いよいよ、敵地へ侵入である
入浴については、驚きの一言だった。
どうやらシオンは泳げるらしく、そのためか、完成していた湯殿コーナーは、水深二メートルの深さがあった。
なんと、特にバスタブなど作らず、シオンは通路の突き当たりを直角に掘り下げることによって、天然の湯殿を作ってしまったのだ。
その水深だと、シオンも俺も背が届かないのだが、文句はない。
なにせ、一辺が十メートルもある、風呂という名のプールも同然なので、久しぶりに泳がせてもらった。
さすがに、小学生年齢といえども、裸の女の子がそばにいたのは落ち着かなかったが。
おまけに、シオンは男の裸なんか始めて見るらしく、隙あらば、俺のを引っ張ろうとするしな……それは面白がって引っ張るもんじゃないというのに。
それでも風呂を上がって食事を終え、一眠りして起きれば、いよいよ出発である。
とはいえ、俺達には専用の軍道も同然の、地下数十メートル近い深さの石通路がある。もはやダンジョンと呼称することにするが、このダンジョンのお陰で、二人とも私服での散歩気分で、新宿方面に向かうだけだ。
まさかの侵入者でもあれば、このダンジョンを作ったシオンがすぐに気付くらしいし、不意打ちを受ける心配もない。
これほど楽な奇襲も、ちょっとないだろう。
遠出する時は、俺と手を繋ぐ癖がついたシオンと二人でのんびり歩きつつ、俺は確認しておいた。なにせ、唯一の同志だ。
「第一目標はもちろん、ホムンクルスの製造法を入手することな。そして、第二目標は司令部に捕虜が捕まっていれば、脱走させてやることか。さて、同志シオン、他に目標があれば、今のうちにどうぞ」
「武器を入手するのはどう? 一つでもあれば、シオンが拠点作成のギフトで、パーツと同じように複製できちゃうと思うの。別に通路材料しか駄目なんて決まり、ないもの」
「おおっ」
俺は感動のあまり、思わず立ち止まった。
そうか、武器の外観とおおよその使用法がわかれば、通路パーツや風呂パーツと同じく、複製できちまうのな。
そういう応用が効くのって、これはちょっと儲け物かもしれない。
「ということはだ、仮にホムンクルスの現物を一人でも作れば、シオンの力でそっちも増産できちゃうことにならないか?」
「あっ……」
シオンは声を上げそうになったが、途中で首を傾げた。
「でも、生身の人は無理かも。だって、おにいちゃんの複製なんて、シオンにも無理だもん」
「そうかぁ。いやでも、俺の複製とか聞くと、やっぱいらねーと思うな、うん」
これ以上、人間社会の底辺を増産してもしょうがあるまい。
村瀬渉(むらせ わたる:本名)なんて悲運な奴は、俺一人でたくさんだな、うん。
「わかった。じゃあ、適当な最新武器を見つけたら、それも頂くと。あと、俺達の用が済んだ敵の司令部は、頂いたばかりの俺の炎スキルで、燃やしちまうか」
「それ、いいねえっ。テンバツだね、テンバツ」
「おうとも。侵略されて十七年だからな。そろそろ誰かが、連中にテンバツしなきゃ嘘だ」
「あははっ」
俺達はすっかり悪党になった気分で、にまにま笑った。
残酷だとか、可哀想だとかは、夢にも思わなかったな……連中がこれまでになにをしたか、考えれば。
ちなみに、逃げ出してからいろいろ実験した結果、俺が備えているのはPKだけじゃなく、透視も可能だとわかった。ただしこれは、あくまでも半径二十メートルやそこらの範囲でしか無理である。
試せば、他にも可能なことがあるかもしれない。
思いついた今がチャンスとばかりに、俺は早速、上機嫌で歩くシオンの頭を見つめ、『聞こえるか?』と呼びかけてみた。
もちろん、即席のテレパシーテストである。
あいにく、シオンの様子に変化はない……まあ、そうだろうな。
やはり、背負ってるリュックに入れてきた、近距離トランシーバーを使うしかないようだ。
「おにいちゃん、そろそろ司令部の真下にくるよ」
別にボードを広げなくてもシオンにはわかるらしく、教えてくれた。
俺達が襲う司令部は、地上の場所的には、地下鉄の新宿三丁目駅近くで、元は百貨店だった。見た目の重厚さが気に入ったのか、今やすっかり敵の司令部になっているが。
シオンの予告は正しく、なおしばらく歩くと、ダンジョンの突き当たりに至った。
突き当たりと言っても、なにもない真っ平らな壁ではなく、エレベーターケージがヘコんだ壁の奥に見える。ドアは必要ないので、付けなかったようだ。
「地下室のすぐ下まで、もう通路を伸ばしてあるのよ。後は石段を少しだけ上がって、最後に地下室の床と接続するだけ」
「よし、まずはエレベーターで、そこまで行こう。あとは俺が透視できるから、ざっと敵兵の分布状況を調べ、金庫とやらの所在も調べる。じゃあ、行くか」
「うんっ」
さすがに緊張してきた俺達は、小さなケージの中に入った。
いよいよ、敵地へ侵入である。




