第28話 歌魔法
絶え間なく響く足音は津波にのように、部屋に押し寄せた。見ればそれは、狼。天使像とは異なる獣の石像の群れであった。
それは部屋に入るなり、否入室以前よりカナタとイオナを敵を見なしており、間髪入れず2人へと襲いかかった。
「【代償執行】!」
犬歯を剥き出しに飛び抱る獣像を、空中にてカナタが踵落としで迎撃する。堅牢さは騎士像に及ばず、そして速度も笑い像のそれには敵わない。
だがカナタは既に理解していた。この獣像の強さは"群体"であること、それに他ならないと。
「次から、次へとーー!」
狼が群れでより強大な動物を狩るように、統率された行動と、最適化された攻撃によってカナタとイオナを包囲する。
そしてその状況にカナタは未だかつてない焦りを覚えていた。
単体の敵であるならば、カナタが全面に出ればイオナにその危険が向くことはなかった。だが、今回は違う。眼前に群がる獣像たちはカナタ同様、すでにイオナにもその牙を向けているのだから。
ゆえにカナタはイオナを守りつつ、獣たちを全て屠る必要がある。
「デミウルゴス!」
短剣を銃に変形させ、今まさにイオナに喰らい付こうとしていた獣像を撃ち抜く。同時に、カナタは自らの手のひらを銃で打ち抜き【代償執行】を発動させ、移動のトップスピードを維持したままひざ蹴りにてさらにもう一体の獣像を屠った。
「カナタ様、ありがとうございます。です」
「気にするな、ようやくギアが上がってきたとこだ」
攻撃の第一波を凌いだカナタたちを見て、獣像たちはようやく理解した。「こいつらはなかなかに手強い」と。すぐにも飛びかかるかのように姿勢を低くし、眼光を煌めかせカナタとイオナの隙を探す。
「(群体がこんなにも厄介だとはな.......。さて、どうするか)」
チラと獣像がなだれ込んできた扉を見やる。
「(【代償執行】を発動しイオナを抱えてあの扉まで行くのが得策、か.......)」
「あの、カナタ様?」
「大丈夫だイオナ。何とかするさーーオレはこんなところで死ぬつもりはないし、お前を見捨てるつもりも、ない」
背中ごしに、カナタはイオナへと声をかける。そして、デミウルゴスを銃から剣へと変形させ、逆手に持ち替えその切っ先を自信の左手の平へと向けた。
「【代償執行】を使う。そしてお前を抱きかかえてこの部屋から脱出する。狭い場所まで移動できれば、各個撃破も可能なはずだ」
剣先が左手のひらに刺さり、わずかに血が流れる。刺し貫かんと、剣を握る手に力を入れーー
「カナタ様。少しだけ時間が欲しいです」
だがしかし。そんな凛としたイオナの声が、カナタの動きを止めた。
「ーー時間、だと?」
「ですです。歌魔法を使います。しかしご存知のとおり、その歌唱中は無防備になってしまい......。ですが」
「発動できればこの窮地を切り抜け、カナタ様をお守りすることができるのです」
ーー私は絶対にカナタ君を守るよ
「ーー」
「......カナタ、様?」
刹那、カナタの瞼の裏に写り込んだいつかの景色を、強引の意識の外へと追いやる。
「ーーわかった。イオナ、今度こそ絶対にオレが守り抜く」
カナタはしかと眼前を見据えているため、イオナの表情はわからない。だがなぜだろうか、イオナは今微笑んでいる。カナタにはそう思えてならなかった。
「カナタ様はおかしなことをおっしゃいます。私はいつも、貴方様に守っていただいているのですから」
その言葉の直後、イオナの歌声が、旋律がーー響く。
変化は一瞬。イオナの足元には大きな魔法陣が浮かび上がり、部屋全体が大きく振動し始める。そしてそれが開戦の狼煙となり、獣像が動き始めた。ある獣はその口腔を大きく開き、その牙でこちらの命に食いつかんと。ある獣はその鋭い獣爪によって命を裂かんと、迫る。
獣と同時にカナタも動いた。デミウルゴスを両手で携えると、剣は形状を変えた。刀身が中央で2つに分かたれる。両の手に握られた剣の柄はグリップとなり、そして刀身がそれぞれが2つに折り曲がったかと思いきや、その先端からはマズルが覗く。先ほどの銃よりも更に小さいハンドガンのような形状。2丁拳銃へと姿を変えた。
マズルフラッシュが瞬く。
カナタの目の前に迫っていた獣を銃で撃ち抜き、すぐさま片方の銃のグリップエンドでもって、すぐ後ろに迫っていた獣の腕を殴りつけ、その爪の軌道をそらす。息つく間をなく、カナタは背後のイオナを支点に回転し、ちょうどイオナと背中合わせのような形になる。そして腕を水平にあげ、両手の銃を発射すると、イオナに迫っていた2匹の獣像を撃ち抜いた。
その最期を見届ける間も無く、カナタは背中ごしに右手の銃を射ち放ち、左手の銃身でいなしたのは襲いかかってきた獣の足。
イオナの歌は続く。旋律が重なり、折り重なるたびに足音の魔法陣はことさらに発光を強くする。獣像たちもその様を目の当たりにし、いよいよもってその焦りを大きくし、攻勢を強める。だがその牙も刃も魔法陣の中心にいるイオナには届かない。
なぜならばーー
「無粋だな。演者が立つステージに上がるのはマナー違反だろう?」
カナタがその悉くを打ち払っていたからに他ならない。
女を仕留めるためには、まずこの男を仕留めねばならないと獣像は理解したのか、まずはカナタを討たんと殺到。
首、胴体、腿。そこを狙い接近する爪を、カナタはその場で跳躍することで躱す。そして宙返りをしたままの状態で、ちょうどイオナの頭上に差し掛かると、トリガーを絞った。放たれた銃弾は計10発。それらは全て獣像の頭蓋へと侵入し、内部を破壊しながら後頭部より抜け、地面にも銃痕を刻んだ。獣像が次々と砂塵へと姿を変える。
「ーーフッ!」
足から地に着地したカナタの手には、2丁拳銃でなくそれぞれ短刀が握られていた。それぞれの銃を形態変化させたのだ。
「【代償執行】ーー!」
逆手に携えたそれらが、いの一番に切り裂いたのはカナタ自身の手首。
右の短刀で左手首を、左の短刀で右手首を切り裂く。そしてその場で猛烈に回転したかと思うと、3体の獣像の頭部が切り裂かれていた。
詩は途切れない。イオナは両手を胸に、瞳を閉じながら旋律を紡ぎ、言葉を束ねる。
そしてついに。詩の奇跡が、顕現する。
「ーー雷霆・ドンナーの鉄槌」
絶唱を終え、イオナがそう呟いた瞬間。部屋全体までその大きさを広げていた魔法陣から、紫電が迸る。そしてその瞬間、今までイオナに背を向けて迎撃をしていたカナタが弾かれたように振り向き、かばうようにイオナを強く抱きしめた。
「ーーあ」
イオナが吐息を漏らした刹那、天から地へではなく、地から天へと雷が落ちる。世界が白色に浸食し、爆音が響いた。
本日もお読みいただきましてありがとうございます!




