献魔血に行こう!
医学知識がないので、ふわっと読んでください。
異世界に転生してしまった。いや、マジで。
中世ヨーロッパのことを良く知らないけれど、中世ヨーロッパっぽいとしか言いようのない世界のどこかの国の伯爵令嬢に生まれ変わったみたい。本日、六歳の誕生日に唐突に前世のことを思い出したのよ。
前世はどこにでもいる平凡な日本人だった。看護師として毎日へとへとになるまで働いて、確か三十歳の誕生日に酔っぱらって階段から落下したような。
やめよう。死因を思い出すとむなしくなる。
せっかく生まれ変わったのだから、この世界で頑張ろう。明らかに前の世界とは違う場所だけどね。なんせ、この世界には魔法があるのよ。
この世界では、生まれた時から誰もが魔力を持っている。魔力がないと人は生きていけないのよ。
「サリー、そんなところで何をぼーっとしているんだ?」
前世を思い出したショックで空を見上げて庭で立ち尽くしていたところをお兄さまに見つかったわ。
私、サリー・ポートラスには二歳上のお兄さまがいるのよ。名前はサイラス。
そう、私、せっかく魔法の使える世界に生まれ変わったんだもの、立派な魔法使いサリーになるわ。
「今、戻りますわ。お兄さま」
にっこり笑って振り返ると、お兄さまがびっくりした顔をした。
あ、そうか。私、我が儘娘だったのよ。ついさっきまで。
特に、お兄さまに対しては我ながらくそったれな態度しか取ってきていないのよ。
何故かって言うと、お兄さまは病弱なのよ。病弱っていっても、体が悪い訳じゃなく、魔力が少ないの。魔力が足りないせいで、いつもふらふらしているしすぐに倒れるし、しょっちゅう寝込んでいるのよね。
そのせいで、両親も使用人もお兄さまを心配して甘やかしているの。だから、幼い私は嫉妬で暴れてしまっていたのよ。
いきなり態度を変えたせいで、お兄さまが疑わしげにみているけど、まあ仕方がないわよね。看護師だった前世を思い出した以上、もうお兄さまを罵倒したり出来ないわ。好きで病弱に生まれるわけじゃないものね。
そんな風に思っていたら、お兄さまがふらりっとその場に倒れたわ。
「お兄さま!」
私は慌てて駆け寄る。
「誰か、お兄さまが倒れたわ!」
使用人達が走ってきて、お兄さまを運んでいったわ。
うーん。せっかく前世の記憶を思い出したのに、魔力欠乏症じゃあ看護師の知識が役に立たないわ。
魔力が足りなくて倒れるのだから、貧血みたいなものかしらね。
貧血なら、鉄分を摂取することで改善することもあるけれど、魔力って鉄分で増えるかしら?
鉄分に限らず、魔力が増える食べ物がないか調べてみようかしらね。
***
結論から言うと、魔力が増える食べ物なんかなかったわ。
魔力欠乏症は不治の病なんですって。
でも、なんとか出来ないかしら。
うーん。足りないのは魔力だからなぁ。血が足りないなら、輸血って方法が……
あ。そうよ。輸血って出来ないのかしら?
血液じゃなくて、魔力を輸血するのよ。
こう……魔力が有り余ってる人から、足りない人に分けて貰うのよ。輸血ならぬ輸魔血ね。
そういえば、私は滅茶苦茶魔力が多いのよね。私の魔力をお兄さまに分けてあげられないかしら。
私から魔力を抜いて、お兄さまに注入するのよ。そう、注射よ。注射が……注射器があればいいのよ。血液じゃなくて魔力を抜く注射器が。
そういうものが作れないか、相談してみよう。
「お父様」
「なんだい。サリー」
「私、欲しいものがあるのです。魔道具屋に行ってきてもいいですか?」
「ああ。かまわないよ。支払いは家に回しなさい」
お父様もお母様も病弱なお兄さまに掛かり切りなので、私はわりと放置されてるのよ。その代わり、欲しいものはなんでも与えてもらえるのよね。うーん、優しい虐待。
ま、今回はありがたいわ。私、中身は三十路なので、別に傷つきませんし。
意気揚々と侍女を連れて街一番の魔道具屋へ行き、一生懸命に注射器の説明をしたわ。
あら?そういえば、もしも魔力が血液みたいなものだとしたら、血液型みたいなものがあるのではないかしら?
