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黒神の聖女 〜言葉の紡げない世界で〜  作者: きつね雨
溶け合う二人 〜黒神の聖女 完結編〜
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妹と姉 〜黒神の聖女 完結編②〜

 



「アストの、こと」


「兄様の?」


 アスティアは少しだけ意外に思った。二人の仲は順調で、兄の誠実さや優しさに疑念も無い。白祈の間で行われる予定の神事に向け、凡ゆる準備が進んでいるのだ。専属の侍女であるクインがこの場にいないのも、その神事に深く関わっている事が理由の一つだった。


 言葉で表すのが苦手なカズキだが、アストに向かう想いに疑いの余地はないだろう。


「喧嘩でもした?」


「違う。優しく」


「そうよね……兄様はお人好し過ぎるくらいだし」


 婚姻前、将来への不安から仲違いする場合があると聞いた事があるが、アスティアの心配は外れたようだ。まあベタ惚れの域を超える兄の恋慕は誰が見ても明らか。ならば一体何だろうと考えるが答えなど見つからない。


「うーん、まさか、お酒……とか?」


 兄から発せられた禁酒令は解除されて久しい。今のカズキは以前のように酔い潰れることもなく、"酒の聖女"の二つ名は返上間近だったはず。もしかしたら長い間我慢して欲求が限界に達したのだろうか。婚姻を前に考えることも増えていて、精神的な疲れもあるだろう。偶に一口二口くらいは嗜むが、これでは足りないと聖女様はお怒りを溜めているかもしれない。偉大な使徒であろうともカズキはカズキなのだから。


 そんな事がツラツラと頭に浮かび、アスティアは両手に顎を乗せ顔を少しだけ傾けた。


「違う、いや、少し」


「子を授かったら駄目だけれど、もう少しだけ増やす?」


 我慢も体に良くないと知っているアスティアが妥協案を出した。きっと酒精の弱い種類はあるだろう。献上されたお酒にもその様なモノがあるはずだ。クインに相談しようかしらと考え始めたとき、様子がおかしいことに気付いた。


 具体的に言えば、ほんの少し苛立ち、こちらを軽く睨み付けている。全く怖くない上に寧ろ可愛らしいが、無視する訳にもいかない。身体の成長とは全く逆に、幼さを感じさせる事もあるのが最近のカズキだ。


「お酒でもないの?」


「ん……アスト、沢山、変」


「えっと……例えばどんな?」


 意味は何となく分かるが、ピンと来ない。


「……」


「カズキ?」


 何やら赤くなった。


「朝、口を、ココ、とかココに」


 額や頬に指を当てつつ、囁く様に話した。


「あと、グッて背中、が、抱く?」


「それから、髪、触れ。あ、耳とか」


 一つ一つ丁寧に体を使いながら説明してくるカズキ。言語不覚を自覚しているからか、かなり大きな動きだった。そしてアスティアは益々理解出来なくなった。確かに良く見かけるが、微笑ましいなと和んでいたくらいだ。エリやクインとの話題にもよく上るし、漸く"らしさ"が出て来たみたいと安心していた。


 そもそも夫婦や恋人同士ならば当然で、愛する父や母もそうだった。毎朝の口づけ、抱き締めて愛を囁く。仲睦まじい二人を眺めるとき、アスティアはいつも素敵だと思っていたのだ。


 そして同時に気付く。


 闇色した過去、誰も信じられなかった心の深いキズ、そして癒しの力は自らを助けたりしない。あの刻印の数々はカズキが元々持っていた精神に働き掛けて刻んだのだと、そう黒神ヤトは話したではないか。憎悪、悲哀、痛み……かの神が司るソレは白神と異なる。


 憎しみの連鎖、自己欺瞞、利他行動、贄の宴、狂わされた慈愛……全てはカズキが持っていた内面の顕れだ。


 恥ずかしそうに俯く妹は、起こっている変化に戸惑っている。でも、()()ならば否定など不要だ。迎え入れ、共に生き、抱き締め続けて欲しい。誰もそれを責めたりしないのだから。


 ガタリと椅子から立ち上がり、アスティアはカズキにも促した。不思議そうにしながらも従う可愛い妹は、ほんの少しだけ背が低い。


「ジッとしてて」


「うん」


 サラサラの黒い前髪を優しく掻き分け、アスティアはカズキの額に口づけをした。そのまま頬に何度も。緊張で固まるカズキを感じたが、決してやめたりしない。自身の欲求に任せて妹の身体を思い切り抱き締めた。すっぽりと収まりが良いので抱き心地は最高だ。暫く堪能した後、大好きな髪に指を通して愉しむ。その指先は耳や頬を這い、吃驚顔のカズキは益々驚いているようだ。


