第26話 千変万化デミウルゴス
戦斧が振り下ろされる。
鋭さはなく、まるで石のノコギリのようなその刃に掠りでもしたら、肉がズタズタになってしまうことは明らかだろう。
しかもその速度が異常と言わざるを得ない。気付いた瞬間には振り抜かれており、すでに断ち切られている。そう常人の目には写るはずだ。
だが笑い像に比べれば格段に、遅い。
「フッーー!」
危なげもなく躱し、カナタは距地をとる。そして彼に相対するのはフルプレートアーマーを着込んだ像であった。
洞窟を歩き続けていたカナタとイオナは、またぞろ広い空間へと出た。そしてその広場にあった、洞窟とは不釣合いの巨大な扉。そこを抜けると目の間に広がっていたのは迷宮であった。
野営をし、丸一日をかけて迷宮を探索し尽くしたカナタはある部屋を見つける。そこは、言わば神殿のような場所であった。そこかしこに火が灯された燭台があり、屋内を守護するように甲冑姿の像が立てれているそこは、あたかも巨大な博物館のよう。
そしてその部屋に入った直後、その甲冑を纏った石像の一体が生き物のように動き出して、今に至る。
「やっぱり硬いな」
斧を交わすと同時に、カナタは【代償執行】にて膂力と速度を強化し、5発もの拳を叩き込んでいたのだが、騎士像は健在。振り下ろした戦斧をゆっくりと担ぎあげ、カナタを見据えている。
推測するまでもなく、その騎士像の長所は堅牢さであった。
「業腹だが……またアレをやるしかないか」
【保身なき代償執行】。
笑い像との戦いにてカナタが見せた戦法であり、命ある限り際限なく【代償執行】を発動し続ける戦法。あれであれば、いつかは必ず打倒することができる。
そして、自らの指を噛み砕こうとカナタが親指を噛み締めた瞬間。
「ダメですーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「っーー‼︎」
イオナの制止の声が、カナタの行動を止めた。
「……イオナ。戦闘中だ」
「ですです」
「後にしろ。今オレはとてつもなく忙しいんだ」
カナタがイオナに視線をやったのは一瞬。すぐに騎士像へと視線を戻したカナタは、声だけでイオナをあしらった。しかしイオナは簡単には折れない。
「後では後の祭りです。カナタ様のためにも、あの【代償執行】の連続仕様は、許容できません」
「お前の許可は求めていない。引っ込んでろ。これは、オレの戦いだ」
「違うです。カナタ様」
「ーーこれはカナタ様と私。2人の戦いです」
静かな、しかし凛とした声がカナタの耳朶に響く。
イオナは瞳を閉じ、胸の前で指を組みながら、そう宣言した。
「どういう、意味だ?」
「そのままの意味でございます。私もともに戦います」
どうやって、とカナタが問いかけようとした刹那、
ーー旋律が響いた。
無機質な空間に響く、歌声。旋律がひとつ、ふたつ。否、十重二十重と重なる。
その声はイオナのものだ。
イオナは瞳を閉じたまま絶唱していた。
「(これはーー?)」
その変化は劇的だった。イオナを中心にして地に光の線が走る。旋律が重なるように、その光線もまた何重にも重なり幾何学的な紋様を描くと、突如として光が宙に踊り出した。
迂闊だ、そう後になってカナタは思い返す。
なぜならば彼はその時、戦いの最中にも関わらず見惚れてしまったのだ、その光景に。
そんなカナタの思いをよそに、イオナは静かに呟いた。
「言葉は思い。その言葉を幾重にも重ね歌となす」
イオナの紅の瞳が、光線に照らされ煌めく。そして、告げる。
「旋律は世界に巡り。その軌跡は奇跡となる。ーーそれこそが、【歌魔法】」
カナタの眼前にて、縦横無尽に駆けていた光が収束していく。
「私はイオナリオ・ルシェール。世界よ聞くのです! 私の思いを! 私の言葉を! 紡いだ私の歌を! 今ここにもうひとつの封印を解き、彼の者に授けん!」
収束した光がカナタの手に集まり、ある形を作る。
「聞け力の名を! 其れは神をも殺す咎人の剣。千変万化のデミウルゴス!」
そしてその光が爆ぜた瞬間、剣が生まれた。
中世の騎士が持つようなロングソードではなく、戦国時代の侍が持つような刀とも異なる。機械的で、鈍色の剣が。
「......カナタ様。それこそ、私の中に封印されていた神器です。どうかそれを、お使いくださいませ」
突如自身の手に出現した剣をカナタはまじまじと見つめる。細部まで確認すればするほど、おかしい。何か一番おかしいかというと。
「イオナ……この剣すごく刃が短いんだが……」
刀身がやけに短かった。剣として使い物にならないぐらいに。
「おいーーイオ、」
油断。ただただそれにつきた。
カナタは知った。この世界が現実であるということを。
ならばどこの世界に、戦いの最中に襲いかからない敵がいるだろうか。
当初騎士像はイオナの歌と、それをきっかけに生じた現状を警戒していた。だがそれが、自身に害なしとわかった瞬間に攻撃を再開するのは自明なこと。
騎士像からわずかに注意をそらしたカナタ。それは、騎士像にとっては千載一遇の好機出会ったのだ。
空気が爆ぜ、地面が砕ける。戦斧の一撃が炸裂する。
音よりも先に衝撃が駆け抜け、屋内を巡る。その後に、置き去りにされた音が周囲に響き渡った。
まさに文字通りの必殺。いかなレベルアップしたカナタでも、直撃すれば絶命が必然のその一撃。
「ーー!」
だがそれは、必殺とは成り得なかった。
なぜか。
カナタは防いでいたのだ。必殺の一撃を。黒色の盾で。
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