第20話 解放
「死ぬことによってのみ......厳密に言うと私の心臓が鼓動を停止すると、この封印は解けます。だからこそ、私がここを出ることは」
事実、イオナはすでに諦めていた。この封印から逃れるすべはない、と。
だがカナタはその限りではなかった。
「解く方法があるならーーやりようは、ある」
「!?」
カナタは顎に手をやり、深く塾考する。その様を見られないイオナは、戸惑うような視線をカナタに送るだけだった。
「成功するかどうかはわからないか……そもそも、オレにそんな素質があるか、どうか……」
ブツブツと独り言を呟き続けるカナタは、次いでイオナにこう問いかけた。
「イオナ。真祖について知っていることを教えてくれ」
「真祖、でございますか……。私も文献でしか読んだことないのですが、非常に高い身体能力を持ち、神にさえ牙をむく者たち、あとは吸血によって他者の生気を得られる、とかでしょうか……」
「ほかには。例えば仲間の増やし方とか」
「ええと。確か『真祖が生き血を吸うことで、その者は死して真祖の眷属と成る』と」
「なるほどな、やっぱり吸血鬼みたいなものか。だが、それだけわかれば充分だ。恨むなよ」
「あの、何を……?」
イオナの眼前に、カナタが片膝をついた。
何をするつもりか全くわかっていないイオナをよそに、カナタはかつて天使像が自らにそうしようとしたように、自身の犬歯を突然イオナの首筋にへと突き立てた。
「っん! ……っ!」
それは易々とイオナの皮膚を裂き、肉を断つ。そして温かで艶やかな液体がカナタの口内へと流れ込んだ。
決して力を入れすぎないように、カナタはイオナの肩を抱き、血を嚥下し続ける。緊張から弛緩、そしてまた緊張して強ばったイオナの手がカナタの背中へと回された。
「んんっ! ーーーーかはっ」
少女には似つかわしくない、淫靡な嬌声がその口から漏れる。
その時、ハラリと何かが落ちた。イオナの瞳を覆っていた包帯だ。
絹のようだった髪は汗で額に張り付いており、その隙間から見える瞳はルビーのような緋の眼だった。夏の空の夕暮れを思わせるような色のその瞳からは大粒の涙がこぼれ、冬の雪を想起させるような白い肌は今や熱を持ち紅潮している。
そしてどれくらいの時間が過ぎただろうか。カナタの背に回していたイオナの手が、再び弛緩した。その目は虚ろで、開いたままの唇から、瑞々しい唾液が溢れている。
そしてイオナの小さな心臓が、鼓動を止めた。
力の抜けたイオナの肢体を支えながら、カナタはイオナの手に巻きついた鉄鎖を解こうとする。すると、先ほどの頑強さがウソのように鎖がスルりとイオナの手足から滑り落ちた。
「ぁーー」
「ーーイオナ。次はオレの血を吸え」
そう言ってカナタは、イオナの後頭部に手を添え、自らの首筋にへとイオナを誘う。酸素を求めて喘ぐイオナの口を首へあてがい、優しく力を込めて押し込ませた。
「ぁーーっんん」
そしてイオナの小さな犬歯が、カナタの首へと突き刺さった。力無い動作で、んくんくとカナタの血を吸い続ける。
半真祖であるイオナに同じ特性を付与し、そして死に体にあるイオナに血を吸わせることで蘇生をさせる。それこそがカナタの狙いであった。
だが吸血鬼のように、本当にイオナを吸血することで彼女をそれにできるのか。当然カナタにはその確証はない。もしかすると、血を吸いすぎることでイオナが死ぬかもしれない。または、死ななかったにしても特性を得られなければそこで詰み。
デッドオアアライブの賭けであった。
だからこそ、密着しているイオナの心臓が再び鼓動を始めたことで、カナタはその賭けに勝った安心感に胸をなでおろした。
カナタは特に何も言うわけではなく、されるがまま。そして、イオナが静かにカナタの首から口を離した。
「ありがとう、ございます。……もう、大丈夫です」
「そうか。行き当たりばったりの作戦だったけど、うまくいってよかった。死なれでもしたら寝覚めが悪くて仕方ねえ」
「はい」
カナタの血を吸ったことで、イオナの顔にも生気が戻っていた。白を通り越し、青白くなっていた顔色は元に戻り、虚ろだった瞳にもすっかりと光が宿っている。だが、未だ体力は回復していないようで【鉄鎖封印】が解けた今でも、ペタリと地面に座り込んだままだ。
「あの……カナーー」
「待て、何かが来る。さっきから聞こえていた音が、もう間近だ」
イオナの言葉を遮りカナタが言い放つ。
「いるのはわかってんだデバガメ野郎!」
その言葉がきっかけだったのか、突如扉に数本もの線が走る。そして瞬きの間にその線に沿って扉がバラバラに崩れ落ちた。
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「......また、変なのが来たな」
それはまたぞろ天使像だった。だが今までの天使たちと明らかに異なる箇所は2つ。
浮かべる表情は微笑みではなく、笑い袋のような破顔。
