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第7話 嵐の前の

 宮殿でひと晩を過ごした翌日。カナタたち異世界からの来訪者は、ある部屋に集められていた。円柱の形をした、不思議な部屋。ふと上を見上げると、高みには宮殿の天井が見える。

 ここは宮殿の地下。シンプルに言えば、闘技場。


 しかしながら、そのフィールドのみがはるか地下にあり、「ビーカーか試験管に入れられた虫のようだ」とカナタが呟くと。可憐(かれん)が大きく噴き出した。

 だがそんな和やかな雰囲気は一瞬だけ。

 誰もがみな、これからここで行われることに神経を()()ませていた。

 時間は2時間前に(さかのぼ)る。


 昨日給仕をしていた美しいメイドに起こされたカナタは、あてがわれた服に着替え、食堂へと連れて行かれた。

 そこにはすでに雪乃(ゆきの)たちが着席しており、カナタを見つけた彼女は、微笑みながら小さく手を振った。そして声には出さず、口の形だけで「おはよう」と告げられたカナタは、同様に「おはよう」と返すのだった。

 真樹(まさき)は人相が変わるほどのクマをこしらえており、時おり船を()いでいる。どうやらあまり眠れなかったのだろう。


「おはよ。突然だけど、どうだった?」

 席に着き、メイドが並べた皿の中身を咀嚼(そしゃく)していると、可憐がわざわざカナタの前の席にまで移動し、唐突にそんなことを問うた。

「おはよう、可憐。……どうって何が?」

「んっふー。あたし知ってんだからね。昨日ゆきのんがあんたの部屋にいたでしょ」

「なっーー!」


 黄金色のスープが気管に入り、吹き出してしまいそうになるのを懸命(けんめい)にこらえる。そして大きく(せき)をするカナタを見て、可憐はにししと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「いやーフライデーしちゃったよ。里穂(りほ)と一緒にゆきのんの部屋に行こうとしたらいなくて、もしやと思いあんたの部屋の扉から耳をそばだてたら、声が聞こえてたからね」

 カナタが里穂に視線を向けると、慌てて里穂が視線を逸らす。どうやらカナタのことをじっと見ていたのだろう。じっと眺めていると、チラチラと横目でカナタを眺めているのがわかる。少しばかりその頬が赤らんでいた。


「う〜ん、まさか異世界で恋の始まりを目撃できるとは……! 吊り橋効果って奴なのかな」

「そんなんじゃないって。単にこれからどうしようか、ってことを話しただけだって。それよりも部屋の前に来ていたんなら、可憐や里穂も入って来たらよかったじゃないか」

 カシャンと響く金属音。里穂がフォークを落としたようでアワアワとしている。その顔は先ほどと比べるべくもないほど、赤い。

「ほう。ゆきのんだけじゃなくあたしや里穂も一緒に落とそう、と」

「違う!」


 間違いなく聞こえているはずの雪乃は会話に参加せず、もくもくとパンをちぎっては口に放り込んでいる。時々口に詰め込みすぎてむせそうになっているのは動揺の裏返しなのかもしれない。

「昨日雪乃と話してたんだよ。ーーみんなで一緒に帰ろうって」

 カナタがあえて素っ気なさ等に答えると、「分かってるって、冗談だからスネんなよ!」と小さく(ささや)く可憐。どうやら単にからかいたかっただけらしく、満足そうに元いた雪乃の隣の席へと戻っていく。

 そうして、頬を赤らめた雪乃がひじで可憐の脇腹を突いたり、里穂はなんだか呆っとしたり、真樹はやっぱり船を漕いでいたり、そして優哉(ゆうや)はひとり黙々と食事をしながら、緩やかにその時間は流れていた。


 そして、淹れられた茶で喉を潤していると、アダルブレヒトが食堂へとやって来たのだ。

「みなさまおはようございます。皆々さま、昨晩はよく眠れましたかな? ーーおや」

 問いかけるも、その返答を待つよりも先に半分夢の世界に旅立っている真樹が目に留まり、言い直す。

「とは言えないようで。ほっほっほ。しかしながら、本日は皆さまに早速お願いしたいことがございます。お疲れのところ恐縮ではございますが、テリブルという驚異にいち早く立ち向かうため。引いては皆さまの命を守るため、早速本日から戦闘訓練を受けていただきます」


 アダルブレヒトが滔々(とうとう)と告げると、食堂内が水を打ったように静まり返る。だがーー

「待ってました!」

 そう声をあげたのは優哉。

 暴力を持て余していたのだろう、その面構えは新しいおもちゃを目の前にした子供のようだ。

「せっかくこんなとこまで来て、しかもよくわかんねー力も授けられたんだろう。なら使わなくちゃ損だからなぁ!」

「ほっほっーー優哉様は大変お元気でいらっしゃる。大変結構でございますな。色を好み、戦を好み、更なる高みにいたるのを望むことは、英雄として必須と言っても過言でもありますまい」


 そんな優哉とは異なり、夢から醒めた真樹をはじめ、カナタもまた乗り気ではなかった。確かに力は授かったかもしれない。だがその使い方を知らないことはもちろんのこと、彼らは単なる一般人。平和な日常を謳歌(おうか)し、”戦闘”なんていう非日常とは関わりがなかったはず。


「ちょっと待ってください! 僕たち今まで戦ったことなんてありません! いきなり戦闘だなんて……」

 だからこそ真樹がそう異をとなることも至極当然であった。

「スキルを理解するには実施訓練が最適なのです。それに昨日も申したように戦闘で敵を倒せば経験値も入り、レベルアップが可能になりますからの」

「あの、わたし達……女子もその戦闘に参加するのでしょうか?」

 おずおずと挙手をしながら、疑問を述べたのは里穂であった。どうやら可憐のおかげで、だいぶ調子を戻しているようだ。


「はい。戦闘訓練にはみな様参加いただきます。心配召されるな、女性と申しても英雄。神は、あなたがたにも力を授けておいでです。低レベルの魔物に遅れを取ることはございません」

 そう断言するアダルブレヒトに、優哉を除く全員が口を開けないでいると

「それでは戦闘訓練は3時間後に実施いたします。時間となりましたら、メイドたちに案内させますゆえ、それまではどうかおくつろぎくださいませ」


 話は終わり、とばかりにアダルブレヒトは早々に退散するのだった。

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