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42.マファルダスト⑧

 








 鍵を使い扉を開けた先には、二つのベッド、テーブル、椅子、そして両開きの窓くらいしか目立つものは無かった。壁も木目が剥き出しで表面が粗く、手を這わせれば怪我をするかもしれない。


 こんな下らない怪我をして聖女に癒されたなら、立ち直るのに時間が要るだろう。


「しけた部屋ばかりだね……新人騎士の宿舎と変わらないじゃないか」


 ロザリーは愚痴を零しながら担いで来た背負袋をベッドに放り投げた。それだけでギシギシと鳴る寝床にウンザリとしてしまう。


「ほら、こっちだよ」


 扉の前で様子を見ていた様だが、ロザリーの手招きでゆっくりと部屋に入って来た。入ると同時に周囲を見回し、頭から全身を覆っていたマントを両手で脱ぎ始める。


 少しずつ露わになった小さな人影は、変わらない無表情そのままのカズキだった。


 ロザリーのマントはサイズが余りに違った為、今はテルチブラーノで手に入れたカズキ用の物だ。何処か騎士達に警戒心を持つカズキを少しでも安心させる為、隠蔽用に頭部はかなり余裕がある。色は森人らしい深い緑だった。


「暑かっただろう? 今日はやけに日差しが強いからね」


 一つしかない腰高の窓を両手で押し開きながら、新鮮な空気を部屋に導く。風だけで無く光を取り入れた事で、ほんの少しだけ気持ちも晴れやかになった。そしてどこか遠くに聞こえていた喧騒が、一気に近づくのを感じる。


「……やっぱり汗を掻いてるね、先に綺麗にしようか」


 勿論返答は無く、カズキは開け放たれた窓から外を眺め始めた。


 南限の町センに入ったマファルダストは、補給すら後回しで休息に入ったのだ。テルチブラーノを出てからまともな町など無く、僅かな集落と野営地の連続は流石の森人達にも堪えたのだろう。それを見てとったロザリーは明日までの休息を宣言した。


 翡翠色の瞳が窓枠から映す景色を一言で言うなら殺風景だろう。全体が画一的で色も少ない。高低の立体感も乏しい上に、それが延々と続くのだ。前線で、訓練所を兼ねた町なら仕方がないのかもしれない。





 ロザリーはカズキに此処で待つよう合図を送り、一度部屋から出る事にした。鍵を閉めた後、階段近くの部屋に入った筈の男に声を掛ける。


「ジャービエル、いいかい?」


 直ぐに扉は開き、中に促された。この間にジャービエルは一言も喋らない。


「はぁ……あんたねぇ、カズキと違って喋れるだろ? 何か言いなさいよ」


「……カードに負けて元気無い」


「……あっそ」


 部屋の造りは同じだが、方角の所為だろう少し薄暗い。ベッドの上には数々の武器類が並んでいて、整理整備中だと知れた。勿論ロザリーは武器類の使用目的を理解している。しかし決して使って欲しい訳ではない。


「済まないね、休息日に」


「聖女様を守るの当然。それに聖女様優しい」


「そうなのかい? あんたと一緒にいるの余り見た事無かったけど」


「酒を分けてくれた」


 酒好き聖女が酒を分けた? 珍しい事もあるんだねとロザリーは感心した。大方ジャービエルが泣きそうな顔でもしてたのだろう。


「とにかく任せるよ。カズキに余計な手出しはさせないようにね。私は出来るだけ早くケーヒルの旦那に連絡を取る、それまでは付き合っとくれ」


 主戦派の動きを警戒するのは骨が折れるが、騎士の殆どは善良な者達だ。大きな問題が起きる可能性は低いが、前科がある以上手は抜けない。フェイとも相談し、武力に秀でるジャービエルに手を借りる事にしたのだった。


 因みにリンドも中々の剣を使うが、ロザリーにより却下されている。ロザリー曰くアイツはある意味で主戦派より危ない、だそうだ。


「ちょっとお湯を取って来る。廊下の出入りをそれと無く探っておいてくれたら良いからね」


 コクリと巨大な身体に載った頭を傾けると、ナイフの研ぎを徐に始めた。シャッシャッ!と規則的な音を奏で始めたジャービエルに少しだけ溜息をついて、ロザリーは階下に降りて行った。









