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7.アスティアの日常とエリ

 





 リンディア王国唯一の王女、アスティア=エス=リンディアの朝は早い。


 専任侍女のエリが部屋を訪れる前にベッドから起き出し、自分で着替えて父カーディルや兄アストと同じ白銀の髪を整える。腰まで伸ばしたその髪に櫛を通すのは大変な作業だが、毎日のことだ。慣れたものだった。



 アスティアの住まうこの部屋は、精緻な正方形をしている。王族にしては小さめのベッドは部屋の中央からやや窓側にずれており、朝日が丁度に顔を照らしてくれるのだ。化粧台は人が三人は横に並べる程の大きなものだが、これは王妃アス、つまりアスティアの母が使っていた台を繋ぎ合わせて並べているからだろう。そしてそこにはアスが作った押し花の額が綺麗に飾られている。アスティアは母を感じる事が出来るこの場所が好きだった。





 ○ ○ ○





 自分を愛し、家族を愛してくれた優しい母はもういない。今から7年前に前線の慰撫へ訪れた時、アスティア達兄妹を守るため魔獣の前に立ちはだかったのだから。14歳になる私は兄のように魔獣を倒す事も出来ないし、政治に関わる事もない。それでも自分に出来る事を探し、考えて始めてみればいい。もし間違っていても父や兄が守ってくれている。愛するお母様もそうしていたし、下を見ていても何も変わりはしないのだから。


 私は思う。


 大昔の王女は着替えや入浴、果ては食事すら自分ではしなかったらしい。だが、今は時代がそんな事を許さないだろう。鈴を鳴らせば誰かがすぐにやってきたり、絶えず側に誰かが侍っているなどお伽話のお姫様だ。


 侍女のクインなどは、いつ休んでいるのかと城内の不思議に数えられる程だ。いや、そもそもクインは侍女なのだろうか?


 ただ()()()()()は、本当に仕事をしているのか不思議だけれど……


 確か兄様(にいさま)は黒の森周辺部の調査に同行しているから今は城にいないはず。


 今日の予定を頭に浮かべる。お父様と朝食は一緒にしたい。祈りを捧げたあとなら未だ時間はあるわ。エリを待って午前中の神代文字紋様学の予習をしましょう。午後は神器や祭器を磨いて整頓したいし、兄様がいないなら訓練場に行って皆に声をかけたりしないと。


 よーし! 今日もやる事がたくさん!


 でも……でも……先ずは一言言わせて!


「エリ、遅すぎ! 絶対寝坊してるでしょ!」


 アスティアの朝の第一声は、部屋に虚しく響き渡った。







「アスティア様! アスティア様! 大変ですよ! あっ……お早うございます? それよりですね、大変なんですよ!」


 ノックすらせずに入ってきたエリに、怒りを通り越して溜息をついてしまった。頭の中には寝坊した言い訳は?ノックは?お早うの挨拶はついでなの?と言葉に羽が生えてグルグル飛び回っている。


「エリ……はぁ……おはよう」


「あっ……わたし寝坊なんかしてませんからね? 昨日とは違うんです」


「アナタ昨日も違うって言ってなかった? やっぱり寝坊したんじゃない!」


 流石に私も我慢出来なかった。悪くないわよね?


「あっ、えっと……そんな事より大変な情報を仕入れてきましたよ!」


 ほんとにもうっ! エリが居ると、心がいつも大きな音を立てて踊ってしまう。エリって私より7つも年上のはずだけど……明るい赤毛をいつものようにお団子にしている姿を思わず観察してしまう。背の高さだって私と大して変わらないし、ホントは子供なんじゃないかしら……?


「あのー? アスティア様?」


「なによ?」


 あっ今のは王女に似つかわしくない……まあいいか、エリだし。


「さっき聞いたばかりの熱々の情報です。アスト様のことですよ?」


「兄様の?」


 悔しいけど興味を引かれてしまう。兄様は質実剛健、文武両道を走る自慢の兄なのだ。変な噂なら真偽を問わないといけない。


 ただ、勝ち誇った顔のエリの頬を抓りたいけど。


「はい!どうやら予定が変わったそうです。ついさっき外の大門に到着されたそうですよ! しかも……しかもですよ」


 さっき大門に到着って、城までどれくらい距離があるか分かってるのかしら? 一体何処から噂を仕入れているの? ピンと人差し指を立ててるのが似合ってて、少しだけ腹立たしい……


「何かあったの? 兄様は無事?」


「勿論ご無事です。それよりもですね、アスト様が一人の子供を大事そうに胸に抱いていたそうです。子供は寝ていたみたいで出迎えたみんなにシーって静かにするようにしたって……何時もお優しいから……はぁカッコいい」


