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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガードの堅い彼女たちにえちえちできないかと今日もあたしは奔走します

Episode1 ~ケイコと二人きり~




 放課後の部活動。

 今日はめずらしく、中学校からずっと仲良くしている友達(性的対象)の岡崎おかざき景子けいこと部室で二人きりだった。


 ――あたし、凹凸おうとつひかりはチャンスだと思った。


 普段は四人で活動している文芸部。

 みんなでまったり雑談いちゃいちゃしながら、読書会するのも悪くないけれど、一気に距離を縮めるのであれば、やはり二人きりのときに大胆な行動に出ることが、最善の道ではないかとあたしは思います。


 あたしはお気に入りのラノベを読み進めながら、ヒロインの貧乳をからかう最低な主人公を見て閃いてしまう。お互いのコンプレックスを通じて始まる、貧乳ルートの百合展開。あたしは、さっそく会話をシミュレートする。


 あたしの頭の中では、次々にハッピーエンドの道筋が組み立てられていく。

 いつも素っ気ないケイコからの返し、突っ込み。

 想定外の行動、それに対する迂回ルート、それらをきっちり網羅する。


 よし、いける。


 いけると判断したあたしは、天上に向かって声高らかに叫んだ。


「あぁ、神はどうして人類におっぱいを平等に与えなかったのでしょう……! あたしはそれがどうしようもなく悔しいのです! おっぱいという装備は女にとって、人生を左右する重要な武器であることは皆さんもご存じであると思います! その武器が与えられていないということは、戦場に丸腰で放り込まれたも同然です! そんな理不尽すぎる世界はあってはならないのです! だから――、このあたしがぶち壊してやる!」


「……あのさ。何が引き金でスイッチが入ったか知らないが、なんでテロリスト宣言してんだよ。とにかく読書の邪魔になるから静かにしてくれ」


 いきなりの犯行声明に驚いたのか、ケイコは心底うざそうにあたしのことを睨んでいた。あたしは本を片手に読書をしていたケイコの胸を視認する。


「よし、おまえはまだ同志だな」


「誰が貧乳だ、コラ」


「あたしは信じてるからね? ケイコは絶対にあたしのことを裏切らないって。あたしたちの貧乳同盟はダイヤモンドよりも固い鎖で結ばれてるもんね?」


「そんな呪いみたいなもので、結ばれてたまるか」


「絶対に逃がさんからな!」


「いや、逃がせよ」


「逃がさんったら逃がさーん! うがー!」


 襲いかかってやろうとケイコが座っていた席まで走って行ったら、すっと目の前に手を差し出された。


 ケイコ、そんな風に手を取り合ってくれるだなんて、あたしたちは生涯ズッ友、そして生涯貧乳だよ……。


 と、二人の愛の誓いが立てられると思いきや、ケイコはくるりと手を反転させた。

 そして、器用に本を読んだまま顔面をつかんだ。


「ぎゃっ! はなせー! いたいいたい! 顔がつぶれる! 乙女の顔を握るな!」


 ものすごい勢いで握られてしまった。


「はぁ、はぁ。あたしの顔は、おにぎりじゃないんだからね! 握るならおっぱいにしろ! わかる!? おっぱい!?」


 ケイコの凄まじい握力から脱出したあたしは、ブレザーのボタンを外し始める。

 そして、ジャケットのようにガバッと開いて、これでもかと言わんばかりに胸を突き出した。


「おっぱい連呼すんな。そもそもおまえ胸ないじゃん。どうやって揉めばいいんだよ」


「なくても揉め! どうしても揉まないというなら、また尻相撲させるぞ!」


「おまえの尻、石みたいに堅いから痛いんだよ。ったく、しょうがねーな」


 そう言うと、ケイコは本にしおりを挟んで机に置いた。

 ストレートの長くて綺麗な黒髪を手でさっととかして、切れ長の瞳をあたしに向ける。


 ああ、ケイコ。突然すぎるけれど、あたしはあなたのことが好き(性的に)。その男勝りな口の悪さも、パンツを気にされるのがうざいからと、ジャージを履いてくるところも、気まぐれな性格も、吊り目な容姿も、あたしと同じく貧乳なところも、匂いも全部好き。だからあたしは、今日もなんとかして、あなたにえちえちしてもらおうと頑張ってるの。こんなこと口が裂けても絶対に言えないけれど。