もしかして、合わない魔力を注入したら拒絶反応が出たりとか……
どうしたものか、と思って魔道具屋の店内を眺めていると、魔石の付いたアクセサリーがあった。
この白い魔石は確か、身に付ける人間によって色が変わるって話題になっていた奴だわ。何故、色が変わるのかは明らかになっていないのよね。
……あら?もしかして、もしかしてだけど、魔力の質によって色が変わってるってことないかしら?
もしもそうだったら、なんとも都合のいい魔石なんだけど、試してみる価値があるわ。
という訳で、出来上がった注射器と共に魔石も購入して家に帰った。
そして、皆が寝静まった夜中、ごそごそと起き出して、注射器を自分の腕に当ててみた。
注射器と言っても針はない。管になった先端を皮膚に当てて、採血の要領で魔力を抜く。
魔力って目に見えないものだから、ちゃんと抜けたかわからないわ。
私は腕から注射器を離し、魔石に先端を当てて少しだけ押し出してみた。
すると、魔石がかすかに赤く光った。
おお。これって、ちゃんと魔力が抜けてるってことじゃない?
魔石はすぐに元の白色に戻る。うんうん。上手くいったんじゃないかしら。
でも、まだ研究が必要だわ。
という訳で、翌日から私は行動を開始したわ。
使用人にこっそり近づいて、注射器を当てて魔力をほんの少し抜かせて貰う。針を刺す訳じゃないから痛みもなく気づかれないし、「お嬢様、なんですか?」って聞かれたら笑って誤魔化したわ。
そして、抜いた魔力を魔石に当ててみると、魔石は色を変化させた。
赤い色になる人が多かったけど、料理長と執事と庭師は青だった。それから、緑も何人かいたわ。一番年若い侍女は一人だけ紫だった。それから、お父様は赤で、お母様は緑だったわ。
ふむ。もしもこれを血液型に置き換えたとしたら、お父様と私は血液型……魔血液型が同じということだ。
私は夜中にお兄さまの寝室に忍び込み、ほんの少し魔力を頂戴して魔石に押し当てた。魔石は弱々しく赤く光った。
お兄さまも私と同じ赤。それなら、拒絶反応はないんじゃないかしら。
少し迷う。もしも危険だったら、って躊躇ってしまう。
でも、今日の昼間、お父様が執事と話しているのを聞いてしまった。お兄さまは、このままだとあと一年も生きていられないらしい。
闇の中でも真っ白なお兄さまの寝顔を見て、私は覚悟を固めた。
翌日、私はお父様に会いに行き、注射器を見せ、輸血の説明をした。
「……という風に、私の魔力をお兄さまに分ける治療をさせてもらいたいのです!」
「……サリー。お前はそれを自分で考えたのかね?」
前世の知識という訳にはいかないので頷いておく。
「試しにお父様の魔力をほんの少しいただいて、私に注入してみました。気分も悪くないし、影響はございません!」
「いつの間に……」
お父様は頭を抱えてしまわれた。
結果、お許しは出なかった。私、まだ六歳ですし、信用してもらえなかったようだ。
せっかく作ったのに、と注射器を手にぶすくれていたのだけれど、その日の夜に事態が急変したわ。
「サイラス!サイラス!しっかりして!」
お兄さまが意識不明に陥られたのよ。お母様の必死の呼びかけにも目を開けない。手も冷たくて、一目見ただけで命の危機とわかる。
もう、迷っている猶予はない。
私は自分の腕に注射器を当て、魔力を吸い出した。そして、それをお兄さまの首筋に当てて注入する。
「サリー!何を……」
お父様が慌てて私を引き離したけれど、その時、お兄さまの真っ白な頬に僅かに赤みが差した。
「う……」
「サイラス!」
お兄さまが目を開けた。
「奇跡だ!」
お兄さまの意識が戻り、お父様もお母様も使用人達も涙を流して喜んだ。
「僕は……?」
お兄さまは不思議そうにあたりを見回した。