 カズキが眺めるセンの景色は確かに殺風景だろう。だが、喧騒と匂いに耳と鼻を向ければ違う世界が見えて来る。


 騒々しい。


 一言で言えばセンはそんな町だろう。


 街中を歩けば鍛冶師達の振るう金槌と金床が奏でる金属音。


 あちこちの広場では騎士達の掛け声と、教導官の怒声。


 馬の嗎きも何処からともなく耳に入るし、獣特有の匂いも漂う。


 森人らしき風貌の男達は酒場で大声を上げ笑っている。


 そしてそれが当たり前だと歩く商人たち。



 センに定住している人の数はテルチブラーノとそうは変わらない。だが訓練に来る騎士や追従者、隊商などの森人達が加われば、その様相は大きく変わる。勿論王都リンスフィアに比べるべくも無いが、それでもリンディア王国を代表する町の一つと言ってよいのだろう。


 そして休息日にも関わらず、此処にまた一人仕事をしている男がいる。


「おっ! フェイ、お前まだくたばって無かったか!」


「お前こそ、子狼にでも喉を噛まれてその煩い口を閉じて貰え」


「がはは! お前が死んだらロザリーは俺が面倒見てやるからな!」


「ああ……姐さんは他に夢中になる人を見つけたよ」


「な、なに!? お、オメエそりゃ大事件じゃねえか! そうか……立ち直ったのか、良かったな……」


 小さな店の人影も少ない角の席で一人チビチビと酒を呑んでいた男、森人ドルズスは口は悪いが根は優しく何より義理堅い……そんな男だった。リンディアでは代表的な金髪を短く刈り込み、太い眉は殆ど真ん中で繋がっている。短い手足はひょうきんな印象を与え、口の悪さを緩和するのだろう。


「相変わらず南専門か? 最近は南も物騒と聞く、一人はやめてウチに来ないか? 姐さんならいつでも良いと言ってるぞ」


「ほぉー! 天下のマファルダスト副隊長からスカウトとは、俺も偉くなったもんだ!」


「真面目な話だ、茶化すな。イオアンさんが帰って来ない今、南に最も詳しいのはお前だ、ドルズス。どうも王都がキナ臭い、今は慎重になる時だぞ」


「……フェイ、ありがとうよ。だが俺は一人で森に行くのが好きなんだ。お前だって分かってるだろう? 危険とかそんなんじゃねぇのさ、南以外に行く気もない」


「……そうか、もし気が変わったらいつでも声を掛けてくれ」


「ああ、分かってる。ロザリーにもよろしく言ってくれ」


 森人達は皆何かを抱えて生きているのだろう。ドルズスも南に拘る理由があり、それを理解もしている。フェイもロザリーを守ると云う、譲れない思いがあるのだから。


「酒を取ってくる。待っててくれ」


 一人カウンターに向かう。そして無言でグラスを拭いている親父に何かを言い、金と引き換えにボトルとグラスを二つ持って来た。


「つまみは分けてくれよ?」


「ほう、良い酒だ。仕方ねえ、好きなだけ食え」


 フェイは乱暴に酒を注ぎ、ドルズスの方に押し出した。自分にも注ぐとドカリと向かいに座った。


「森人に」

「……故郷に」


 厳つい男達らしからぬ優しい乾杯の音は、静かに店内に消えて行った。








 つまみが皿から半分程消えた頃、フェイは突然に黙った。


「……ん? どした?」


「やっぱり気になってな。イオアンさんが何故消えたのか」


「……ああ、あの人程の森人はいなかった。俺の方が長く南にいる筈なのに、勝てないと何時も思ってたよ」


「南は森が深い。魔獣の生息域はかなり遠いし、遭遇率は他より低い位だ。ましてやイオアンさんは、油断や無駄な冒険を最も嫌う人だった。森そのものよりも油断が人を殺すと、何時も繰り返し言っていたからな」