 あ、ちなみにあたしの性的という表現の意味合いには①と②の両方の意味がございます。って、誰に説明してるんだってね。うん。


 それにしても、今日はやけに早く言うことを聞いてくれたなあ。

 もっと手こずるかと思って、いっぱい攻めるための選択肢を用意していたのに。


 ケイコってば、いつもならうざいうざいって嫌がるのにどうしたんだろう。でも早く落とせたのなら落とせたで、あたしはぜんぜん問題ないです。


 あたしは胸が高鳴った。

 ケイコに胸を揉んでもらえると想像するだけで、すごくドキドキしてきた。

 女子更衣室で行われるような安いおっぱいのふれ合いとはわけが違う。

 先ほども言ったようにケイコは、こういう無意味なことをしたがらないタイプだ。


 そのケイコがあたしの胸をさわってくれる。

 それはケイコにとって意味があるものになったから……?

 なんだかお腹の奥が暖かくなって幸せだった。


 他の誰にもさわらせたことのないあたしの処女おっぱいは、他の誰でも無いケイコのもの。


 立ち上がったケイコが悪戯っぽく笑って、あたしのカッターシャツのボタンを外していく。


 ケイコったら意外と大胆……。

 そんな乱暴に服を脱がせちゃって……。

 でも、実際にさわってもらうってなったら、なんだか急に恥ずかしくなってきちゃった……。


 たぶん、スポブラも外した方がいいんだよね……。

 直に、さわってもらった方がいいに決まってるし……。

 でも、変な形だって言われたらどうしよう……。


 うっ! 頭が痛い! そもそも形成するほどもないんだった……。

 だとしても、最初からいきなり生乳さわらせるのも下品だよね……。

 あたしはぜんぜんいいんだけど、安い女って思われたくないし……。


 よし、ここは本人に聞くのが一番だ。


「あのケイコさん。スポブラはいかがいたしましょうか?」


 あたしは両手を組んで、営業セールスマンもびっくりの笑顔で尋ねた。


「どっちでもいいよ、ヒカリのしたいようにしなよ」


「は、はい。それでは今回は着用状態のまま、という形で提供いたしますね」


 あたしのセールストークなど意に介さず、ケイコは顔がふれそうになるくらい、あたしの側に寄った。ちょっと顔を出せば唇がふれそうだったが、さすがにそんなだまし討ちみたいなことはしたくない。


 あたしはぐっと堪えた。


「じゃあ、さわるから目を閉じな」


 ケイコが耳元で、小さくささやいた。

 息が吹きかかり、ゾクゾクしてしまう。


「うん……」


 あたしは言われるがままに目を閉じた。

 顔が熱い。身体が熱い。恥ずかしさと、緊張で、ドキドキが止まらない。

 あたしの心臓の音が、ケイコに聞こえてないか心配だ。

 きっと、ケイコはただの悪ふざけだと思ってる。

 あたしが本気だってことに気付いてない。


 今はそれで良い。

 いずれケイコが目覚めてくれることをあたしは静かに待つだけだ。

 いや、もしかしたらケイコはすでに目覚めているのかもしれない。

 でなければ、こんなことケイコがするはずがない。


「ヒカリ……。本当にさわるからな」


 そう言うと、ケイコはあたしに手をふれた。

 あたたかい手の感触が肌へと伝わった。


 あぁ、ケイコがついにあたしのおっぱいに手をふれたんだ。

 あたしたち、イケナイ扉にとうとう手をかけてしまったんだ。

 うれしい……! あたしうれしい……!


 ケイコは、しばらくあたしのそれを思うがまま乱暴に揉みしだいた。

 転がすように、弄ぶように。


 …………。


 ケイコってば夢中になっちゃって、さっきからずっとさわりっぱなしじゃないの。

 もしかして、あたしの胸って実はけっこう魅力的だったりするのかな。

 えへっ、あたし、これから自分の胸にもっと自信を持つからね。


 って、そんなわけあるかー!