そしてその腕は、あたかも一反木綿のような形状であった。
「(あの切れ味……腕を鞭のようにしならせて切断したのか)」
表情はどうでもいい。注視すべきは腕。だらりと下げられた腕は地面の上で広がっており、その長さは6mをゆうに超えている。人力で振るう鞭でさえ、先端になればなるほどその速度は加速度的に増していくという。では、人をはるかに凌駕する身体能力を有しているあの天使像なら、その速度は果たしていかほどか。
しかし、扉を破壊した笑い像は追撃を加える訳ではなく、ただ扉の前で立ちふさがるのみ。入ることまでは許容する、だが出ることは絶対に許さない、そう言わんがことくの不動であった。
「イオナ。あれは」
「恐らくは、牢獄の看守のような役割を担う自衛機構。すみません……せっかく、封印を解いてくださったのに」
イオナは忸怩たる思いをかみしめていた。彼女とて理解しているのだ、この状況下において自分がカナタの足枷になっていることに。
「私のことは気にせず、どうか……あう!」
「何度も言わせるな。お前は絶対に連れいて行く」
イオナの言葉を遮ったのは、手加減したカナタデコピンであった。少し赤くなった額をさすりながら、イオナは呆然とカナタを眺める。
「え?」
「イオナ。お前は貴重な戦力だ。なんて言っても、『仇なす者』として幽閉されたぐらいなんだからな。だから、置いていくわけねえだろ」
「あぅ......」
「まずは何も言わず、オレの背に乗れ。話はそれからだ」
足腰の立たないイオナは、カナタに言われるがまま彼の背に覆いかぶさる。「しっかり捕まれ」と言われ、カナタの肩に回す手に力を込めた。
「のそのそしている間に攻撃さえたらヤバかったが。やはりあの像は、ここから出ない限りは何もしてこないようだな。さてイオナ、ひとつ確認だ。【鉄鎖封印・結界魔法】の効果は、この部屋全体に及んでいる訳じゃないんだよな?」
「は、はい」
「じゃあこの壁も、魔法の効果なんてない普通の壁。そうだな?」
「そうですが……あの、何を?」
イオナの疑問をよそに、カナタは右手で左腕をしかと握りしめ。【代償執行】ためらうことなくへし折った。
「wwwwwwwwwwwwwwwwwww!!」
「な、何を!?」
「しっかり掴まってろ」
部屋全体が振動する。砂埃が舞い上がった爆音の出所は、今カナタが蹴り抜いた壁だ。
「え、ええぇぇ!」
「この回廊のエリアは似たような部屋が連続している。この部屋の扉が塞がれているのなら、その隣の部屋の扉から出ればいい」
言いながら、イオナの部屋に隣接していた部屋を駆けるカナタ。その部屋の壁も、その次の部屋の壁も蹴りぬきながら、駆ける。
都合5枚の壁を破壊し、イオナが最初囚われていた部屋から5つ隣の部屋まで移動し、「出るぞ!」その部屋の扉を破壊しカナタは回廊へと飛び出した。
しかしーー
「なッーー!」
風を切る音と、鋭く細い何かをその視界に捉え、カナタは顔面を庇うように右手を顔の前にかざす。すると、腕から大量の血液が吹き出した。
「(10m以上離れているはずだぞーー!)」
それは笑い像の腕であった。変わらずイオナがいた部屋の前にいるそれは、あろうことか自身の腕をさらに伸ばし、カナタ目がけそれを振るったのだ。
「wwwwww? wwwwwwwwwwww!!」
「手グセの悪い奴だな! だがそんなに焦るなーーお前は必ず殺してやるよ! 【代償執行】ッ!」
「??????????????????」
笑い像は一撃目の直後、もう片方の手も振り抜いていた。一撃目では浅いと判断した瞬間、それを上回る速度でそれを振るったのだ。だが、当らなかった。加えて、カナタはその場から消えていた。
「wwwwwwwwwwwwwwww… …………………… ………」
一撃目の攻撃は確かに命を刈り取るには甘かった。だが、肉と骨を裂いたその一撃は、只人からすれば重傷を約束された攻撃にほかならない。だからこそカナタはその一撃を糧に【代償執行】を発動し、その場から離脱したのだ。
一撃目を上回る二撃目のスピードより、一撃目を燃料とし加速した、カナタのスピードの方が勝っていた。ただ、それだけのこと。
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww!!!!!!!!!!!!!!!
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww!!!!!!!!」
笑い像がゆっくりとその場から動き出す。
今まで誰ひとりとして逃がしたことのない無間牢獄の看守が、狂ったように笑っていた。
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
コロス」
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