「「油断と慢心は森が死を運ぶ」」


 二人が口を揃えて出した言葉は、イオアンが何時も祈りの言の葉の様に使っていたものだ。


「一緒にいたローゼンも立派な森人だし、若いヤッシュすらイオアンさんが鍛えてた奴だからな……」


「実は今回の仕事の中にイオアンさんの痕跡を探す、まあ出来る範囲でだが……それもあるんだ」


「おいおい、深く潜る気か? 駄目だ、やめとけよ。今の森は嫌な予感がする、それこそ油断と慢心だ」


「ああ、俺も最初はそう思っていた……つい最近まで」


 二人のグラスは空になったが、何方も次を注ごうとはしなかった。


「最初は? 今は違うってか」


「そうだ。マファルダストの要、それは誰だ?」


「そりゃロザリーだろうよ。お前じゃない、勿論他の狩猟班でも採取班でもないさ」


「そうだ、間違いなく姐さんだ。あの人自身は認めないが……イオアンさんが居ない今、リンディア最高の森人はあの人以外いない」


「……悔しいが、それは認めるよ。イオアンの爺様が全てを教え込んだと公言した唯一人の森人だからな。しかもたったの5年で」


「マファルダストはリンディア最高と謳われるが、それは姐さんが纏めているからだ」


「ふん……だが、だからって深く潜る理由にはならん。魔獣共にそんな事は関係ないからな」


 漸くドルズスはボトルを手に取り、ドボドボと二つのグラスを液体で満たす。フェイは注がれた酒を一気に煽り、ドルズスからボトルを受け取るともう一度注ぎ直した。


「なんだ? 早く心変わりした理由を言えよ」


「姐さんは変わった。いや、戻ったと言うべきか」


「はあ? お前は偶に小難しい台詞を吐くなぁ。大昔の物語の主人公かよ」


「最初に言っただろう? 他に夢中になる人を見つけたって」


「……ああ、言ってたな。おいおい、まさか新しい男を見つけたからって馬鹿な事言わないでくれよ?」


「馬鹿、誰が男なんて言った。姐さんはルーだけがただ一人の旦那だよ」


「じゃあ何だよ?」


「……使徒、神々の救い……」


「何だって? 良く聞こえないぞ」


 するとフェイは急に明後日の方を向き、もう一度ドルズスを真っ直ぐ見て淡々と言葉を続けた。


「そうだな、今回の調査にはお前を連れて行く。臨時で雇うよ、南ならお前だからな。それを認めるなら全部教えてやる」


「お前ズルいぞ!! 此処まで引っ張っておいて、今日気になって寝れねぇじゃないか!」


「お前を今回だけ雇い入れるのは、姐さんから頼まれた仕事の一つだ。因みに聞かないと絶対に後悔する程の話しだからな?」


「くっ……この野郎、これだから頭の良い奴は嫌いなんだ!」


「早く決めろ。俺もそろそろ帰りたくなるかもしれんぞ」


「……分かったよ! 降参だ! 行く、行けばいいんだろ!」


「よし、じゃあ今この時から雇う。終了は南の調査が終わりセンに帰るまでだ。その間はマファルダストの一員として扱う。金は何時もの規定通りだが、姐さんから追加も了解を貰っている。しっかりと働いて貰うぞ」


 自棄になったのか、グラスの酒を煽ると更にボトルを口につけてゴクゴクと喉を鳴らし始めた。異常な酒の強さを持つドルズスだから出来ることだろう。偶に口を離してチクショーとか、またやられたとか、小声を出すのが哀愁を誘う。


 最後の一滴まで飲み切ったドルズスは、それでも殆ど酔ってはいなかった。更にカウンターに真っ直ぐに歩いて行き、別の酒を持って再び席に着いた。


「よし、聞こう。やるからには納得する迄だ。これでつまらん話なら違約金を払ってでも行かないからな」


「ああ、違約金など要らんよ。お前なら必ず一緒に来る、それこそ金を払ってでもな」


「いいだろう。我らがボスがどう変わったのか聞かせて貰うさ」


 フェイもドルズスも先程までの砕けた雰囲気を一瞬で消し、命を賭ける森人の顔に戻った。







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