「ケイコ! それ腹だから! あんたがさわってるところあたしの腹だから! あたしのおっぱいそんな下まで垂れてねーから!」


「あん? よっぽど、揉みごたえあるじゃん。ちょっと前から思ってたんだ。最近、太ったよなーって。どうせなら確認してやろーと思ってさ」


「はうっ!」


 あたしは恥ずかしくなって、急いで服を着た。

 そして、振り返って言った。


「ケイコの意地悪ー!」


 ケイコがこんなにも食いつきが良かった理由が、まさか自分自身がデブっていたからだなんて、誰が想像することができただろうか。


 その日から、お昼ご飯は一日一回だけにすると心の決めたのだった。




Episode2 ~自己紹介~




「ピンポンパンポーン! みなさんに大事なお知らせがあります! なんと今日は、あたしたち新入生が文芸部に入ってから丁度一週間が経つという記念すべき日だったのです! なので、記念すべき日として、お互いをもっと知る機会を作るべきだとあたしは思いました!」


 あたしの言葉に、部長の帆華(ほのか)先輩がもう一週間も経ったのねと、優しく微笑んでくれた。


 ああ、なんと素敵な笑顔なのでしょう。さすが帆華(ほのか)先輩です。部長という圧倒的リーダーシップを発揮する立場にいながら、包容力のある柔らかな性格と、全てを包んで溶かしてしまいそうなほどに大きな胸をお持ちになられあそばせ奉られているお方だ。はぁはぁ、存在が尊すぎて四重敬語くらい使ってしまった。


 帆華先輩はとにかく美人だ。

 まるで日本人形かのように整った柳眉りゅうび。素敵な垂れ目。

 癖の強めな長い髪の毛は三本の見事な三つ編みで結われていて、なで肩の体型も実に女性らしく、着物とか絶対に似合うだろうなあなんて妄想を、過分にしている次第でございます。


 さすが京美人と言ったところでございましょうか。

 帆華先輩の出身は京都なのだそうです。


 油断したときに、つい混じってしまう関西弁も、あたしの乙女レーダーにビンビン引っかかっております。もうむしろ、蜘蛛の巣で絡め取られております。


 顔、性格、胸、雰囲気、出身、あたしにはないものを全て持っている最高の女性。

 それが(みなもと)帆華(ほのか)先輩だ。


 え、ケイコのことはどうしたのかだって?

 尊い存在に優劣などっっっっっっっ、なーーーーーーーーーーい!

 ブッダとイエスのどっちが尊いかって、質問に答えられないのと同じことだ。

 信仰心は平等に与えられるものなんだ。


 あたしは大空高く手を上げてグリコポーズを決めた。


「あのさヒカリ。あんまり記念日記念日って言ってるとうざいよ? 帆華先輩も、うざかったら遠慮無くうざいって言ってやってくださいね」


 ケイコが白けた顔で言った。


「本当はウチの方から言わなくちゃいけなかったのに、楽しい時間というものはあっと言う間に過ぎていくものね。全然気がつかなかったの」


 あたしは帆華先輩のありがたいお言葉をいただいてこう思った。


 しゅき。


 こんなこと恥ずかしげも無く言われたら、誰だって好きになっちゃうと思わない?

 美人でおまけにこんな破壊力のあるお言葉をかけてくださるんですよ?


「ボクももっと皆さんのことが知りたいです。ご迷惑でなければ、もう一歩踏み込んだ自己紹介なんてどうですか?」


 提案をしてくれたのは、クラスは違うけれどあたしと同じ一年生の湖渚こなぎさ瑞稀みずきちゃんだ。


 最初に会ったときは、ケイコとあたしの絡みについてこれなくて、全然話してくれなかったのに、今では自分からみんなのことを知りたいって言ってくれるなんて嬉しいなあ。


 瑞稀ちゃんは、マッシュルームみたいなボブカットと赤い眼鏡がトレードマークのちっちゃな女の子だ。最初に会ったときから、あたしは瑞稀ちゃんを妹(性的)にしようと心に決めていた。


「瑞稀ちゃんってば、ナイスアイデアだよー! それ感謝のハグぅ!」


 あたしは瑞稀ちゃんの手を握って、それから抱きついた。


「ふぁ……。光さん、そんないきなり困ります……」


 瑞稀ちゃんは、小さな手をパタパタさせてあたふたしていた。


 うーん! なにこの小動物! かーわいいー!

 しかも一人称が、ボクなんだぜ? 信じられるか?

 今時、ボクっ娘なんて三次元に存在しねーよ。


 一人称がボクってだけで、もしかしたら自分のちっちゃさをコンプレックスに感じて、男らしさに憧れちゃったのかなとか、あるいは兄弟がたくさんいて、そういう口調になっちゃったのかなとか、そんな妄想だけでご飯三杯いけちゃいます。


 ん? なんだ、この感触は……。


 あたしは、瑞稀ちゃんのお胸のあたりの感触に思わず息を飲む。

 そ、そんな馬鹿な! この感触は明らかに巨乳の感触!

 ロリで眼鏡でボクっ娘で、巨乳だとぉ!?


