表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と姉ともう1羽。  作者: 芦谷虎太郎
第一章 始まり
1/2

姉ちゃんはいつだって幸せ。

 今日は厄日だ。いや、厄日とまでは言い過ぎか。ついてない日、くらいにしておこう。ビール缶片手に上機嫌に歌う姉と、その姉の歌声に合わせたように、行儀悪く机の上でリズムにのる1羽のアヒルを視界に入れながらそんなことを思った。アヒルが動くたびに机の上の何かしらが動く。姉が無造作に置いたつまみの袋や、皿や多種の缶。今さっき空いたビール缶を拾ったばかりだ。酒のつまみで用意した枝豆やピーナッツを、姉と一緒に食べるアヒル。お前、そんなもの食べて大丈夫なのか。塩分やらなんやらの関係で、人間の食べ物は動物には良くないと聞く。ペットの王道お犬様には、ネギやチョコレートは絶対にあげてはいけないんだとかなんとか。まあ、とうの本人が旨そうにしてるからいいか。

 

 「弟よ!飲んでるか!」


 普段のでかい声より一層でかい声で姉が叫ぶ。飲んでいたビール缶を振りながら「飲んでますよー」と適当に返した。お隣さんから苦情がこないか心配だ。姉はさして酒に弱いわけではないが、酒癖は悪い。無駄に絡むし怒鳴るしで、何度お隣さんから注意を受けたことか。いつか追い出されそうだな。その時は姉だけ追い出そう。僕は無実だ。


 「クェッ!」


 アヒルが叫ぶ。姉の歌への合いの手のつもりか。アヒルに視線をやればなんとも能天気な顔をしている。果てしなく途方にくれた。あー、頭が痛い。酒のせいではない。このどうしようもなく馬鹿騒ぎをしている姉とアヒルのせいだ。このアヒル、これからどうしようか。保健所に連れて行くか?しかし保健所ってアヒル引き取ってくれるのか。そもそもこのアヒルどこから来たんだ。どこぞの奴が飼っていたのだろうか。それとも動物園から逃げ出したのか。なんにしろ迷惑な話だな。ビール缶に口をつけて、今日はやっぱり厄日というほどの日なんじゃないかと思い直した。

 事はこの馬鹿騒ぎよりも7時間ほど前の話。今日は2週間ぶりの休みで買い物に行ったり、部屋の掃除をしたりとやりたいことは山ほどあった。前日には今日の計画を立てて、午前中には動き出そうと決めていたのだ。しかし僕が目覚めたのは午後1時。目覚ましをセットしていたにも関わらず気付かなかったのだ。よくある話だがちょっとした絶望感を味わった。全身に脱力感を纏い、布団から起き上がった。部屋に充満する空気は冷たく、身震いを起こした。近くにあったカーディガンを羽織りカーテンを開けた。陽の光が目に刺さる。外は思わず出かけたくなるほどの文句なしの天気だった。今からでも遅くはない、買い物だけでも行こうかと、そんな気にさせてくれた。寝るまえに机の上に置いたはずの眼鏡を探す。置き場を決めていないものだから朝はいつも苦労する。やっと見つけ出して眼鏡をかけると、ぼやけていた世界が輪郭を持ち始めた。改めて窓の外を眺め、空を見た。今日は本当にいい天気だな。

 

 「さむっ」


 身震いに襲われて思わず声が出た。昼時といえどやはり冬はいつの時間も寒いものだな。自分の肩を抱いて部屋を出ると、リビングにはすでに姉がいた。僕より早く起きているなんて珍しい。いや、今日は僕が遅すぎたのか?そう思うと、昨日からいろいろ意気込んでいた身からするとやはり落ち込むものがある。

 僕は姉と2人暮らしだ。4つ上のこの姉は、今年の春先にいきなりやってきて住み着いたのだった。家が見つかったら出ていくからと言うわりには、家を探している雰囲気は一切感じられなかった。幸い2DKの部屋を借りていたおかげで、少々きつかった家賃は割り勘に出来たわけだし、特に不憫な思いはしていないがこの歳で姉と2人暮らというのはどうなのだろうと、ふと考えるときはある。僕は今年で21歳になった。大学ではすでに就活という恐怖が迫ってきていた。来年の今頃は就活を終え卒論に勤しんでいなくてはいけないかと思うと、出来る気がしなかった。就活にも卒論にも追われている未来が容易に想像できた。姉は今年で26歳。結婚のけの字も彼氏のかの字もない姉には、もうなにも言わないし期待もしていない。だいだい休みだからといってこうしてスウェットの上に半纏を羽織ってこたつで茶をすすっている女はどうなんだ。化粧もしてないから眉毛は薄いし、髪もぼさぼさだった。世の女性というものは、外と内とではこうも違うものなのか。まあ、それは全然かまわないないのだが、ちょっとはオシャレでもして出かけなさいよ。おめかしして出かけるお姉ちゃんが僕はみたいなー、なんて。


 「あ、悠太おはよう!お茶飲む?」

 

 ぼんやりと茶をすすっていた姉が、部屋に冷たい空気が混ざったことに気付いたのか僕と目を合わす。こたつと半纏にくるまれて幸せそうな姉を見て、姉の結婚とか世の女性のどうたらとかもうどうでもよくなった。とりあえず僕もその幸せにいれてくれ。昆布茶がいいと言った僕に、今は緑茶しかないですと言ってこたつに用意されていた緑茶を淹れてくれた。買い物とか部屋掃除とか、天気がいいとかもうそんなことはどうでもよくて、今日はずっとここにいたいと思ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