤にして歯を食いしばる。まるで週単位でつまっている便秘をどうにかしようと踏ん張っているかのような表情だけれど、私の高レベル知力がそうでないと告げている。
あれは真実を知っているから言い返せず、悔しい思いをしている顔だ。
便秘で踏ん張ってるようにみえるけど。
「そ、そもそも俺は薬物なんて使ってない! パーフェクトキュアポイズンは不要だっ!」
「じゃあパーフェクトヒールの方は必要性を認めたわけだ。良いでしょう、金貨1枚にまけてあげる」
私のことばにリーダーが悔し気に顔をゆがめる。
「ぐっ……しかし一昨日倒れた時の支払いでもうお金が……お金を溜めようにも依頼中にこいつと過ごすストレスでまた倒れるだろうし……」
リーダーは苦しそうに歯を食いしばると、俺をはっきりと見据えて口を開いた。流石に図々しいお願いをする自覚はあるのか、きっちりと腰を折って頭を下げた。
「お願いです、追放されてもらえませんか……?」