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35.マファルダスト④

 









 仮眠用に広く取っている荷台の中に少女を横たわらせ、ロザリーは振り返ってフェイに尋ねた。


「確か名前は……」


「カズキ、です。黒神の聖女だと……なぜ白神ではないのかわかりませんが」


「ああ、そうだったね。殿下にも紹介して貰ったけど忘れてたよ」


「姐さん会った事があるんですか?」


 寝返りをうつカズキを眺めながらロザリーは思い出していた。


「殿下とクインが街に連れ歩いてたのさ。あの時は侍女の格好で誤魔化してたからね。侍女特有の所作はないし、まぁ御忍びだよ。でも顔だけは見たから間違いない。聖女様かは置いておくとしても、やんごとなき人であるのは間違いないね」


「しかし刻印があるのであれば、間違いないでしょう」


「だよねぇ、刻印ばかりは誤魔化しが効かないし……それよりどうしたものかねぇ」


 何時ものように腕を組み、その大きな二つの女性の象徴を際立たせたがフェイは勿論気にもせずに答える。


「今から折り返す訳にもいかないですし、次の村に預けますか?」


「うーん……王室が預かる聖女様をポイと放り投げるのもアレだし、かと言って連れ歩く訳にもいかないねぇ……」


 そう言ったロザリーだが不自然な事に今更ながら気付く。 


 アストは聖女を大事に思っていたようだし、クインが手を繋いで愛おしそうな眼差しをしていたのも印象に残っている。ところが聖女であるカズキは手に包帯を巻き、高級そうなワンピースは切れ切れに破れていた。まるで何かから逃げて来たかのようだ。


 ロザリー達はリンスフィアで起きた聖女の降臨をまだ知らなかった。


「最初の中継は西の森の手前、1回目の狩猟後か」


「まさか、このまま連れて行くんですか?」


「街を離れた事情があるかもしれない、先ずは殿下に知らせてから判断するしかないね」


 ロザリーは何かが引っかかってしょうがなかった。こういった勘は馬鹿には出来ない上、聖女であれば何かの使命を帯びている可能性がある。神々の行いを邪魔する訳にもいかない。


 地面に吐きまくって前後不覚になっている姿には一抹の不安を覚えるが。













 軽く食事をして身体を拭いたロザリーは、聖女と共に寝る事に決めて先程の荷台に向かう。


 荷台に上がるとカズキは寝苦しいのか、マントを蹴り飛ばし膝を抱えて丸まっていた。スカートも捲れあがって小さなお尻が露わになっている。少しだけそのお尻に食い込んでいる下着は役目を果たさず、思わずペチペチと平手で叩きたくなる。


「ん? うへぇ……お尻にも刻印があるよ……本当に身体中にあるんだねぇ……」


 ぶつぶつ言いつつも、はだけたマントを手に取ってカズキの背中側に寝転んだ。


「全く、しょうがないねぇ……」


 呆れながらも何処か嬉しそうにスカートの裾を直し、マントを掛けて聖女に腕枕をした。 


「次の町で服を手に入れないと、なんでも似合いそうだし何着か見繕うかね……」


 そう言いながらカズキの細い腰に手を回して、そっと身体を抱き締めた。すっぽりと収まる小さな身体はロザリーには丁度よく、どこか懐かしい香りがした。


 遠くからは草木を揺らす風と虫の音がする。まだ起きている連中の声は殆ど聞こえない。


 ロザリーは不思議な多幸感を覚えながら眠りに落ちた。














 最近は浅い眠りばかりだったが、久しぶりの深い眠りは時間が一瞬で過ぎ去ったと思わせる。何処か気怠さのあった目覚めも今朝は全く感じない。まるで身体が新しく置き換わったようで、横になったままでも明らかな違いがあった。


 ロザリーは少しばかりの驚きを覚えながら、清々しい朝を迎えていた。


 くっきりした意識は胸元で身動ぎする柔らかな感触を思い出す。首を傾けると翡翠色の輝きが自分を映していた。どうやら思い切り抱き締めて顔が胸に埋まっているようだ。上目遣いでロザリーを見ているカズキは怒っているのか困惑しているのか、判断に迷うところだろう。


 思わずギュッともう一度抱き締めて、ロザリーは笑顔になった。


「おはよ、聖女様。酒は抜けたかい?」


 埋もれていた顔を剥がすと、上半身を起こして深い溜め息をつく聖女。それすら絵になるのだから、神々の寵愛とは凄まじいものだ。


「こら、挨拶くらいしなさいよ。こんな気持ちいい朝じゃないか」


 こちらを見た聖女、カズキのキョトンとした顔はロザリーにある事を思い出させた。


「確か、言葉が不自由と言ってたね……」


 アストがロザリーに紹介した時の事だ。 


「まあいいや、ほら朝御飯食べよう? 皆に紹介するよ」


 立ち上がったロザリーは両手でカズキを引っ張り上げてマントを羽織らせる。はだけない様にベルトで調整して皺を伸ばした。


 先に降りて、おいでと合図を送ると素直について来るカズキに優しい笑顔が浮かぶ。手を繋ぐような歳とは思えなかったが、ロザリーは欲求のままにカズキの右手を取り歩き出した。


