第8話 絶望の始まり
そうして時は戻る。メイドに連れられ円柱の闘技場に連れてこられカナタたちは、みな服の上に革の胸当てなどの軽鎧を着込んでおり、そして得物を与えられていた。男子はひと振りロングソードを。女子にはレイピアのような、軽量のものを。
カナタたちを闘技場へと案内し終えたメイドたちは、フィールドより退出。入場に使用した開口部は今、侵入も脱出も阻むような鉄の扉で封鎖されている。
初めて武器と呼べるものを手にしたカナタたちは、緊張した面持ちで事が起こるのを待ち構えていた。定石から考えると、自分たちが入場して来た開口部の対角線状にある鉄の扉。あそこから”敵”が登場するのだろう、と。
先ほどまでは大言壮語の体であった優哉も、今はおとなしい。よくよく見るとロングソードを握る両手がカタカタと震えていた。
「おい、優哉」
「んだよ、気安く話しかけんじゃねえ。ーーザコが」
「っつーー! あのな、いくらお前がすごいスキルを持っていても、こんな戦闘は初めてのはずだ」
それがどうした、という優哉の挑発的な視線を受けてもカナタはひるまない。
「だから協力しよう。みなで生き残って元の世界にーー」
「うるせえんだよ! いいからテメェは引っ込んでろ‼︎ クソザコが!」
説得をしようとするが、どこか優哉の様子はおかしい。喜びとも恐怖とも違う。
「カナタくん」気を揉むカナタの袖を引いたのは雪乃だ。
「今はそっとしておこう。大丈夫ーー私は回復魔法を使える。みなのサポートをできるはずだから」
そしてーー
「お待たせいたしました、みなさん」
この闘技場の上方より、アダルブレヒトの声が響く。
「これより戦闘訓練を開始します」
緊張を一層張り巡らせ。ロングソードを、レイピアを握る手に力を込める。
この逃げ場のない牢獄に、声が響いた。
「それではみなさん。今より、最後のひとりになるまで殺し合ってくださいませ」
「ーーーーーーーーは?」
誰もが口を揃えた。あの優哉でさえもそうだった。
あいつは一体、何を、言っているのか?
「殺し合ってください、と申し上げましたが、聞こえませんでしたかな?」
「おいおいおいおい! 何寝ぼけたこと言ってんだ!」
天を見上げ、カナタが吠える。そうしないと、アダルブレヒトの言葉に呑まれてしまう。あの男の世迷い言が、これから起こってしまう。
それを否定するかのように、ただただ声を張り上げる。
「分かりませんかな。確かにみなさまは異世界からの英雄でございます。しかしながら、その力はいささか平々凡々なものばかりなのです」
カナタたちからはアダルブレヒトの顔は一切見えない。あの男が、どんな表情でその言葉を述べているのか。
「蠱毒なるものはご存知でしょう。あれと同じでございます。平凡であるならば、強き一を作るほかありません。非常に心苦しくはありますがな」
力なく開いた手からレイピアを取り落とし、里穂が嘔吐する。全員の体の震えが、先ほどとは比べようがないほど大きくなっていた。
「ご安心をば。今私の隣には、ある英雄の方がいらっしゃいます。言うなればみな様の先輩、というやつでございますな」
ここからはその姿は当然ながら見えない、だが確かにひとつの声が反響した。
「チッーー! 確かにこのやり方を提案したのは俺だが、まさか見学に立ち会わされるとはな」
「そう申しなさるな『時の君』。もしかすると、あなたの仲間となるほどの力を得る者がこの中にいるやもしれませんぞ」
「【鑑定眼】で見る限り、とてもそうとは思えないがな」
明らかに、見下し蔑み侮蔑するような声色。
「というわけでございます。成果さえ示せば、すぐに英勇の仲間入りですぞ! さあみなさま……どうぞ!!!!!」
「ふ、ふざけるな! ……あ、あんたらにな、な、なんの権利があってこんな!」
混乱と絶望で回らない口を何とか動かし真樹が絶叫するも、返答はない。
アダルブレヒトと、『時の君』と呼ばれたカナタたちと同じ召喚者は、真剣にこの茶番を行わせようとしているのだ。
「......このまま、やり過ごそう。俺たちが拒否し続ければ、あのジイさんも諦めるだろう」
「か、カナタくん……うん。こんなの絶対、間違ってる……!」
里穂の背中を優しくさすりながら、雪乃が怒りとともに吐露する。その怒りは可憐も同様なのだろう、綺麗に切り揃えられた指の爪を親の仇のように噛み続けていた。
「ゆ、優哉くん?」
すでに体の震えを忘れ、呆然と天を見上げる優哉。そんな彼に真樹がなおも震える声で呼びかける。
「カナタくん……のいう通りだと、思う。とりあえずこっちへ」
「……」
真樹は優哉のことを好いてはいないし、まったくもって好感を抱いているわけではない。
だが自分たちは仲間だ。不幸にも異世界召喚というわけもわからない事態に巻き込まれ、今もまたわけのわからないことを強要されている被害者同士。
だからこそそんな『仲間』を放ってはおけない。
「こっちへ来いって!」 自分を奮い立たせた真樹は、今までの彼からは想像できないような強い声色で呼びかけ、優哉の肩に手をかけ力任せに振り向かせた瞬間。
「ーーあ」
音は何もない。だからこそ、カナタや雪乃には何が起こったのか理解できなかった。
鈍色に輝いていた剣が、今は真っ赤に染まっていた。それは何かを突き刺したがゆえのことだろう。
だが、おかしい。
何故ならばその剣は、真樹の背中から突き出ていたのだから。
「おや。やはりというか、一番槍は優哉様でございましたか」
そんな間延びした声が、空間に反響した。