 あたしは自分のまな板のように薄い胸と比較して、再び絶望してしまった。

 同い年で、しかも自分よりもずっと背の低い子ですら、こんなに胸が大きいというのに。


 あたしは立ったまま気絶しそうになった。


「あの、光さん。大丈夫ですか……?」


「だ、大丈夫! ちょっとだけ自分の運命と向き合ってただけだから!」


「そう……なんですか?」


 瑞稀ちゃんは、コテンと首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「瑞稀ちゃん、ヒカリの行動をいちいち気にしなくて良いよ。ほとんど病気みたいなもんだから」


「ケイコ! あんた、あたしのことをそんな風に!」


 見ててくれたんだ、嬉しい! と、思わず笑顔になってしまった。


「ほら。こんな風に病気って言われて喜ぶような変わったやつなんだ。私は付き合いが長い方だけど、未だに何考えてるのかわからないときがあるくらいだし」


「えへへ、それほどでも」


「褒めてねーよ」


 ケイコがため息交じりに言った。


「瑞稀ちゃんも、油断してたら何されるかわかったもんじゃないから嫌なことは嫌ってはっきり言いなよ? こいつ、その辺りの分別がつかないやつなんだ」


 ケイコは、まるであたしを変質者のように言う。

 心配しなくても自分がやられて嫌なことなんてしませんってば。

 自分がやられて嬉しいことはするけどね、うひひ。


 そもそも、ケイコは勘違いしてるみたいだけど、あたしは無差別にこんなことしてるわけじゃありません。きちんと好きな人とか好きになれそうな人にしかしていません。その辺りをわかってもらいたいもんだ。


「いえ……、そんなことないです。ボクも……その……、嬉しかったですし」


 なにー!?

 まさか瑞稀ちゃんは、あたしよりの人間だったってこと?

 ぐっふっふ。これは良いことを聞いた。

 これであたしの野望にまた一歩近づいたってことだ。


「さぁ、みなさん。ここはいったん席について、瑞稀ちゃんが提案してくれた自己紹介を順番にしていきましょう」


 帆華先輩が手を鳴らして、あたしたちに席へ着くように促した。

 あたしたちは文芸部の部屋の中央に設置された長机を四人で囲むようにして座った。


 あたしの正面に座っているのは朗らかな笑顔で微笑んでいる帆華先輩。

 その隣がちょっと面倒くさそうに自己紹介文を考えているケイコ。

 そして、あたしの隣には顔を赤くした瑞稀ちゃん。


 うーん、花鳥風月にも劣らぬ絶景ですなあ。

 前を見ても横を見ても好きな女の子がいるというのは。


「では、部長のウチからいきます。えっと、みなもと帆華ほのかです。高校二年生になりました。ウチは前にも言った通り、関西出身です。実家は旅館を経営しています。大学卒業するまでにやりたいことが見つからなければ、大人しく家業を継ぐという約束で憧れだった東京の高校に入学させてもらいました。運動はあまり得意じゃありません。特技は小さい頃から習っていた日本舞踊と和菓子作りです。休日は勉強と読書していることが多いですが、一人暮らしで寂しかったりするので、予定が合えば休みの日なんかもみんなで遊べたらいいなって思ってます。あと、もっと東京のことを知りたいので、観光地とか詳しい人はぜひ教えてもらいたいです。ウチは歴史や伝統文化には詳しいので、興味がある方は何でも聞いて下さい」


 帆華先輩の丁寧な自己紹介に思わず全員から拍手。

 あたしだけ拍手の勢いがおかしいことは自覚している。

 一回一回叩く度に、自分の前髪が風圧ですごいことになっていた。


 当たり前だ。あたしにとって、初耳でかつ重要なキーワードのオンパレード。

 これが興奮せずにいられるかって言うんだ。

 まず、旅館の娘ってだけで、えちえちじゃないか。

 いずれは若女将ってことでしょ? もうなにもかもがえっちぃ。

 それに特技が日本舞踊と和菓子作りって、もうなんか完全に由緒正しいお嬢様って感じ。


 はんなりした人って言葉が、これほど似合う人も珍しいだろう。


 でも、逆にそれだけ住む世界が違うとなれば必然的に話の合う人間は少なくなってくるのかもしれない。現に、文芸部にあたしたちが入部するまで帆華先輩一人だけだったみたいだし。一般人には近寄りがたいオーラが出てしまっているのも事実。あたしはぜんぜん気にならないけど。むしろご褒美だけど。


