3.ボケ : まだ
「見つかった~の?」
右目を隠す菜の花色の前髪。
にやける口元。
気怠げな態度。
尻上がりになる口調。
辿り着いた花屋の店の中。全く以て会いたくなかった眼前の一見、小柄な女性に。
舞子に左腕をがっちりと押さえられて逃げるに逃げられないひびなは、顔面右側を引き攣らせながらまだですと小声で返した。
「地獄に帰ったって風の噂で聞いてたけど~」
「……つい先日、現世に戻って来…ました」
空気を呼んだのか、本当に用事があったのか。
じゃあと、手を振りながら去って行った舞子に内心俺も一緒に連れて行けと叫ぶ。結果、その文字と音が乱反射する中、一歩踏み出そうとしたひびなであったが、グワシッと服を掴まれてはそれも叶わず。今は舞子に紹介された女性、に加えて、己が女神にしてほしいと頼み込んだ女神、七菜子と仲良く並んで花の手入れをしていた。
春
夏
秋
冬
一つの蕾
一輪の花
一枚の花弁
一枚の葉
一本の茎
一本の木
見て
嗅いで
触れれば
噎せ返りそうなほどの花の数と種類にもかかわらず、かすかな花の清温な香りが、環境としては春の陽気に包まれど、一つの季節に留まる事はない店内に身を置けば。
居心地の悪さなど、九割がた消え去るというもの。
さすがは女神の店かと感嘆したひびなは首を動かし、初めて店内全体を見渡した。
「花屋さんは花を売っているの~。自然じゃな~い」
季節の花ではなく、四季折々の花々たちが置かれている状況に、確かに自然を愛する女神のする事なのかと疑問に思ってはいたが。危惧でも不安でも何でも無く、それはほんの些細なもの。
(俺にとっては、)
「相も変わらずいい表情ね~」
にっこりと満面の笑みを向けられたひびな。
微笑の後、今暫く時間をくださいとその場で土下座をしたのであった。
ボケ:早熟、平凡