 朝日に照らされた二人の影を見る人がいれば、誰もが幸せな気持ちになるだろう。先に起き出していた何人かの森人達は二人の姿を見て、困惑と小さな幸せを覚えている。見慣れない少女と、やはり余り見慣れないロザリーの慈愛の溢れた笑顔は、何か変化が起きたと皆に感じさせて視線を外せなかった。




「うひゃー、綺麗な娘ですねー」

「おい黒髪ってまさか……」

「なんでまた此処に……」

「新しい仲間か?」

「おい、見えてるぞ……やべぇ」




 最後の呟きを何とか聞き取ったロザリーはカズキが座っている方を見ると慌てて駆け寄った。


「こら!そんな格好で膝を立てるんじゃないよ、丸見えじゃないか!!」


 抱えた膝を強引に横に下ろしてマントを足に掛ける。やはりキョトンとしたカズキにロザリーは頭が痛くなった。


 この美しさなら嫌でも男の欲望を知っているだろうに、まるで最近女になりましたとばかりの恥じらいの無さは驚きしかない。少女とは言え女として生きてきたら、自然と身につくはずの何がが足りないのだ。クインあたりが許すとは思えなくて、ロザリーには不思議でしょうがなかった。


 ロザリーは知らない事だが、同じ様にアスティアやクインは頭を抱えている。


「お前ら!今度見たら承知しないからね!」


 無茶苦茶な事を言うロザリーに誰も反論はしなかった。こういった時、男は弱いのだ。


「とにかく、しばらくは同行するからね。森人として働きはしない、客人と思っとくれよ」


 それは当然だと皆が頷く。


「見たら分かるだろうから先に言っとくよ。この子はおそらく聖女、黒神の聖女だよ。皆も聞いた事くらいあるだろう? 手なんか出したら神々が怒り狂うし、私が承知しないからね!」


「「……お、おー!!」」


「凄え、聖女様が目の前にいるよ! 握手くらいは駄目ですか?」


「うおー! 滅茶苦茶美人だなー! 本当に翡翠色の眼だよ!」


 ワラワラと周りに集まる男達から握手を求められて、カズキは腰が引けたがその内に諦めて握手に応じていた。仲間と認められたと思ったのか、カズキの顔に少しだけ笑みが浮かぶ。


 それがどれだけ貴重なものか、初めて会う皆は知らなかった。


「ほらっ、もう終わりだよ! 名前はカズキ、事情があって話したり出来ないから気をつけなよ!」


 しっしっと両手を振りカズキの前に立ちはだかったロザリーは、朝飯持って来ておくれと声を張り上げた。






 リンドはスプーンを口に咥えたまま、ボーっと見ていた。


 目線の先には甲斐甲斐しくロザリーにお世話される聖女がいた。パンを齧り、片手に持った器からスープを飲む。決して上品な食べ方ではないが、たったそれだけなのに目が離せない。表情も乏しく先程見せた微笑も今は消えている。しかし兎に角美しく綺麗なんだからしょうがない……リンドは自分に言い訳していた。


「あんな生き物がいるのか……可愛い過ぎるだろう……」


 ロザリーの承知しない発言も何処かに飛んでいって、リンドの頭の中にカズキとの甘い生活が浮かんでいる。 


「両想いなら仕方ないよな、うん」


 気持ち悪い事を呟いて、リンドはもっと気持ち悪い目線をカズキに向けた。 


 横にいたジャービエルは可哀相な小鼠を見るようにリンドを眺めたが、当人は気付く事は無かった。












 宿営地での滞在時間の終わりが近づき、マファルダストは撤収を始めた。


 次は西の森に至るまでの拠点の町、テルチブラーノだ。村と呼ぶには大きく、街と呼ぶには小さい、そんなところだ。騎士が常駐しており、西の守りの要所でもある。周辺の村々の中心で、西の森に向かう隊商なら必ず経由するところと言っていい。


 その先は人が立ち入らない領域となっていて、向かうのは騎士か森人だけだ。 


 ロザリーはテルチブラーノにカズキを預ける事も考えたが、すぐに打ち消した。それは間違いなく勘ではあったが、何処かに一緒にいたいという思いがあることを否定出来ない。



 撤収は簡単に終わり、ロザリーはカズキと一緒に御者台に乗った。目的地があるのか、素直に合わせるカズキは馬に興味があるようだ。 


 4頭引きの馬車は連結した荷台毎ゆっくりと進み出した。揺れる御者台に慣れないのか、お尻をずらしたりして丁度いい場所を探している。ロザリーは思わず自身の膝の上にカズキを抱えたくなったが、さすがに聖女はそんな歳ではないと諦めた。


「……なんだかねぇ……」


 ロザリーは自分の心に何が起きているのか、薄っすらと自覚する。だがそれを素直に認める事も出来なかった。


 ……フィオナを裏切ってしまう、そんな気がするからだ。


 呟きを聞き取ったのか、カズキがロザリーを見た。ゆっくりと進む馬車に乗る聖女は、朝の爽やかな風に揺れる黒髪を右手で押さえる。その女の子らしい姿が目に入り、眩しいものを見るように目を細めた。





「アンタの名前はカズキだね。私はロザリー、ただのロザリーさ」





 カズキの三度目のキョトンとした顔が可笑しくて、ロザリーは笑った。








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