「じゃあ、二番手いきます。岡崎おかざき景子けいこです。今年から、この高校に入学しました。特技は走ると早いところです。中学校の頃は陸上部をやってましたので。運動部の大会で優秀な成績を残してるって理由で、この学校を選びましたが、テンションが暑苦しくてだるそうだったので入るのを止めました。高校生活は、まったりゆるゆる過ごしていこうと思っています。趣味は昼寝です、これからは安眠のお供に読書しようと思ってます。よろしくお願いします」


 シンプルでかつ人間性が伝わる良い?自己紹介だった。


 さすが脱力系、適当女子だ。

 ケイコにかかれば、部活に情熱を注ぐ、高校生たちの青春風景も暑苦しいの一言で片づけられる。


 なんという冷めた女。だがそれが良い。

 あたしは、そんな適当でいつも冷静なケイコが大好きだよ。


 続いて席を立ったのは、湖渚こなぎさ瑞稀みずきちゃんだ。

 瑞稀ちゃんは、ポケットからメモのようなものを取り出すと、緊張しながらそれを読み上げた。事前に準備してきてたんだね。えらいぞ瑞稀ちゃん。


「こ、湖渚こなぎさ瑞稀みずきです。ボクは人見知りで、あんまり人と上手く話すことができません。周りの人からは、よくイライラするやつって言われていました。物事を何でも悪い方へと考えがちで、何をやってもどうせ上手くいかないって思ってしまう、そんな自分が嫌いです。中学校では友達が一人もいませんでした。部活も入りたかったけれど怖くて入れませんでした。でも、高校になってそんな自分を変えたいと思って勇気を振り絞って、この文芸部に入ることに決めました。まだ一緒にいる時間は短いですけど、ボクのような人間に優しく接してくれる皆さんに感謝してもしきれません。迷惑をかけたりすることもあるかもしれませんが、これからもどうぞよろしくお願いします」


 瑞稀ちゃんの自己紹介で部室が一瞬だけ静まりかえった。

 だが、その静寂はケイコによって破られた。

 呆気にとられていたあたしよりも先に拍手していたのだ。

 それに続いて、帆華先輩とあたしも拍手をする。


 くそっ。あたしとしたことが、妹の勇気ある激白に一瞬たりとも動揺してしまうだなんて、姉としてあるまじきことだ。


 大丈夫、大丈夫だよ、瑞稀ちゃん。あなたはあたしがきっと幸せにしてみせるから。あなたの小さな胸、じゃなくて大きな胸に秘められたつらい思い出。そんなこと思い出せなくなるほど、楽しい思い出をこれから一緒に高校で作ろう。うん。


 あたしは、ちょっぴりだけ感傷的な気分になってしまった。

 いかんいかん。あたしらしくもない。

 よし、次はあたしの番だ。張り切って言っちゃおう。

 これからあたしの全てを知ってもらうために、ヒカリ劇場の開幕なんだからね。


 と、あたしが席を立ち上がると、文芸部のドアがガラガラっと開いた。


「おい、おまえたち。まだいたのか。今日は清掃業者の方に校舎を綺麗に掃除してもらうから、早上がりしろって言われてただろう。早く帰宅しろ」


 と、文芸部の顧問である山下先生♀(独身三十路越え)が注意してきた。


「帆華先輩、今日は帰りましょう。ヒカリの自己紹介はたぶん長いと思うんで、なんだったら聞かなくてもいいかもしれませんよ」


「そうなの? でも、光ちゃんは確かに自己紹介してもらわなくっても良いかもしれないわね」


「帆華先輩!? そんなぁ~、酷いですよ!? あたしには興味がないってことですか!?」


 連れない言葉を投げかけられて、泣きそうになってしまう。


「ううん、光ちゃん。そうじゃないの。光ちゃんは、自己紹介なんてしてもらわなくっても、十分魅力が伝わる素敵な女の子だって言いたいの」


「ボクもそう思います。光さんのような女性を目指して頑張りたいです」


 こんなことを言われたのは初めてだったので、嬉しすぎて涙が溢れそうになる。


「良かったなヒカリ」


「みんなありがとう! これからも末永くお付き合いをよろしくお願いいたします!」


 あたしは、張子の虎にも負けない勢いで首を振って何度もお辞儀した。


「なぁ? いちゃつく暇があったら、とっとと帰ってくれないか? 大事な話があるならファミレスでも行ってこい!」


 先生の一言でせっかくのムードも台無しだった。

書いてて楽しかったです!

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