第21話 ひと時の安寧
遅くなりすみません〜。
「この辺りまでくれば、まあ大丈夫だろう」
スキルの効果が切れてからも走り続けて20分ほど。疾駆していたカナタは足を止めた。
「あいつの足自体は遅そうだからな。十中八九追いかけて来るだろうが、だいぶ時間は稼げたはずだ」
今カナタがいるのは広い空間だった。その様相は今まではまったく異なっており、今は周囲を構成するのは大理石の床や壁でなく、文字通りの岩。当然ながら天井もあり、いわば広い洞窟のような場所だった。
「そういえばすっかり忘れてたな。おい!イオナ」
「……」
「? 寝てんのか?」
「……キュウ」
カナタの背に負ぶさったままのイオナはクルクルと目を回していた。それも当然。猛烈なスピードで走るカナタの背にしがみついていたのだ。わずかな振動でも、イオナにとっては体全体を揺さぶられるようなものだっただろう。むしろ、目を回しただけでよかった、と思わなければならない。
「ほら寝てんなよ。しっかりしろ」
「ハッーー!」
カナタがイオナを背から降ろし、その柔らかな頬をペチペチと叩くと、イオナの目に焦点があった。
「あぅ。重ね重ねありがとうございます。ご主人様がいなければ、私は封印されたままか、もしくはあの像に殺されていました」
「……待て。その『ご主人様』ってのはなんだ」
「命を救っていただいたのです。いわば、今のこの命はご主人様のもの。だからこそ、感謝と敬意を込めて」
「やめろ。年端もいかない女にそんなふうに呼ばれて喜ぶ趣味はない」
「それでは、何とお呼びすれば?」
「普通に名前でいいだろう」
「わかりました、カナタ様」
「……。様はいらない」
「しかし呼び捨てというのは余りにも余りにもです」
「……好きにしろ」
「はいな」というイオナの返事をよそに、カナタはその場に大の字になって寝転んだ。
思い返せば激動の一日。【自己回復】のスキルのおかけで体力はほぼほぼ全快となっているが、精神的な疲労はその限りではない。それに、まともな食事どころか水すらも口にしていないのだから。
カナタがそうして仰向けになっていると、イオナが四つん這いになってカナタの顔をひょいと覗き込んで問うた。
「カナタ様、これからどうされるのですか?」
「とりあえずはあの笑い像を殺す。俺たちを追ってきているはずだから、ここで待っていればやって来るだろう。だから現われたら、イオナは隠れてろ」
「私も一緒に戦いたいです」
「戦えるのか?」
「魔法を使うことができます。……でも今はまだ体力も魔力もすっからかんで」
「つまり今は使えないと」
「ですです」
「......イオナには自己回復のスキルはないのか? オレが血を吸ったことでオレと同じ半真祖になっているんじゃないのか?」
カナタの質問に、イオナは首を横に振ることで答えた。
「多分、ですが......もしカナタ様が本当の真祖であるならば私もその属性を受けついでいたはずです。ですが半真祖であるカナタ様の吸血では、一時はその属性を保持すれども、時間が経てば戻ってしまうのかな、と」
申し訳ございません、と。付け加えてイオナは言った。
その声にはやはり少しばかりの恥じる様があった。カナタは上半身を起こし、そんなイオナの額をまたぞろデコピンで弾いた。
「あぅ」
「お前、今また自分はお荷物みたいに思っただろう」
「ですです」
先ほどと同様に、赤くなった額をさすりながらイオナがシュンと答える。
「何度も言うがイオナはオレにとって貴重な情報源だ。だからこそお前がいなければオレが困る」
「……ですか」
俯いたイオナはやおら手をモジモジとさせながら答える。その年相応な姿に、カナタはふと疑問を抱いた。
「なあイオナ。お前年はいくつなんだ?」
「15です」
「そうか.......もっと下だと思ったんだがな」
何気なく呟くカナタの言葉に、イオナは少しばかり頬を膨らませて講義の意を示す。
「いや、だって明らかにチンチクリンじゃないか、お前」
当然のカナタの受け答え。だがそれに対してもイオナは、頬を膨らませたまま答える
「むぅ。私はこの無間牢獄にとらえられた時、色々と剥奪されたしまったのです。本当の姿は、もっとこう、ばいんばいん、です」
ボディラインを示すように、イオナは胸の箇所で手を大きく山なりに動かす。しかしカナタはその言葉を信じていないのだろう、眠そうに「そうか」と呟くだけであった。
「信じていませんね.......。そういえば、カナタ様はおいくつなのですか?」
「……多分17だ。そういえば言っていなかった、オレには記憶がないんだ」
言って、カナタは今までのあらましをイオナに語って聞かせた。この異世界に召喚されたこと、そして……あの闘技場でのことと、その後にこの無間牢獄へ廃棄されたことを。
「てなわけで、オレはこの世界のことを何も知らない。得ている情報は、あのクソジジイから聞かされたことだけだ、だからこそお前の知識はずいぶんと役に立つってわけだ」
長い語りになったが、イオナは一切の口を挟むことはなかった。すわ寝ているのでは思い、カナタがイオナを見やると。
「なっーー!」
イオナはその大きな瞳から大粒の涙をポロポロと零していた。
「グス……そんなことがあったの、ですね。グス。それなのに、よくがんばりましたね」
ふわりとカタナはイオナの小さな胸に抱き寄せられた。そして子を慈しむ母のように、イオナはカタナの頭を優しく撫でる。
「カナタ様はエライです、です。」
カナタは最初すぐさま振り払おうとするも、撫でられているうちにその気を失った。はたから見れば、怪しいことこの上ないワンシーンではあるが、幸いなことに今ここには誰もいない。
次第に先ほどから感じていた眠気が、カナタの中でこらえようのないほど大きくなる。
こうして抱きしめられ、撫でられているだけなのになぜだろうか、今はただとてもーー心地がいい。
「そっと瞳を、閉じてくださいませ。大丈夫です。世界を壊そうとするカナタ様の周囲がみな、敵になったとしても。私だけはずっとあなたの側におりますから」
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