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43.マファルダスト⑨

 





 フェイは念のため周りに人が居ないのを確認する。


「遠回しの話はしない、答えをはっきり言うぞ」


「ああ」


「今マファルダストと……姐さんと一緒に聖女が居る。勿論紛い物でも無く、法螺話でも無い」


「……聖女? 使徒の? お前、それは幾らなんでも……」


 ドルズスが冷やかしの目をフェイに送ったが、焦る筈の当人は変わらずジッとドルズスを見てくる。


「お前なら聞いた事があるだろう、黒神の聖女を」


「そりゃ……だがあれは眉唾だろう? 刻印が身体中にあって、致命傷すら簡単に治癒するとか……そもそも刻印が二つ以上あるなんて有り得ないだろうよ。その辺の子供でも知ってる事だぜ」


「他に知ってる事は?」


「あん? 確か……えらい美人で、翡翠色した瞳、ああそれと真っ黒な髪だっけ? そんな髪見た事ねぇよな?」


「他は?」


「他……ああ、献身と慈愛だな。我が身を顧みず、他者を癒すとか」


「ああ、そうだな。間違いないよ。もう一度言うぞ? 今聖女が姐さんと一緒にいる。リンスフィアからずっとだ」


「いやいや……ホントなのか? お前がくだらん嘘をつくとは思えんが……」


「何度も言わせるな、俺も実際に何度も会ってる。黒髪も翡翠色の瞳も本当だし、幼いが見た事もない不思議な肌で美貌も間違いない。流石に俺は首以外身体中の刻印を確認して無いが、そっちは姐さんが見てる。全部で7つ刻まれているそうだ」


「7つだと……じゃあ西でアイトールを癒したって話は……?」


「姐さんの目の前で起きた事だ。喉を喰い破られた致命傷も一瞬だよ」


「信じられん……聖女……神々の使徒……」


「名をカズキと言う。聖女の保護は王室、アスト殿下直々の指示でもある。リンスフィアでの奇跡、聖女降臨はアスティア様と街を散策していた時の事らしい」


「つまり、聖女が共に在るのは何かの意味があって、森人の代表ロザリーと同行しているのは神々のご意志って事か……」


「ああ、勿論それもあるな」


「はあ? それ以上何があるんだよ?」


 ゆっくりとグラスを置いたフェイは、森人から娘を思う父親の様に優しい表情に変えた。


母娘(おやこ)だよ、今の二人は本当の母娘の様だ。カズキはまるでフィオナが消えた穴を埋める様に、姐さんを癒したんだ。一番輝いていたあの頃の様に」


 最高の森人で聖女の母その人が南の森に入る、そこに意味があると思わないか? そう締め括ったフェイは、何かの希望をそこに見ているのだろう。聖女に会った事のないドルズスですら、心の奥底から何かが湧き上がるのを止める事が出来なくなっていた。


「だから、俺達は森へ行く。きっとイオアンさんの痕跡も見つかるし、新しい発見だってあるかもしれない。さあ、どうする?」


 ドルズスは判り易く頭をガクリと傾けた。


「……はぁ、また俺の負けかよ」


 そしてやはり判り易く、目を見開いて声を荒げた。


「だが森では俺の指示に従って動いて貰うからな! 補給も任せて貰う、今の状況を知らせてくれ。足りない物があれば遠慮なんてしないぞ!」


「ああ勿論だ。うちの若いのもどんどん使ってくれていい。明日引き合わせるし、聖女様にも会えるかもな」


「そ、そうか。言われてみればその通りだ。聖女様に……会える……」


「ドルズス」


「な、なんだ? 失礼なんかしないぞ?」


「最初の仕事がある。最近センの訓練所と関係なく、近くに展開してる部隊がある筈だ。名目は同じ訓練だがな」


「なんだ、着いたばかりなのに良く知ってるな。珍しいのは部隊長だな。かの有名なケーヒル副団長が直々に務めているらしい」


「ああ、うちの姐さんとケーヒルの旦那を繋いで欲しい。但し周りには知られない様に、何処かでゆっくり話がしたい」


「内密に? なんでまた……」


「主戦派だよ、奴等が聖女を狙っている。かなり良くない状況だ」


「はあ? 主戦派だぁ? なんでまたあんな面倒な奴等に……」


 そう言うドルズスだったが、直ぐに思い直した。嫌な事に考えれば気付く事だった。


「神々の使徒、聖女を只人(ただびと)が使う気か……不埒で不遜な奴等め」


「ケーヒルの旦那はそれを見越してアスト殿下が派遣したんだ。向こうも時期を見ている筈だ、早い方がいい」


「成る程な……分かった、なんとかする。報酬は?」


「何言ってる? もう雇った以上お前はマファルダストの一員だ。つべこべ言わずに働け」


「ひでぇ……」











「ふう、こんなもんかね」


 湯気が揺ら揺らと室内に立ち昇るが、開けた窓から入り風が直ぐに消し去って流れて行く。


 子供なら膝を折り畳み寝転んで入れる程の木桶には、7分目ほどお湯が張られていた。ロザリーが何往復かして運び込んだ熱目のお湯は、時間の経過で丁度良い湯加減だろう。


 桶の周りには借りて来たボロ切れが敷き詰められており、少々の飛散など気にする事は無さそうだ。


「手伝ってくれたアンタから入っていいよ。ほら手拭い」


 手伝うと言っても、やった事は周りに布を敷き詰めただけなのだが……


 ロザリーは開け放たれた窓をしっかりと閉め、再び振り返った。だが当のカズキは先程と変わらず、只立っているだけだった。


「気にしなくていいんだよ? しょうがないねぇ……」


 カズキに近づいたロザリーは、薄い空色をしたハイネックのブラウスを脱がしに掛かった。かなり大きめのボタンは4つしか無く、簡単に外せた。ついでに濃い青のロングスカートもベルトを緩めればストンと下に落ちる。細い腰にはスカートも留まり難いのだろう。そうすれば後は上下の下着だけだ。