「父様、母様……僕、ずっと寒くて寒くて……でも、突然首筋から暖かい物が流れ込んできて……そしたら、目が覚めて……」
お兄さまのこの言葉で、輸血……輸魔血治療は間違っていなかったと証明された。
それから、十年が経ち、私は日々忙しく領地を走り回っていた。
「お嬢様!家内が倒れたんでさぁ!」
農夫のジョンさんが私を呼びに来る。奥さんのマリーさんが魔力欠乏症なのよ。
「まかせて!すぐに行くわ!」
私は眼鏡を装着し、ジョンさんの家に向かった。
この十年間で、いろいろ改良したのよ。この眼鏡は魔道具屋に無理言って、先頃ようやく実用化したアイテムだ。
なんと、これをかけるとその人の魔力の量と色が見えるのだ。
体から色の付いたオーラが発されている、と言えばいいのかしら。
マリーさんはぐったりと寝台に横たわっていた。眼鏡越しに見ると、弱々しい赤い光が彼女の全身からゆらゆらと立ち昇っている。
「ジョンさん、お願いします」
「へえ、こちらこそ。お願いします」
ジョンさんは慣れたもので、袖をまくって腕を突き出してくる。
ジョンさんの体からは赤い光が強く発されている。私は注射器をジョンさんの腕に押し当て魔力を抜き、マリーさんに注入する。
ほどなく、マリーさんは目を開けた。
「ああ、お嬢様。ありがとうございます!」
「いえいえ。お大事に〜」
最初は疑わしげだった領民達も、今ではすっかり私の輸魔血治療を信用してくれているわ。うふふ。
ちなみに十年にわたる研究の結果、やっぱり魔力には血液型のようなものがあると判明したわ。
試しに赤い魔力を抜いた後に、そのまま同じ注射器で青い魔力を抜いてみたら、二人分の魔力は注射器の中で混ざって濁って真っ黒くなってしまったのよ。
驚いて村の司祭様に相談したら、「瘴気が発生しておる!これはいかん!悪霊退散!破っ!」と言われてなんか聖なる光で浄化されてしまったわ。
違う型の魔力を混ぜるととんでもないことになるらしい。
一番多いのは赤い魔力の持ち主だ。ついで多いのは緑。それから青。紫は一番少なくて、領内でも数人しか見かけたこと無いわ。
一番多い赤をA型、緑をO型、青をB型、一番少ない紫をAB型と呼ぶことにしたわ。
この研究結果と注射器を国に広めたいんだけど、それはお父様に反対されているのよね。
あまりに斬新すぎて、急に広めるのは良くない。って言われるのよ。領内で地道に実績を広めれば、いずれは他の土地の人達も興味を持ってくれるだろうってことで、今はせっせと口コミを増やすことにするわ。
急に広めるのは良くないって言いながら、お父様がちゃっかり注射器を量産してるの知ってるのよ。評判になったら売るつもりね。その商売根性、嫌いじゃないわ。
最近ようやく、私の提唱する魔血液型の概念がよその魔法使いに注目され始めたらしく、時々私の元に話を聞きに尋ねてくる魔法使いがいるの。
この調子でどんどん広めていくぞー!
「サリー、危ないから一人で行っては駄目だと言ったじゃないか。僕も手伝うよ」
お兄さまはあれから定期的に私の魔力を輸魔血したおかげか、倒れることもなくなりすくすくとイケメンに成長された。
「僕のサリーは聖女様だからね。危ない目に遭わせるわけにはいかないのだから、本当は護衛を千人は付けたいところだけれど」
そして何故かシスコン気味なのよね。おかしーなー。六歳まではむしろ毛嫌いされてたんだけど。まあ、それは私が我が儘三昧でお兄さまを敵視していたからだけど。
ちなみに私は輸魔血治療の時は白い服を着て白い帽子を被っている。やっぱり前世看護師としては白衣だと気合いが入るわけですよ。
その私の姿を見て、お兄さまが「純白の天使……」「やはりサリーは清浄なる聖女……」などと悶えるのが我が家の日常だ。
そんな訳で、私は今日も注射器片手に走り回
