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ようせいのころしかた

 次の日、海賊船たちは整然と陣列を組み、夢の孤島ネバーランドの沖合いに整列した。

 対峙する島に動きはなく、ただ―――


「あれは……」


 その浜の前の水面に、巨大な投石器が設置されていた。

 ウェンディは目を疑った。あんな物、以前見たときは影も形もなかった。たった二日。それだけ目を離した隙にあれほどの物を築くことができるのか。


「―――ほう。あれは親父が造った攻城兵器じゃなかったか?」


 眼帯を外したクレイドが傍らの老人に尋ねる。老人は望遠鏡を片手に驚きの声をあげた。


「まさしく。脚の部分の落書きに見覚えがあるのう。……左様、あれが先代の落書きな訳じゃが、見えるかの?」


 どれだどれだ、と群がる海賊たち。子供か。


「……だがおかしいな。じいさんの話じゃ、ああいうかさばるもんは帰る時に全部海に沈めたんじゃなかったか?」


 訝しげに船長が呟く。それに老人は呵々と笑って答えた。


「なに。ここは剣と魔法の支配するネバーランドじゃ。夢と現は容易く流転し、悪夢は形を伴い人を襲う。この魔境において、たかだか木製の機械の再現など、彼奴らには容易かろう」

「厄介だな。……おまけにあの投石器、砲手がいない上に予備の砲弾が見えない。まさか勝手に動いて勝手に補充なんてことはないよな?」

「さて、どうじゃろうな。―――少なくとも、本体を一から作るにはそれなりに時間がかかろう。そうでなければこの戦いがここまで長引くこともあるまいて」


 それもそうか、と海賊が眼を細める。瞼の動きに合わせて音を立てる義眼は、やはり気味が悪かった。


「……よし。大体掴めたか。―――スミス。合図を出せ。これから戦闘を開始する」


 号令が鳴る。甲板で旗手が手旗を振り始めた。海賊船団は直列に鱗行し、ネバーランドに迫る。


 ……どうして、自分はここにいるのだろう。


 ウェンディは複雑な心境で動き回る男たちを眺めていた。

 逃げたいなら海に飛び込めばいい。さほど水泳が得意なわけではないが、ここからなら島に辿り着けるだろうし、きっと途中でピーターに空から拾ってもらえるだろう。

 少年の味方をしたいなら、ここで出来る事はいくらでもあるだろう。彼らはこちらをまったく警戒していない。その気になれば、船に小さな穴を開ける事くらいは出来ると思う。

 それをしないのは―――



 ―――もし君に、残した両親を想う心があるなら―――

 


