選手!入署!
僕は逮捕され、警察署へ連行された。
手錠を掛けられた瞬間から、しばらく僕の意識は遥か遠くに飛んで行ったようだった。その間だけはブラフマーに還ったり宇宙の真理に辿り着いていたように感じる(意識が飛んでただけだけど)
ふと意識が戻り、風景に色が着き始めると、僕はリビングルームの真ん中に立たされていた。刑事が数人押し寄せ、僕のバッグの中身を確認したりしてる。老人はいつの間にか人間のクズを観察するような目を僕に向けながら、ソファで茶を啜り始めていた。
タラコ唇の刑事が僕の胸ポケットから携帯電話を取り上げた。画面をチラリと見ると、何と!通話中だった。僕は状況を整理できないまま、全てをチャラ男に委ねようとした。
「あの、刑事さん!その電話、繋がってるんで話してもらっていいっすか?電話の相手、バイトの雇い主なんです」
「え!?マジ?ちょっと、えーっと……もしもし?もしもしー!?あれ、聞こねーや。ボタン、これか?これを、こう押して、音量を……あれ?あー!切っちゃった!」
ガーン!ズドォーン!バッキューン!ボーーーーン!ズコーーーーーー!!!!
僕の頭の中で様々な効果音のオンパレードが一斉に流れた。タラコ刑事は春風亭昇太にそっくりな眼鏡刑事に僕の携帯をいかにもつまらなそうな感じで手渡した。
「これ、押さえといて。電話切っちゃったよ、へへ」
へへ、じゃねぇ!!と思ったが、僕は一体何故手錠を掛けられているのか分からなかった。すると、眼鏡刑事が腕時計を眺めながらタラコ刑事に向かってこう言った。
「この時間でいいっすか?」
「あ、そうだったそうだった。君、ちょっとこっち向いて」
「え?」
眼鏡刑事は僕の挙動の定まらない目を眺めながら、言った。
「えー、11時4分、あなたを詐欺未遂の現行犯で逮捕します」
「はい?」
「じゃ、行きましょう」
「え!?」
じゃ、と言われ両脇を刑事二人に抱えられた僕は意味が分からずに踏みとどまった。すると眼鏡刑事が青筋を浮かべながらギャンギャン吠え出した。
「早くしろよオラァ!手間掛けさせんじゃねーぞウラァ!テメーでやった事分かってんだろうがよぉ!さっさとしろよテメーこの野郎!署ついたら覚悟決めろよこの野郎!」
「そ、そんな、ちょっと待ってくださいよ!えぇー……」
「話はゆっくり聞かせてもらうからよぉ、外出るぞ!おい!外、外!」
廊下に出ると刑事達が何やら一斉に慌しく動き回り始めた。様々な怒号が老人宅の廊下に鳴り響き出す。
「ケイさん!車は!?」
「もう回してるっぺー!青いセダンの。あれ、応答ねーな」
「ステーションワゴンだよ?それ違うんじゃねーの!?」
「え?じゃあ今どこよ?」
「いいから!進路確保して!早く!」
僕は何が何だか分からなかったが眼鏡にせっつかれて廊下に出たものの、そこから先の外へはすぐに出られない状況にあるのだと何となく悟った。
タラコと肉だるまの様な刑事に挟まれながら、僕は廊下で忙しなく動き回る刑事や警官達を何処か他人事で眺めていた。すると、僕を掴んでいた肉だるまが声を掛けて来た。
「君さぁ、水泳とか、何かスポーツやってた?」
これから先の処遇に何か影響があるのかと思い、僕は馬鹿正直に答えた。
「いえ、小6の時に卓球を1年ほど……」
「あー!ハズレだ!この肩は水泳だと思ったんだけどなぁ……」
そう言って肉だるまは僕の肩を触り始めた。意外とソフトタッチなんだな、そう思っていると玄関が開いて「誘導します!」と声が上がり、肉だるまは僕を持ち上げる勢いで抱え込んだ。