……っていたら誘拐されて王都まで連れて行かれてしまったわ。
犯人はなんと、国王陛下の側妃様よ。
「そなたが、魔力欠乏を治療できるという娘か!」
側妃様は我が国の東の隣国の王女様なのよ。ちなみに正妃様は西の隣国の王女様。あと二人、南と北の隣国の王女様も側妃として迎えられているわ。
どこの100%よ。まったく。
「そなたに頼みがある。私の息子を助けておくれ」
東の側妃アヤレーヌ様の息子ーーーこの国の第一王子殿下は、病弱だと聞いている。
アヤレーヌ様に案内されて離宮の奥に足を踏み入れると、大層豪奢な寝台に横たわった儚げな美少年がいた。
青白い肌に怠そうな動作、幼い頃のお兄さまとまったく一緒だわ。
「私の息子のライオットじゃ。治してくれればなんでも望みの物をとらせよう」
アヤレーヌ様に懇願されて、私は早速眼鏡をかけて殿下をみた。
殿下の体からは弱々しい赤い光が発せられていた。
赤ならA型だから、私でも魔力を分けてあげられる。試しにアヤレーヌ様も見てみたら、彼女もA型だった。A型は一番多いのだから、治療は容易なはず……なんだけど、私は何故か僅かな違和感を抱いた。
なんだろう。A型なのは間違いない。
でも、気のせいだろうか。赤の色合いが、他の人とは少し違う気がするの。
んー……他の人がスカーレットなら、殿下はカーマイン、みたいな感じ。
ある予感があって、私は自分の魔力と殿下の魔力を混ぜてみた。すると、同じA型のはずの魔力は注射器の中で黒く変化した。
慌てて護符で浄化する。
やっぱり……殿下はA型だけど、ただのA型じゃない。
血液型は大別して四つに分けるABO方式が採用されているけれど、実はもっと様々な分け方があるのよね。
その中の一つがRh型。同じA型でも、Rh型が+の人と−の人とでは、拒絶反応が現れる場合がある。
殿下はおそらく、A型のRh(−)型だ。
「アヤレーヌ樣。殿下の魔力はとても珍しい型で、私やアヤレーヌ樣の魔力では治療が出来ません」
「な、なんだと……っ、では、もう手だてはないのか……っ」
「いえ。殿下と同じ型の魔力の持ち主が見つかれば、治療することが出来ます。ただ、とても珍しいので、すぐには見つけられないかもしれません」
「ど、どうすれば良いのじゃ……私に出来ることならなんでもする……っ!」
アヤレーヌ樣は涙を流して崩れ落ちてしまった。
「アヤレーヌ樣……では、私にご協力ください」
「もちろんじゃ!何をすればよい?」
「では、……献血の許可を!」
王都の一番人通りの多い通りに、献血の拠点を用意して貰ったわ。
「献魔血にご協力くださーい!」
私は声を張り上げ、献血……献魔血の説明を書いたビラを配る。
王都の民は何事かと怪しんで遠目にこちらを眺めている。
「おい、そこのお前。僕のサリーを邪な目で見ているな。僕のサリーは聖女なんだ。神罰で目を灼かれたくなければ魔力を寄越してとっとと失せろ」
視界の隅でお兄さまが善良な平民を脅しているわ。いつの間にそんなオラオラ系になっちゃったのかしら。
ちなみに、私が誘拐されたと知ったお兄さまは親衛隊を引き連れてアヤレーヌ様の離宮に殴り込んできたのよ。
親衛隊っていうのは、私の輸魔血治療で命を取り留めた元魔力欠乏患者達よ。お兄さまが領民を集めて何かやっているなーと思っていたら、いつの間にか出来ていたのよね、私の親衛隊。隊長はもちろんお兄さまよ。
「皆!サリーのためだ!全身全霊を賭して王都中の人間から魔力を搾り取れ!」
「は!私ども、お嬢様のためであれば地獄の使者の魔力であっても一滴残さず搾り取ってみせます!」
……元々は青白い顔をしたすぐに倒れる病弱な方々だったのに、どうしてこんなに血気盛んな感じになってしまったのかしら。
もしかして、輸魔血治療の副作用かしら?
