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第2話 戸惑・混乱

 雪乃(ゆきの)は自分の不安を押し隠すかのようにまくし立て、それを察しているカナタもそれに相づちを打つ。

「(記憶喪失っていうのが、逆に(こう)(そう)しているのかもしれないな)」

 周囲はなおも騒がしく、繋がらないスマホをいじり続ける者もいれば、ついには(いら)立ちを隠そうとせず悪態(あくたい)を付く者も出始めた。


「どうなってんんだよ! てかオメェら誰だよ‼︎ 何でこんなとこにいんのかさっさと教えろって言ってんだよ!」

 学生らしからぬ金髪のなりをした男の怒声に、雪乃がびくっと肩を震わせる。

 それに続いてよく通る声が響いた。 

「僕は久米田(くめだ)真樹(まさき)! 学校の図書館で勉強をしていたらいつの間にかここにいました! 誰かこの状況に心当たりのある人は?」


 メガネをかけた、いかにも委員長然とした少年だった。握りしめる手はわずかに震え、声も裏返っている。それでも、まったく先行きの見えない現状を打破するために声をあげたのだろう。だが、その問いかけに答える者はおらず、再び教会内は静寂(せいじゃく)に包まれた。


「知ってたら言ってるっての! てかエラソーに仕切(しき)ってんじゃねえよ!」

 もはや理不尽(りふじん)としか思わざるを得ない突っかかりだ。先ほどの金髪の少年が、真樹の制服のネクタイを掴み啖呵(たんか)を切る。

「べ、べべ別にそんなつもりはないよ。……ただ、一応の確認を」

「うっせバカ。俺はお前みたいな『僕はいいこでーす』みたいにシャキッてる奴が嫌いなんだよ! ぶっ殺されてぇのかよ、ああ!」


 少年のその啖呵でさえ、虚勢(きょせい)の産物であることは火を見るより明らかだ。何より、ネクタイを締め上げるその手も小刻みに震えているのだから。

「おい、いい加減にーー」

「ダッサ」

 そして、今まさにそれをいさめようとカナタが間に入るその前に、虚飾(きょしょく)()ぎ取るような冷たい言葉が金髪の少年の耳に突き刺さった。


「んだとコラァ‼︎ どいつだ! もっぺん言えや‼︎」

 怒気を(はら)んだ大声に、真樹の近くにいたメガネをかけた小柄な少女が体をこわばらせる。

 声がしたのはちょうど真樹の後ろ側。


「ダサ」

 お望みとあらば、とでもいいだけな挑発的な声色だ。

 その出どころは、真樹の後ろ側でスマホをいじっていたゆるくウェーブのかかった茶髪の女子。

「ーーっ! おいテメェ。女だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」

可憐(かれん)

「あん?」

「テメェじゃなくて可憐。東堂(とうどう)可憐。彼氏でもない奴にお前なんて呼ばれたくないし」


 それだけ告げるとまた繋がらないスマホをいじり始める可憐。それに毒気を抜かれた金髪の少年は、ワザとらしく舌打ちをし「シラけたわ」と捨てセリフを吐いて真樹を解放した。

「けほっ! ーーっん。とりあえず、全員自己紹介でもしませんか? この事態を打破するためには、みなで協力するしかないかなって……」

「いいんじゃない。呉越同舟(ごえつどうしゅう)ってやつでしょ。あたしはさっきしたからあんたからね」


 真樹の言葉に同調した可憐は、あごをしゃくるようにしてカナタを指名する。金髪の少年が「うっぜ!」と茶々(ちゃちゃ)を入れるのを無視してカナタは全員に聞こえるであろう声量で答えた。

「俺はカナタ。……ゴメン。苗字はわからない。その、俺記憶喪失みたいなんだ。だから前後状況は全くわからない」


 本来「記憶喪失なんだ」とでも言えば、揶揄(やゆ)されそうになるところだが、状況が状況だからか変に茶化そうとする者は金髪の少年以外にいない。


「私は、島村(しまむら)雪乃。バイト終わって帰ろうと思ったら……いつの間にかここに」

河合(かわい)……里穂(りほ)、です。あの……下校中に、トラックに()かれて……」

 雪乃に次いで、真樹の近くにいたメガネをかけた少女も続けた。


 そして、「記憶喪失」というワードをスルーした面々も、彼女のその言葉にはつぶさに反応を見せた。散々嫌味を垂れていた金髪の少年ですら、驚愕(きょうがく)に目を見開きながら。


「え? ここって天国? ……死んだってこと。あたしら……?」

「そんなまさか! 僕の最後の記憶は間違いなく図書室だよ!」

「わ、わかりません‼︎ トラックに轢かれて、ゆっくりと時間をかけて宙を舞ったのはなんとなく覚えているんです。……でもあれが、本当のことかどうかなんて里穂には……」


 その時の恐怖を思い出しているのか、両腕で自身をかき抱いている。小柄な体が一層小さく見えたのは気のせいではないはずだ。

 だからこそカナタは、里穂の肩を優しく叩いた。


「俺記憶喪失だからよくわかんないけどさ。きっと俺たちみんな死んでないと思う。だって、雪乃さーー雪乃や真樹だって最後の記憶はそうじゃないだろ? みんなここに一緒にいるってことは、みんな生きてるってことだよ」

「そうだよ! それにーーはい里穂ちゃん。これ食べて!」

 カナタと同様に、里穂の肩を抱いた雪乃は自分のポケットから小さな棒のついた飴を取り出した。包装紙を剥がし、やや強引とも思える具合いに里穂の口へそれを突っ込む。


「…………甘い」

「でしょ。『お菓子を美味しいと思えるのは生きている証拠』えらい人の言葉だよ!」

「ーー雪乃。えらい人って?」

「私!」

 満開の笑顔で答える雪乃に、カナタは(こら)えきれずに吹き出した。よくよく見れば、可憐も、真樹も、里穂すらも笑顔。


「雪乃だっけ? ちょー面白いじゃん。あとでLIME教えてよ」

「ら、LIME……? えっとよくわかんないけどいいよ!」

「おっけ。じゃあ後でね。あのさ里穂っち」

「り、里穂っち? 私、ですか?」

 ほかにいないじゃんと、可憐は笑いながら里穂の肩を優しく叩いた。


「あたしあんま頭良くないけどさ、なんか雪乃んの言ってることはその通りだと思うよ。だからさもう泣きなさんなよ」

 一転して和やかな雰囲気に包まれていた場。



 それに水を差すような耳障りな音が空間に響いたのは、その時だった。

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