 軽く、目眩がした。

 きっと、これが決戦になるのだろう。



   ◆



 投石器が動いた。相変わらず砲手は不在のまま、魔法がかった動きで砲弾を投げ上げる。

 砲弾はすぐ近くの海面に激突し、派手な水柱を立てた。

 ぐらりと船が振動し、ウェンディが思わず尻餅をつく中、船長や船医は平然と甲板に突っ立っていた。


「なかなかに腕が良いな」

「ああ。だがこれはただの測量射だ。次は分からんぞ」


 戦列に乱れはない。大時代的な投石器など、彼らに脅威を覚えさせるにはまるで足りない。

 船団は反撃もせず静かに海を泳いでいる。本船を除き、随行船には側面にしか大砲がなく、前方の相手に砲撃を浴びせられないからだ。


「……やはり魔法か。あの投石器、いつの間にか次弾を装填してやがる」


 忌々しげにクレイドがつぶやいた。投石器はじりじりと腕をたわませる。


「主砲用意。仰角四十七度。方位二十二度」

「あいあいさー」


 砲手がハンドルを回し、主砲が投石器の方角へ狙いを定めた。


「まだ撃つな。……訂正。更に上に三度、左に六度」


 細かい指示を出す。義眼は遥か先の投石器を見据え、タイミングを計っている。

 あちらが他の用意はとうに済み、今にも撃とうとしている。


 一秒。クレイドは腕を上げたまま微動だにしない。

 二秒。砲手の額に汗が浮かんだ。

 三秒。まだ撃たないのか。投石器は微調整を終え、もはや船に狙いを定めている。

 四秒。一瞬が一時間にも感じられる。投石器がぴくりと動き、


「今だ。撃て!」


 腕が振り下ろされる。砲手の手が動き、大砲が発射された。

 投石器がうなりを上げる。全長ならば海賊船を上回る腕を振り上げ、巨岩を投擲した。岩の目指す先は遥か前方。大勢の男たちが乗る船を粉砕せんと風を切って飛来し、


「――――――ハ」


 本船が撃ちあげた砲弾に当たり、粉々に砕け散った。

 信じられない思いで見上げる。間違いない。あの一撃は相殺を狙ったものだ。この波に揺れる船の上で、あの男は砲弾で巨岩を狙撃できるよう完全に敵の照準を見抜いていた。

 それがあの義眼の力なのかどうかは分からないが、少なくとも、この男にあの巨大な投石器は意味をなさない。


「……この調子で迎撃を続ける。―――スミス!」

「イエッサー」

「あの投石器を潰す。スネアと共に一号から十号を使って突貫。先頭を走れ。お前は一から五号までで右、スネアは六から十号までで左だ。撃ち尽くしたら乗員を最後の船に乗せて撤退しろ」

「イエッサー!」


 中年男が若い男と共に走り去った。ロープを使って他の船に渡り、十五隻の随行船のうち十隻が隊列から離れる。


「―――ブレッド」

「ああ?」

「十五号で乗員の救助にあたってくれ。病人と整備員、あと、ダーリング君を隔離する」

「…………。おやさしいねえ、海賊貴族様は」


 へん、と船医は皮肉げに口端を吊り上げた。


「お前も見ただろ? あの娘はとっくに魅入られている。救うだけの価値があるか?」

「そんなものは関係ない。あれはただの子供だ。目の前の道が見えていないだけだよ」

「詩人ぶるな、馬鹿」


 軽く毒づくと、船医はウェンディに振り返って言った。


「聞いたろ? ここは危ないから他の船に乗るぞ」


 少女の腕を掴み、船を移るブレッドは、一度だけ船首を一瞥した。


「……死ぬなよ」

「誰に向かって言ってる」


 風に流れる声は、心底愉しげだった。

 