 此処まで来ればカズキも理解して自分で下着を取り除いていく。一息吐くまでにはカズキは一糸纏わぬ裸体となった。


「……綺麗だよ、綺麗だけど……もう少し恥じらいは無いのかい? 全部丸見えなんだよ?」


 ロザリーは理解出来ていないが、カズキでも恥じらいはある。もし元の世界の身体ならロザリーの前で裸になんてならないだろう。だが自己欺瞞の刻印はカズキの精神に強くはたらき、未だ聖女の身体を自らの肉体と自覚出来ない。


 だからカズキは何時もの様にキョトンとするだけで、動揺は一切感じないのだ。


「困ったねぇ……どうやって教えたらいいんだよ、これ……」


 恥じらいの概念を言葉無しで伝えるのは、ほぼ不可能だ。良い方法があるなら誰でもいいから教えて欲しいロザリーだった。


 とりあえずは桶まで移動して、腰を下ろさせる。お湯の嵩が少しだけ増して、カズキの丸い白い尻がギリギリ隠れる程になった。


 あとは手拭いを湯につけて身体を拭うだけだ。


 今のうちに荷物を整理しておくかと、ロザリーは先程放り投げた背負袋を開く。そうして中にある荷物をベッドに並べていると、小さな小瓶が目に入った。


「そういえばコレがあったね」


 振り返ったロザリーは、再び深い溜息をついた。


「カズキ……大丈夫かい?」


 見ればカズキは自分の小ぶりな胸に手を添えて、ただ動かずにいた。そこには聖女の刻印があり、周りを茨状の鎖の封印が施されている。立体感がないはずの茨なのに痛々しく感じて、今にもじんわりと血が滲み出しそうだった。それでも感情を感じさせない何時もの無表情はカズキの想いを教えてはくれない。


 手にした小瓶を手に持ち、カズキの目の前で腰を屈めたロザリーは無理矢理笑って見せた。


「ほら香油だよ、花の香りが続くし疲れにも効く」


 ポタリポタリと数滴を湯に散らし、パシャパシャと軽く混ぜれば優しい花の香りが鼻をくすぐった。


「ほら手拭いを貸してみな。背中を拭いてやるよ」


 手櫛で黒髪を整えると後ろ髪を髪紐で一つに纏め、頭頂部辺りに髪留めで挟み固定した。これで(うなじ)が露出し刻印が刻まれた首回りも洗い易くなるだろう。


 カズキの背後に回り込んだロザリーは、少しだけ丸まった小さな背中に目をやる。


 頸が見えた事で刻印が首回りをぐるぐると巻き込んでいるのが分かる。何度見てもカズキの首を鎖で締めているようにしか見えない。いや実際に締めているのだろう、これは言語不覚の刻印なのだから。


 そこから湯に浸かったお尻まで背骨が真っ直ぐに繋がっている。痩せ気味なせいか背骨がはっきりと背中を這っているのが見えて、どこか淫蕩な美を感じた。


「ん?」


 ロザリーが視線を下げ、カズキの可愛らしいお尻を見た時だった。


「刻印が薄くなってる……まるでこのまま消えてしまいそうだね……」


 憎しみの鎖……臀部に刻まれた刻印は明らかに様子が変わっていた。カズキと馬車の荷台で寄り添って寝た時、ロザリーははっきりと見ていたのだ。


「リンスフィアに帰ったらクインに知らせた方がいいかもね」


 余りに考えてばかりだったのか、カズキが不思議に思ったのだろう。背後にチラチラと目をやり始めた。


「ごめんよ。直ぐに洗うからね」


 優しく肌を拭うと水気を弾き、その肌が若々しい事を知らせてくる。


「しかし……ホントにシミ一つありゃしないね。黒子も見当たらないし、刻印以外何も無いみたいじゃないか……これも聖女の力なのかねぇ」


 羨ましい……いやそうとも言えないか……聖女の過酷な運命を思うと、それは些細な事だろう。癒しの力を失って聖女ではいられなくなり、その代わりに言葉を紡ぐ事が出来たなら、それは幸せな事だと確信をもって言える。


 ロザリーはカズキの異常とも言える美しい肌を拭いながら、そんな事を思った。


「こんな小さな背中の……小さな女の子に、世界の運命を背負わせる事が正しい訳がない。そんなの間違ってるに決まってるじゃないか。何故、この子が聖女でなければならないんだ……神々は何を思って……」


 意味など解るはずが無いのに、カズキは振り返ってロザリーをその翡翠色の瞳で捉えた。悲しい声音に何かを感じたのだろうか。


「……もう、終わったよ。後は自分で出来るだろう?」


 カズキの目を見返すのが何故が辛くて、ロザリーは手拭いを押し付けた。


 パシャリと手拭いは水面に落ち、カズキはそれをもう一度手に取って身体を洗い始める。


 正面側のベッドに腰掛けたロザリーの眼に、何度見ても幻想的な聖女の姿が映った。


 首や肩、胸や下腹、太ももや脛、刻印達は未だカズキの肌を覆う。神代文字と紋様は超常の力を与え、神々の加護を人に齎す。遥か昔から当たり前だった世界の理なのに、やはりロザリーには理解が出来なかった。


 部屋には花の香りが揺蕩う(たゆたう)、それが不思議と物悲しかった。




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