第22話 オーバーロード
遅くなりすみません...!
カナタはまどろみの中にいた。眠りに落ちた記憶は当然ながらない。それほどまでに疲労が蓄積されていたのだろう。
早々に目覚めようとするも、後頭部に当たる感触が温かく柔らかく、脳が覚醒を拒否しているようにも思えた。
「スゥ……スゥ……」
自分のものではない誰かの寝息も、その安息に拍車をかける。だが、ふと思い出した。あの、笑い像のことを。
「......どういう状況だ、これは」
だからこそ、瞳を開けてまずと見込んできたのがイオナの寝顔だったので、カナタの頭は大いに混乱した。
「—おい。イオナ」
「スゥ……おぅ。あぁカナタ様、おはようございます」
頭の重みでカクンと前傾姿勢になったイオナが、カナタの声にわずかに反応する。そして重そうに開いた瞼はとても眠そうではあるが、カナタにじっと見つめられていることに気づき、すぐにいつも通りキリリと視線を返した。
「どういう状況だ、これは」
「はい。カナタ様がずいぶんとお疲れのようでしたので、不肖私の膝をお貸しした次第です。本来ならば、柔らかなベッドで寝かせてあげたかったのですが」
心遣いはともかく、今は悠長に構えている状況ではない。眠りこくっていたカナタが偉そうに言えたたちではないのだが。そのことを自覚しているカナタは、それよりも、と一拍置いて問いかける。
「……笑い像は?」
「大丈夫です。私がしっかりと見張っておりました。まだ現われておりません」
「いや、お前寝てただろ」
「大丈夫です。多分」
紡ぐ言葉がトーンダウンしたイオナの膝から頭を起こし、周囲を注意深く見回すカナタ。アレがいる気配は、ない。
「まだ現われていないようだな。寝ている間にやられていたら、死ぬに死に切れないところだ」
日の傾きすらわからないここにおいては、カナタに時刻を把握するすべはない。あれからどれほど眠っていたのか、という疑問も湧くには湧くが現われていないのであればどうでもよいことだ。
「(精神的な疲労も……ない。今ならは万全で戦える)」
カナタは両の手を握りしめ、自己の状態をそう判断する。そして聞いた、足音を。
それはイオナの部屋にいた時にも聞いた、足音。それがだんだんとここへ近づいてくる。
「イオナ」
「はいな?」
「部屋の隅へ行け。アレが、来た」
● ● ●
微笑みとは違う、笑い袋のような見るものに嫌悪感を抱かせるような笑い顔。その笑顔が明確な殺意を持って、蛇のような腕を振るう。しなり、先端はゆうに音速を超えているのであろう、乾いた破裂音がカナタの耳朶に響く。
本来ならば回避不可能であろうその攻撃は、カナタには届かない。
「【代償執行】!」
もはや何の戸惑いも見せず、カナタは自らの指を数本へし折る。そしてそのまま、笑い像へと突進。豪と風がうなり、その鞭をかい潜りながらの接近だ。立ち止まることもせず、そのスピードを維持したままカナタは手刀を叩き込んだ。
「(ッ! なんて、堅さだ!) 」
だが、効いていない。ヒビのひとつも入らない笑い像に、カナタはつい舌打ちをこぼすも、それも当然。すでに何体もの像を屠ったカナタではあるが、その像の硬さは郡を抜いていたのだから。
来訪者は案の定、あの笑い像であった。それは、カナタとイオナが体を休めていた大空洞に至るやいなや、すぐのその武器である腕を振りかざした。
少しでもヒビが入れば、そこから【代償転化】での内部からの破壊が望める。だがそこには未だ、届いていない。
「wwwwwwwwwww!! wwwwwww wwww ww」
そんなカナタの逡巡など気にもとめず、笑い像はその腕を振るう。しかも先ほどよりも圧倒的に、速い。
「⁉︎」
刹那、カナタは悪寒を感じると同時に、背面に猛烈な衝撃を受けた。
「がっーー! ッチィッ! 【代償執行】ッ」
背後からの攻撃が、カナタの背を叩いた。一反木綿のような形状ではなく、鞭のように細い腕が、カナタの背に鈍器で殴打されたかのような衝撃を与えた。
今や笑い像の腕は先ほどとは異なり、枝葉のように細別れし、しかもそれぞれが長くなっている。平面の形状ではカナタには当たらないと判断した像が、その形状を変えたのだ。
しかもその細い末端は、まるで自由意志を持っているかのように絡み合うこともない。
カナタはその間合いより逃れるため、後方へと飛び退る。
一撃の威力は確かに劣る。だがそれでもゼロではない。積み重なれば、間違いなくーー終わる。
「カナタ様! いけません、このままでは!」