「フフ……可愛いわ」


「アスティア……?」


「違うでしょ?」


「……お姉ちゃん」


「うんうん、ねえカズキ。嫌だったらやめるけど、どう?」


「別に、でも」


「私は貴女が大切で、心の底から愛しているの」


「う、うん?」


「言葉だけじゃ届かない。だから、こうしていたら幸せ。カズキは何も感じないかしら?」


 フルフルと頭を振り、アスティアの質問と自身の疑問を否定した。


「兄様だって同じ。貴女をもっと知りたい、気持ちを伝えたい、大切な人だと分かって欲しい。ほら、普通のことでしょう?」


「普通……?」


「勿論!」


 もう一度抱き締め、カズキが此処に居てくれる事に感謝した。こんな沢山の幸せを運ぶのは正しく聖女だ。この世界に唯一人、何者にも変えられない。


「貴女は私の妹で家族なの。いつでもお姉ちゃんを頼ってね」


 ありがと……


 そう言ったあと、カズキに微笑が浮かんだ。


 その余りの美しさと尊さに、姉の腕には更なる力が加わる。


「私に任せなさい!」


 声が思った以上に大きくなって、両腕の中の妹は再びビクリと身体を震わせた。





 ○


 ○


 ○




「そう言えば、もう少しで()()()()()()()()()になりますねー」


 ポロリと曰う。


 聖女の間に四人の女性が集まっていた、その合間のことだ。


 此処に住う聖女カズキ、リンディア王国の王女アスティア、王室相談役でもあるクイン、そして朝寝坊が得意な侍女のエリだ。


 その声を発したエリ本人に他意が無いのは笑うところか。何気ない話題が広がって、周囲の空気を変えてしまう。


 アスティアはカチンと固まった。


 カズキは「ん?」と不思議そうにしている。


「バ、バカなコト言わないで!」


 当然にアスティアは分かってていたが、カズキが気付かないから黙っていたのに……


 兄であるアストの妃となればアスティアは妹になる。だが、自分は間違いなく姉であり、これからも決して変わらない。少し御転婆だけど、放っておけないカズキだから尚更だ。


「ち、違うわよね? ね、カズキ」


 滅多に見る事が出来ない笑みをカズキは浮かべている。残念ながら微笑でも、そして花の様に咲く笑顔でもなかった。皮肉めいた色を讃える瞳、クニャと釣り上がる唇……簡単に言うならば、イヤらしくニヤリと笑った訳だ。


「ん、お姉、ちゃん、で? あと、お姉、様?」


「くっ……」


 化粧に始まり、身嗜みや下着だって自分で決められないのに、身長も段々と差が開いているのに、カズキは姉だと言っている。たった今自称を始めた聖女はニヤニヤと笑った。アスティアを見上げながら。


「……アスティア様。どちらでも良いとお考え下さい。姉妹である事に変わりはないのですから」


 溜息を隠し、クインが口を開いた。その言葉の意味を何とか理解したカズキは益々調子にのる。王室相談役である彼女の言葉は重いのだ。因みに、自身の侍女がそんな役を持つ事を未だ知らないカズキだった。


「偉い、ありがと」


「うぅ……クインもカズキが姉だと思うの?」


 だが、返したのはカズキだ。


「当然。ね、クイン」


 カズキのその問い掛けに何故か答えない。それどころか話題転換を図るクイン。


「カズキ……さあ、続きを」


「なん、で、私、見ない」


 当然だよね?と訴えかける視線からも逃げる。何かを察したカズキの言葉にもやっぱり答えない様だ。クインにしては珍しく言葉に窮したが、丁度呼び出しが来たので聖女の間を後にする。立ち、いや逃げ去る背中に安堵の色が見えたのは誰の目にも明らかだった。


 アスティアにも其れは見えたが指摘はしない。藪蛇にもなるだろう。


「……とにかく続けるわ。準備も大詰めなんだし」


「ん」


 ついさっきまでクインが着替えの補助に入っていた。だが、色々と忙しい彼女が居なくなった以上、カズキ自身で行うしかない。アスティア達はその手伝いに来てくれているのだ。