「……それで、それがなんなの?」


「アスティア様。気をしっかり持って聞いて下さいね? その子供なんですけど、実は凄く凄く綺麗な女の子らしいんです。アスト様は馬車に乗るまで一度も誰かに触らせることが無かったって」


「らしいって、おかしくない?」


「それがアスト様のマントに包まれていたので、最初は分からなかったみたいです。ただ馬車に乗る時に少しだけマントがはだけた時に目撃されました。ちなみにこの話はその目撃者に聞いたので間違いないです」


 だから、城までの距離が……もういいや、エリだし。


「ふーん……女の子ね……」


「アスティア様? 嫉妬の刻印が疼きますか?」


「そんな刻印無いから……無いわよね? でも、嫉妬はともかくとして気にはなるわね。あまりそっちの方は兄様少なかったし」


「ふふふ……」


 してやったりの顔をしたエリの頬を思い切り抓りたい……いや抓っちゃおう……あっ柔らかい……


「アズディアざま、痛いです……」


 まだ余裕があるわね。両手でしてみよう。




 あれから少しだけ予習出来たけど、エリの頬の柔らかさの研究に時間を取りすぎたみたい。


「もう時間よ。お父様を待たせてはいけないし、お腹が空いたわ」


「アスティア様。少し待って下さい」


 そう言いながらエリは私を化粧台まで連れて行った。整えたと思った髪に再度櫛を入れて、着ていた青いお気に入りのフルレングスドレスを整える。うん……やっぱり侍女だよね?


「アスティア様……? 何かすごーく失礼な事考えてます?」


「エリって私の侍女だったと思い出しただけよ」


「やっぱり寝坊したのを怒ってるんですね⁉︎ 謝りますから!」


 部屋を出る私にエリは泣きそうな顔でついてきた。


「ふふっ……エリ行きましょう」


 今日も一日が始まるんだから。









「お父様、お早うございます」


 食の間に入ってきたお父様は少し疲れた顔をしてる。最近は食事の量も減ってるらしいし、しっかり朝食を摂って貰わないといけない。


「ああ、お早うアスティア。今日も綺麗だな」


「ありがとうございます、お父様。さあ早く席について下さい。今日は話すことが沢山あるんですから。食事を摂りながらでいいので聞いて下さいね?」


 兄様が戻って来たことは勿論お父様もご存知だろうけど、詳しい事は知らないはず。エリに感謝しないと。


 あっ、このお野菜美味しそう。


「兄様が帰って来たらしいですけど、何かありましたか? 確か調査の為に黒の森に行っていたのでしょう?」


「ああ、まだ詳しい事は聞いてないんだよ。午後には顔を出すだろうから話してみないとな」


 良かった……朝食もちゃんと食べるみたい。切り分けた野菜を口に運ぶお父様を見て、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。


「そういえばクインの姿を見ませんね。珍しいです」


「アストの迎えに出たからな。ん? 確かに変だな。態々クインを呼ぶとは何かあったか……?」


「それなら多分……兄様が連れ帰った女の子の世話がいるのでしょう。いつまでも抱き抱えている訳にはいかないですし」


「女の子? 詳しくは知らないが、アストが連れているのか?」


「ええ、それはそれは()()()()らしいですね。誰にも触らせなかったと聞いています」


 あれ? 私本当に腹を立ててるのかな? 嫉妬の刻印でもあったかしら?


「そ、そうか? アストの事だから滅多な事はないだろうが……アスティアも同席、するか?」


 不穏な空気が伝わってお父様が吃る。それが可笑しくて気持ちが晴れやかになった。うん、流石はお父様ね。


「軍のお仕事の邪魔はしたくないですから遠慮しておきます。でも、お礼は言っておきますね。そうだ! それよりも聞いて下さい! エリったらまた寝坊したんですよ!」


「ん? それはいけないな。そうだな……アスティア、良い方法があるぞ。聞きたいか?」


 露骨な話題の変更にもお父様は合わせてくれた。それに悪戯好きな顔は兄様にそっくり!あれ?兄様がお父様にそっくりなのかしら……? いやそれよりいい方法が聞きたい!


「エリの寝坊がなくなるなら聞きたいです、お父様!」


「クインに伝えるんだ。エリが最近寝坊して困ってるって」


 クインに⁉︎ 想像してみよう。


「エリが? そうですか……」


 そう無表情で言うわ、きっと。そしてエリのところに行って何処かの部屋に連れて行く。暫くしたら魂魄の抜けたエリが部屋から出てきて私に泣きつくでしょう。そして寝坊はなくなる、完璧。


「お父様、それ楽しそう」


 思わず口角が上がるのを止められなくて両手で隠した。


 エリ……あなたの運命は決まったわ。女の子の事もあるしクインを探しましょう!


「白神よ、恵みに感謝します……。お父様ありがとう、食事をしっかりと摂って無理しないでね!」


 よし! 今日は楽しい一日になるわね!














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