足が半分浮いたような状態で外へ出ると、案の定ヤジウマが沢山集まっていた。皆が皆、僕を蔑んだ目で見つめながら口々に何か呟いていた。ほんの数秒間の出来事だったけど、僕は1秒でも早く車の中に押し込んで欲しくて仕方無かった。
車に乗せられている間、僕は見知らぬ土地の景色を刑事二人に挟まれながら眺めていた。交差点で車が停まると、タラコが声を掛けて来た。
「坂上くんだっけ?」
「あぁ……はい……」
「初犯?まぁ調べたら分かるけど」
「交通違反もした事ないです。あの、初犯です」
「ならすぐに出れっから、そんな心配しなくていいよ」
「あの……これって詐欺未遂になるんですか?」
「まぁ、詳しくは後で。あ、モリさんさ、イチイチヨンゼロ到着で伝えて」
「了ー解」
テレビドラマで見る刑事達とは違い、何処かのんびりした空気が車内には漂っていた。それに、すぐに出れるのならそれ程心配しなくてもいいのかもしれない。もしかして、怒られて終わりとか?いやいや、一泊ぐらいは覚悟しなきゃかな?でも、被害者っっていう被害者もいないし……。
という僕の考えは甘かった。大甘だった。肉だるまが僕の隣で窓の外を眺めながら呑気な声で話し掛けてきた。
「坂上くん、実家はどこよ?」
「あぁ……あの、埼玉県のK町です」
「あー、俺よくそこに釣りに行くんだわ。サギが有名なんだよなぁ、サギが」
「……」
確かに地元はシラサギで有名ではあったものの、今回の詐欺未遂と掛けられているようで僕はそれから署に着くまでの間、ずっと口を閉ざしていた。
車が署に到着すると、署内の刑事、職員のほぼ全員ではないだろうか?という人達が僕の到着を待ちわびていた。焦った僕はタラコに声を掛けた。
「あ、あの、これは……皆さん出てますけど……もしかして凄い重大事件だったんですか?」
「はっはー!違う違う。逃走防止でね、決まりでそういう風になってんの」
「あぁ……そうなんですね……」
僕は束の間の安堵を感じたが、手首に手錠を掛けられている事に何ら変わりは無かった。
到着してすぐに取調べが始まるものだとばかり思っていたが、そうでは無かった。刑事課の奥の小部屋へと連れて行かれると、僕はある機械の前に立たされた。
「真正面、次は横向きでお願いしますねー」
それはつまり、犯人といえばコレ!な写真撮影だった。バシャバシャと写真を撮り終えると、次に女性職員が麺棒を持って現れた。
「これで頬の内側をグリグリーって擦り付けてもらっていい?後ね、この綿を口に含んで、この容器に入れて下さい」
あー、これがDNA検査って奴なんだろうか?僕は化学実験を受けているような気分で口に含んだ綿を吐き出すと、次に待っていたのは指紋採取だった。丸っこく平たい盤の上に手を載せると、モニターに指紋がリアルタイムで映し出された。
「あー、もうちょっと傾けて。もうちょい、そうそう。あー、こっちもう少し下さい」
何かに似ているなぁと思ったら、それはiPhoneの指紋認証設定時の光景に良く似ていたのだった。その後僕は再び手錠を掛けられ、何と再び外へ出される事となった。行き先はもちろん、告げられない。タラコが鋭い目を向けて僕に尋ねて来る。
「鞄の中にクスリあったけど、あれ変なのじゃないよね?」
「あー……ビオフェルミンの胃腸薬っすね」
「あっそう。一応処方の為に先生に診てもらうから。じゃ、車出して」
「了ー解ー」
そっかそっか、飲んでた薬を処方してくれるなんて意外と待遇しっかりしてるんだなー、と思おうとしたが思わなかった。これはつまり、署内での生活が長引く事の予言ではないのか?
的中しないでくれ、どうか的中しないでくれ、そう思っていたが、外れて欲しい事ほど良く当たるとはこの事だ、と僕は思わされるハメになった。