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第6話 約束

 自分ひとりでは明らかに持て余すようなベッドに横になり、カナタはぼんやりと天井を見上げ今日を思い返していた。まさしく怒涛(どとう)の1日であった、と。

 あの後、皆にこれまた豪勢な食事が振る舞われ、そして各々の部屋へと案内をされた。高価そうな壺や絵画。つい今しがた生けられたような花に彩られたその部屋は、さながら高級ホテルのようであった。


 テラスから空を見上げると、大きな2つの月のようなものが浮かんでいる。ここが異世界なのだと、改めて主張をしているように。

 戻らぬ記憶。

 そして自分だけが異常と思っているこの世界のこと。

 さらにはアダルブレヒトから告げられた、自身の役ただずのスキル。


 漠然(ばくぜん)とした不安を抱えつつも、眠くなるのは人の性。いつの間にかカナタは微睡(まどろ)んでいたようで、部屋の扉が控えめにノックされ慌てて飛び起きる事になった。

「カナタ君まだ起きてる? 雪乃(ゆきの)、だよ」

 そして来訪者の名前を耳にしたカナタの眠気は、ウソのように吹き飛んだ。


    ● ● ●


 突然の訪問にドギマギしながらも、カナタは雪乃に椅子を勧め自身はその斜向(はすむ)かいに腰掛ける。どこか華やかに香るのは、恐らく風呂あがりだからだろう。宮殿には大きな浴場もあり、確か可憐(かれん)が率先して雪乃と里穂(りほ)を引き連れて行ったのは記憶に新しい。


 チラと雪乃を盗み見ると、今彼女はネグリジェのようなゆったりとした服装であった。濡羽(ぬれば)色の長い髪がどこか(なま)めかしく、カナタは慌てて目を逸らす。


 沈黙が続く。

 記憶がないとはいえ、当然ながらカナタも健全な男児。だからこそ、取りつくろうように宮殿の食事の感想や、先ほど見た空に浮かぶ2つの月を話題としてあげるも、雪乃はどこか上の空であった。

「……」

「……」

 そして再び落ちる沈黙。こんな夜遅く、自分の部屋に女の子がひとりでやってくることに、何も思わないほどカナタも愚鈍(ぐどん)ではない。だからこそ、二の句が繋げなかった。

 どれくらいの時間がたっただろうか、雪乃が俯いていた顔をバッと上げ、そしてーー

「ダメダメ! こんなんじゃ!」

 パンと、景気良く量の手のひらで自分の頬を叩いた。


「ごめんねカナタ君。私すごく不安で。私たち大丈夫かな? ちゃんと元の世界に帰れるかな? って聞こうと思ってた。けど、それって結局意味のないことなんだよね。ーーカナタくん優しいでしょ? だから私はその優しさに(すが)ろうとしてた。カナタ君なら絶対『大丈夫だよ』って答えてくれるって。けど不安なのはカナタ君も一緒……ううん記憶がないだけ、カナタ君はもっと不安なはず。だから言うことを変えるねーー絶対、一緒に帰ろう!」


 実際、雪乃の推察は当たっている。彼女に自分たちのことを問われれば、カナタは間違いなく「大丈夫」と答えていただろう。なんの根拠もなく。


 だが彼女はそうしなかった。 ひと息に喋りきった後、まっすぐにカナタへと向ける瞳から感じられるのは依存ではない。

「ーーありがとう」

 そしてカナタはその気持ちに気づいていた。

 雪乃は今不安を抱いているのだ。アダルブレヒトが評したカナタのスキルのことに。


 何もなしに元の世界へ帰ることなど不可能だろう。それを成し得るには厄災 ーーテリブル を倒す必要があるに違いない。だがそうなると、カナタたちは否応無く戦わざるをえなくなる。その時に果たして、カナタは生きていられるのか。

 それは誰にもわからない。だからこそ彼女は選択した。

 依存ではなく、もっと強い感情を。


「私は絶対にカナタ君を守るよ」

「ああーー俺も絶対に雪乃を守る」


 自分と年の近い女の子に気遣(きづか)われて、まっすぐに宣言されてしまった気恥ずかしさ以上に、カナタの心にはある強い思いが芽生えた。それがあれば不安なんて抱いている暇なんてない。

 だからこそ、たとえカスのスキルであっても戦える。


「そして帰ろう。俺も雪乃も。真樹(まさき)も可憐も里穂も、ちょっとアレだけど優哉(ゆうや)も。

 ーーみんなで、ちゃんと俺たちの世界に、帰るんだ」

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