イオナが駆け寄ろうとするも、「来るな!」カナタはすぐに制する。イオナの力のほどをカナタは知らない。だが彼女が万全でない事を承知しているカナタは、この戦いが始まる前にこう告げていたのだ。「オレに任せろ」と。
カナタは笑い像を睨め付ける。オリガのおかげで、感覚器官の感度も大きく上昇している。だが、体がそれに付いてこない。完璧な真祖の体ならまだしも、今のカナタの体は半真祖のそれ。ただオリガの戦闘経験だけを真似し、体を動かそうとすると皮膚や筋組織、骨が崩壊する。
そう全力で戦えば戦うほど、カナタの体はーー
「……そうか。その手があったな……!」
そして掴んだ。光明を。
全力で戦えば戦うほど、絶えず自壊して行くのであれば、それを利用しない手はない。
手段は見つけた。あと必要となるのものは己の覚悟だけ。
だが、その躊躇すらも寸毫の間であった。
「すーーふぅ」
全身を弛緩させ深呼吸をひとつ。ただそれだけでカナタの覚悟は決まった。
こんなところで終わるぐらいなら、そもそも大望を抱くことはない。そもそも自分の身すら犠牲にできないのであれば、どのみち世界なんて壊せない、と。
笑い像は絶対的強者の余裕か、一息に間合いを詰めることはなく、ジリジリとにじり寄って来る。
「ーー余裕綽々だな。だがそれも終わりだ。お前はーーここで壊す」
両手の中指を粉砕しながら、カナタは疾走する。その身体を限りなく低くし、四足歩行の獣のような体制で、駆ける。そのあまりの速さで空気が渦巻き、大空洞内で風が舞い上がった。
カナタの突然の急制動に驚くこともなく、笑い顔は迫る敵を討たんと動く。枝分かれした腕がそれぞれカナタの、頭部、胴体、四肢を狙い四方八方から同時に迫る。本来ならば回避することなど不可能な、その攻撃。しかし、それらはどれひとつとしてカナタを捉えることはなかった。
そも今まではカナタは代償執行で上昇したステータス、身体能力を全力で行使はしていなかった。それはひとえに自身の体に保険をかけていたから。だが、この疾駆は異なる。【代償執行】、そしてオリガの四肢を全力で稼働させたものだ。
「!」
その驚嘆はイオナのものか、それとも笑い像のものか。
笑い像はその腕の末端を更に分かち、振るう。だが、カナタはその攻撃すらをも躱した。
そして次の瞬間、笑い像の頭部が大きく揺らいだ。カナタの一蹴だ。ひび割れはしないが、その衝撃は今までの比ではない。
だがそれで止まらない、カナタは止まらない。笑い像の頭部に両足を添えバネのように天井へと飛ぶ。そして間髪入れず天井を蹴り、更なるスピードを乗せて笑い像の頭部に拳を打ち込んだ。
「(まだだ! まだ、足りないーー!)」
限界を超えたスピードにカナタの筋組織が断裂するも、【代償執行】それすらも自らのスキルの糧にする。カナタが地面を踏みしめると、床には亀裂が入り土埃がまう。そして次の瞬間には天井、壁と次々に亀裂が入る。【代償執行】
それは笑い像の腕によるものではなく、すべてカナタによるもの。【代償執行】みずからの足場となるすべての場所を、スキルにより上昇した膂力で踏みしめるがゆえの亀裂だった。
絶え間なく、部屋のそこここに亀裂が入る。そしてその度に笑い像はたたらを踏み続ける。カナタが間髪入れず攻撃を続けているのだ。
「ぐっーー!」
更に加速し毛細血管が破裂する。【代償執行】を発動。毛細血管修復。
更に加速し筋組織が断裂する。【代償執行】を発動。筋組織修復。
更に加速し橈骨と尺骨の骨折。【代償執行】を発動。橈骨尺骨修復。
更に加速し脛骨の骨折。【代償執行】を発動。脛骨修復。
スキルを、発動し続ける。
そう。カナタの考えは単純明快だった。
自身の身体限界を超えた動きはその身を破壊する。ならばその破壊を【代償執行】に利用する、というもの。
【自己回復】のスキルと、常識を遥かに凌駕する回復力の半真祖特性を持つカナタだからこそできる芸当であった。
だがその【代償執行】の連続使用、【保身なき代償執行】にも限界はある。それは身体の損傷が、カナタの回復能力を上回った時だ。
当然ながらカナタもそのことに気づいている。だからこそこれはーー
「お前の破壊が先か、俺の崩壊が先か! 我慢比べだーー」
笑い像の体が大きくくの字に折れ曲がった次の瞬間。その衝撃が空洞へと派生し、天井の一部が崩落した。
「もっとだ。もっとギアをあげて行くぞ。簡単にーー壊れてくれるなよ!」
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