 カズキは胸の下着を外そうと両手を背中に回した。反対に左手を動かし、今度は右手の向きを変える。何度か試すが一向に脱ぐ事が出来ない様だ。


「……カズキ?」


「……待ち」


 一種の矯正下着だから強めに締めてあるのは確かだ。それを置いても下着一枚にここまで苦戦する女性が居るのだろうか? アスティアは呆れているし、エリからもクスクスと笑みが漏れている。暫く無言の時間が過ぎたが、結局のところ何も変化は起きない。


「ほら、背中を向けなさい」


 可哀想になってきて思わず声を掛ける。ついさっき自称姉を始めたカズキも仕方無く従った。


 細い金具を三箇所捻ると簡単に外れる。同時に双丘が晒されたが、カズキは直ぐに両手で隠した。慎ましやかであっても十分な膨らみがあり、その仕草は決して不自然でもない。しかし、それをしたのが聖女ならば別だろう。毎日長い時間を共に過ごすアスティアさえも思わず息を呑んだくらいだ。それ程に希少で、可愛らしかった。


 でも、指摘したらきっと恥ずかしいだろうと、アスティアはそっと見守るだけだ。


「はぁ……カズキも成長してるんだなぁ。やっぱり愛は女性を変えるんですねぇ」


 ところが、空気を読めない、いや読まないエリが言う。それを聞いたカズキの耳が紅くなった事にも気付かない。


「エリ……貴女はホントに!」


「ヒダダダッ!」


 思い切り頬を抓り、おまけにグルリと捻った。


「全く……カズキ、気にしないで。何もおかしくなんてないの。さあ、今度はこれを付けてね。少しだけ緩いから苦しくない筈よ」


「……うん」


 だが、やっぱりモゾモゾと動くだけで装着出来ない。鏡に背を向けてみたりと色々試すが……時間だけが過ぎていった。


「確認だけど、毎日どうしてるの?」


「クイン、仕事、だって、お任せ」


「そう……」


 聖女専属の侍女は結局甘やかしているらしい。朝の準備は余程の事でなければ譲らないと聞いていたが、何となく理由も察する事が出来る。多分だが「専属ですので」などと尤もらしく話すのだろう。クインはクインとしてカズキを溺愛しているのは確実だ。


「貸してみて。夜になっちゃうわ」


「……ん」


 ドレスに合わせて下着も新調していて、幾つかの中から試着を繰り返していた。先程のはキツイらしく、苦しいとカズキが溢したのだ。なので次は少し緩めの物を当てている。アスティアの細い指が留め金具を捻り、しっかりと固定された。


「はい、おしまい。どう? まだ苦しい?」


「……だいじょぶ」


「軽く歩いたり、屈んだり、分かる?」


「ん」


 短く呟くと、下着姿のカズキは聖女の間をゆっくりと歩いた。続いて屈んだり身体を捻ったりする。ズレ落ちる事もなく、違和感もない様だ。


「丁度良い感じかしら……ちょっと、エリ?」


「本当に綺麗だなぁ。シミひとつ無いし、スベスベ……ほら、慈愛の刻印なんて浮き上がって見えますもん。はぁ、素敵」


 サワサワと脇腹や背中を撫でられ、カズキは嫌そうに犯人から離れる。擽ったいし勝手に触るなと聖女様がお怒りだが、当人は全く気にしていないのは流石だ。


「エリ……!」


「わぁ! 御免なさい! でも触り心地最高ですよ? ほら、此処なんて」


 調子に乗って、カズキの太ももまで指を這わした。


 なので、聖女と王女は両側から思い切り……頬を捻り上げる。


 続く悲鳴。


 でも、二人は息ぴったりで力を込め、エリが涙目になっても止めたりしなかった。


 姉と妹、妹と姉。


 翡翠色の瞳と視線が交差したとき、アスティアは上品に笑う。そしてカズキにも微笑が浮かび、笑顔の花が二輪咲いた。


 








お姉ちゃんぶるアスティアとの絡みが見たいって、とあるコメントを頂いてました。作者も見たくなったので欲求のままに書いたのが此処までの二話です。


次話以降ラストもコメントからヒントを貰ってますが、ほんのりシリアス風味なのでよろしくです。

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― 新着の感想 ―
[一言] マリッジブルーは解消されて良かった。確かカズキのスタイルはスレンダーだったんですよねすっかり抜けてました。 なんだかんだで愛されて愛らしくて良いですね。 愛で満たされたら空洞になるかもしれな…
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