 第二波。

 どうやら投石器は本船ではなく島へ向かう随行船に狙いを定めたらしい。

 だがもう遅い。この距離ならどこに巨岩が降ろうと本船の砲弾を合わせられる。被害は最小限に抑えられるだろう。

 クレイドは砲手に指示を出し、これも容易く相殺して見せた。


 ―――本来なら、この主砲であの投石器を破壊することは容易かった。


 随行船が動いた。

 それまで鱗行陣をとっていた船団が、二手に分かれ90度横に舵を切ったのだ。

 側面が島に向く。それまでなすがままに攻撃にさらされていた船団の火力が、今度こそ石器時代の敵に牙をむく。

 横一列に並んだ随行船が側面の大砲を投石器に向けて撃ち込み始めた。

 容赦ない砲撃。絨毯爆撃じみたそれは水柱で目標を覆い、ついには木製の戦車に命中する。


 ―――こんな余分な砲撃は要らない。たかだか一機の機械相手にやる攻撃ではない。


 水柱が落ちる。煙る霧が晴れていくとそこには、



 ―――リリリリリ、と。待ち焦がれた音が聞こえる。まるで、ブリキの鈴のような。



 微動だにしない、四機もの投石器の威容があった。

 姿形。脚の落書きまで破壊した先の一台と全く同じ。それがまるで砲撃を浴びる何年も前からあったかのような錯覚すら覚える。後方で男たちがうろたえる気配がした。


 これが、どうやら『彼女』のやり方らしい。


「……イマージュ。それが絶えぬ限り彼らに滅びはなく。否定は即ち死に繋がり、夢は流転し現に還る。……大した手品だ」


 銃を引き抜く。中折れ式大口径の単発拳銃。連射性はないが、精度、威力、そして発砲音は随一だといえる。空に向けてぶっ放した。

 雑音が消えた。この時、船の男たちの注目は彼らの船長に向けられる。


「……喚くな。目標は目の前だぞ、諸君。そして海は俺たちの独壇場だ。

 ―――気張れ。俺たちには、帰りを待つ人達がいるだろう」


 随行船が二回目の回頭を見せた。今度は島に向かって、海の全方面から包むように投石器に迫る。

 ……ありえない事態だ。随行船の船首に大砲はなく、正面を敵に向けることは自殺行為に等しい。投石器の餌食になりに行くようなものだ。

 投石器が岩を投げ上げた。的は四つ。撃墜できるのは一つだけ。残る三つには手が出せない。健在な石弾のうち一つは外れたが、二つはそれぞれ島を目指す随行船に命中した。


 マストが折れ、船体に大穴があく。クレイドの義眼は、瓦礫に押し潰された船員の顔まで、鮮明に観測していた。

 しかし船は止まらない。潰れかけた味方を一顧だにせず、投石器の目前まで迫ると、



 一斉に、その体から火を噴き上げた。



 比喩ではない。誤爆でもない。文字通り、彼らは投石器に近づいた時、随行船に満載した可燃物に火をつけ、自分達は船を捨てて海に飛び込んだのだ。

 火薬に引火したのか、船が勢いよく爆発しながら敵に向かっていく。


 火船。……確かに、船に火をつけ敵軍に突入させる戦法は以前から取られてきた。しかしそれに、数百トン級の船を、それも十隻以上も用いるなど他にも例を見ない。


 これが、クレイドたちの用いる秘策。かつて海賊貴族が、無敵と呼ばれた艦隊を撃滅した戦術だった。

 ただでさえ木製の投石器が、爆発し続ける同規模の船に突進されたのだ。結果など推し量るに余りある。


 スミスが己の船を駆る。沈みゆく船から脱出し、水面に浮かんでいる海賊たちに浮き輪を投げていく。

 その様子を眺めながら、クレイドは右腕から手首を外した。


 ―――投石器を破壊するためだけに、火船は要らない。木製とはいえ、これは本来船を相手取る戦法だ。こんな過大な破壊は、それこそ非効率な代物だ。


 戦場は紅蓮の炎を巻き上げている。油が大量に流れたのか、海面さえも燃えているようだった。まさにこの世の煉獄。そう、もはやあそこに、生き物が居座る隙間はない。


 ―――ブリキの鈴が鳴っている。まるで、悲鳴を上げるように。


 肘の関節が固定される。肩から手首までの銃身を確保するためだ。義手に内蔵された電磁砲。仕込まれた一発の鉄の弾が十全に威力を発揮するためには、少しでも銃身を長くする必要がある。

 義眼は遥か、紅蓮の火の海を走査している。生身とは異なる視点を持つ機械仕掛けの眼は、


「そこか……!」


 炎とは明らかに異なる軌道を描く、小さな熱源を発見した。

 腕を上げる。義眼が提示する距離や角度、その他諸々の数値を元に狙いを定める。


 ―――このために、彼は十隻以上の随行船を伴って来た。

 一度投石器を破壊して見せたのは、それを修復するであろう彼女の存在を確認するためだ。

 火船を用いたのはこの海を火の海にするため。そうすれば彼女は慌てて火から逃れる。物陰に潜まれていては他の生き物と区別ができない。だが、こうして一度空に誘き出せれば識別は容易い……!


 ―――ブリキの音が止まる。戸惑った様子だ。こちらの姿に気づいたか。


「……ティンカーベル。ピーター・パンを育んだ悪精よ。貴様の誑かした少年はもう戻れない。妖精を断ずる法はないが、罪の所在は明らかだ。

 ―――ならその罪は、外法のものが裁くだろう」


 右腕が軋む。その機構が甲高い回転音を上げ、いくつもの紫電が腕を走った。

 ちらつく火花を意にも介さず、クレイドは皮肉げに呟いた。


「妖精なんているものか」


 ブリキの鈴の音を、轟音がかき消した。


 鉄塊は磁力によって発射され、容易に音速を超え飛翔する。発生した衝撃波は海面の炎を吹き飛ばし、一時の平穏な海を取り戻した。

 そして、弾が音より高速である以上、標的に砲弾を知覚する術などなく、


『――――――――――!?』


 ―――ティンカーベルは、そこに、撒き散らした妖精の粉を残して消え失せた。

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