「あ、あの……」
遠目に見ていた人々の中から、ほっそりした少女が恐る恐る近寄ってきた。
「本当に、魔力欠乏が治療できるんですか……?」
「ええ。本当よ」
私はにっこり微笑んでみせた。
「わ、私も魔力欠乏で……すぐに倒れてしまって、ろくに働けないんです……どうすれば……」
私は眼鏡をかけて少女を見た。B型ね。
「任せて!」
私は荷物からB型の人から採取した魔力の入ったパックを取り出した。これは魔力を保存できるように魔道具屋に作って貰ったのよ。見た目は点滴バッグそのものね。
少女はちょっと怯えていたけれど、大人しく腕を差し出した。
その腕に、注射器で魔力を注射する。
「あ……なんだか、温かくて……体に力が……」
少女の顔に赤みが差す。
「一度ではすぐに効果がなくなってしまうから、定期的に通ってきてくれる?」
「は、はい……あの、お金はいくらお支払いすれば……」
「いらないわ。そのかわり、健康な人達に献魔血に協力して魔力を分けてもらえるように頼んでくれる?」
「は、はい!」
少女は何度もお礼を言って帰って行った。
その後も、魔力欠乏で困っている人達を治療していたら、だんだんと輸魔血の有効性が広まってきたわ。
ぼちぼちとだけど、自分の魔力を使ってくれって、献魔血に協力してくれる人も出てきた。
私は献魔血と輸魔血治療をしながら、殿下と同じRh(−)の持ち主がいないか探す。
でも、なかなかみつからない。
そんなある日、街中で騒ぎが起きた。
どうやら喧嘩らしい。
「またギルの野郎だ」
「いつも暴れてるんだよ」
どうやら札付きの不良らしく、街の人から嫌われているようだ。
しかし、私はそのギルという青年を一目見て固まった。
殿下とまったく同じ色の魔力!
見つけた!!
「あのっ!」
私は無我夢中で彼に駆け寄っていた。
「私!ずっと貴方を探していました!!これは運命ですっ!!!」
彼の手を握りしめ、潤んだ瞳で叫んでしまったわ。
***
「僕のサリー、献魔血もすっかり広まって、皆も注射器の扱いに慣れたことだし、もうサリーが王都にいる必要はないよね?そろそろ領に戻ろうじゃないか」
「おうサリー。今日も来てやったぞ。なぁ、後で川に行こうぜ。釣りを教えてやるよ」
「サリー。母上がまた君と食事がしたいって言ってるんだ。いつなら都合がいいかな?」
今日もお兄さまが優しく微笑み、ギルが豪快に笑って、ライオット殿下が麗しく目を細める。
イケメンが眩しいわー。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
すさーっと流れるような動きでニーナがお茶を運んでくれる。
「ありがとう、ニーナ」
「いえ、お嬢様のお役に立てるなら本望です!」
ニーナは王都で初めて輸魔血治療を受けてくれたあの女の子よ。その後も治療に通ってくるうちに、何故か私の身の回りの世話をしてくれるようになった。
「殿下、ギル。僕のサリーは僕の妹で命の恩人なんです。まだ幼いサリーが僕の暗闇の日々に光を差してくれた……わかりますか。僕の妹は聖女なんです。僕がずっと傍にいて守らなくては」
「サリーが聖女だってのは同意だが、サリーを守るのは俺の役目だぜ。荒くれ者で嫌われ者の俺に、「運命」だと言ってくれたんだ……あの時の笑顔……目の前で花が咲いたのかと思ったぜ。あの瞬間から、俺の魂はサリーのものだ」
「サリーは聖女……確かに、それは間違いない。だからこそ、サリーのことは第一王子の僕が責任を持って保護するよ。母上もサリーに感謝しているし、陛下もサリーには注目しているんだ。僕の命を救ったサリーなら、誰もが妃として認めてくれるよ」
今日も三人は仲が良い。身分は違うけど、男の友情という奴ね。
「お嬢様、私は一生お嬢様に付いていきますから」
ニーナはまるで執事のように私の横にびしっと直立する。
ライオット殿下が健康になったことで、私の輸魔血治療は国中に広まった。
おかげで、魔力欠乏症の患者達の多くが救われ、私の元には治療法を教えて欲しいという医者や魔法使いが訪れる。注射器も飛ぶように売れて、お父様もうはうはだ。
「僕のサリー、サリーは僕のことが一番好きだよね?」
「身分はねぇけど、腕っ節なら負けねぇ。サリーを守れるのは俺だ!」
「サリーにふさわしいのは民から尊敬され愛される地位だよ。もちろん、地位だけではなく、それ以上の愛を、僕ならば捧げることが出来る!」
やっぱり健康第一ね!
「よーし、今日もがんばるぞーっ!!」
私は今日も注射器片手に、白衣をなびかせて駆け回る。
そんな私を国中の人々が「白衣の天使」と呼んでいることなど、このときはまったく気づいていなかった。
まあ、前世でも職業「白衣の天使」だったから、たぶん天職なのね!
えっへん。
あれ?そういえば、魔法使いサリーにはなれていない……ま、いっか。
完