作戦決行前に、ひとっ風呂
多少の危険を冒して外の銭湯へ行こうかと思ったが、これはシオンが尻込みした。
どうもこの子は、最近記憶を失ってからこっち、外の世界を怖がるようになってしまったらしい。
それに、俺以外の他人、全てを警戒しているようだ。
俺もその気持ちはわかる。
親が死んでからは都心から遠い地方で隠れ住み、ホームレス同然の暮らしをしていたが、運悪く兵士の集団に見つかり、捕まってしまった。
どこへ連れて行かれるのかと思ったら、実験のために魔獣の前に突き出される始末である。
シオンに出会えたのは幸運だったが、そうでなきゃ、せっかくギフトに目覚めても、怪我のせいで死んでたかもしれない。
だからというわけじゃないが、俺はシオンにはとことん甘い。
「わかった」
おごそかに頷き、俺は別の案を出してやった。
「それなら、テレビの専門の番組を見て、風呂ってのがどんなものか学習するといいよ」
俺は早速、外の事情を知るために持ち込んでおいた、テレビのスイッチを入れた。
帝国軍と、かの軍勢に協力的な上級日本人を達が主に見るのだが、今回ばかりは役に立ってくれた。
誰が見るんだ? と思うような数のチャンネルの中に、ちゃんと通販専門のチャンネルもあり、最新のバスタブやら給湯器やら風呂釜やらの説明を、24時間ぶっ続けでやっていたからだ。
シオンは始めて見る風呂にだいぶ感心したようで、熱心に見入っていた。
内部構造まで詳しく理解できずとも、各部システムの役割がわかれば、余裕でパーツ化可能らしいが、さてどうだろうな……なんて考えているうちに、俺は居眠りしてしまった。
目覚めたのは、おそらくその数時間後で、シオンが興奮した顔でソファーに寝転がった俺の身体を揺さぶっていた。
「おにいちゃん、おにいちゃんっ」
「お、おお……悪い、寝ちまってた。どうだ、理解できそうか?」
「ひとまず、完成したのよっ」
「マジかっ」
「ホントホント。こっち来て、見て見てぇ」
俺の手を引っ張り、連れ出そうとするシオンである。
地下通路へ向かう穴の方へ引っ張って行こうとするので、どうやら地下に作ったらしい。
俺はおっかなびっくり起き上がり、シオンに引かれるまま、ついていった。
「給湯器使うタイプの簡単なシステムでも、給気と排気は必要だぞ?」
「大丈夫、大丈夫よ。お風呂設置した隣に空間作って、そこから給気と排気の管を通してるもん。湧かす水は地下水で、給湯器の電源は、地下を通ってる都内向けの電線の束から抜いたのよ」
「おおっ。ていうか、それなら後であの拠点部屋にも頼む。今は発電機だけど、そっちより普通に電気が使える方がいい」
「わかったわっ」
元気よく返事してくれたけど、一抹の不安はある。
だけど俺はそれを悟られないように配慮して、逆に教えてやった。
「それならほら、タオルと着替え持っていかなきゃな。せっかく湯に浸かるんだから、着替えほしいだろ」
「あ、そうだねっ」
シオンも納得してニコニコ笑った。
……タオルと着替えは忘れてるのに、給気とか排気とか電源の接続とか、ホントにできたのか。そりゃ、ほとんどはシオン自身がやるんじゃなくて、ギフトの力なんだろうけど。
だが、俺はまだ、シオンのギフトをナメていたらしい。
タオルやら着替えやらの入浴一式を持って地下通路を歩いた先に、前は突き当たりだった場所に自動ドアがあり、そこが開くと、どっと湯気が流れてきた。
もちろん、湯殿らしき場所から伝わってくる、独特の熱気も。
「あ、肝心のお風呂場は、自然に空気が入れ替わる以外に特になにもしていないから、湯気がこもってたわ」
「いいよ、その程度なら。入れるものなら、入ろう。先にシオンが入ってから、俺が入るか」
わくわくしながら尋ねると、きょとんと見返された。
「どうして? いっしょに入れる広さだよ?」
「……風呂の中は、普通は裸って知ってる?」
「知ってるもん」
ニコニコしながら胸を張るシオンは、本当に頓着していないように見える。
なら、俺が気にするのもおかしな話か。
明日は作戦決行で、下手したら最後の風呂になるかもだしな……シオンがいいなら、いいや。
俺はシオンの頭を撫で、即席風呂へ向かって二人で歩いた。
……次がお風呂場シーンということはなく、そこは飛ばします。




