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 私は、ただ読書が好きだった。教室の休み時間がどれだけ盛り上がろうと、例え大半が体育館に行こうと、私は本を読み続けていた。

 友だちがいらないなんてことを思ったことはない。大勢で騒ぐより、本を読んでその世界に入り込み、想像の世界に浸かるほうが好きだっただけだ。

 誰にも迷惑はかけていないし、共通の趣味を持った友人もいた。友人たちと話しているときは、とても楽しかった。教室で騒いでいるアホな連中とは、正直なところ格というものが違うとさえ感じていた。

 本、つまり文化の話で盛り上がる高尚な我々。対してあいつらのものは、中身の無いクラスメイトいじりと下ネタの類で構成された雑音、いや、騒音。低俗そのものだ。

 ところが、”学校”という空間では、頭数と声の大きさがモノを言う世界だ。

 私のような文化を愛する人間はどうやら少ないらしく、あまりこういう言い方はしたくないが、いわゆる『力』は圧倒的に奴らの方が強かった。

 以下より便宜上、前者を私達、後者を奴らと呼ぶこととする。

 本来、私達と奴らに上下は無い。人間それぞれ、違う趣味を持っているものだ。それ自体には全く問題がない。ただし、時と場合というものが大切なのだ。

 学校というのは、勉強する場所である。もちろん友人を作ったり先生に何か相談事をしたりと、社会性を育むことも大切であることは理解している。だが、第一目標が勉強である以上、それを邪魔することは何人たりとも許されないというのが正しいはずだろう。

 だが、奴らはそれを許したりしない。

 私が読書をしている間も、教室には勉強している人たちがいる。小テストの前、あるいは宿題の提出前。彼らはその場においては勉強していない私よりも偉く、ましてや奴らとは比べ物にならないほど貴い存在のはずだ。

 奴らは、自分のことしか考えない。自分たちが楽しければそれでいいと言わんばかりに叫び、走り、机にぶつかり、これでもかと騒音を撒き散らす。


 自分で言うのも何だが、私は容姿が良いほうだった。いつも本を読んでいることもあってミステリアスな雰囲気とやらを醸し出していたのか、男子たちにはそこそこの人気があったようだ。

 裏を返せば、女子からは非常に嫌われていたということだ。私もそういう女子たちが大嫌いだったから、ロクに話さなかった。それがまた気に入らないのか、奴らはますます私を嫌い、ついに露骨に行動を起こすようになった。

 最初はイタズラ程度から。徐々に酷い、あるいは幼稚なものに。いわゆるいじめだ。頭が弱いことを全面に押し出してくるタイプの人間たちであり、それはあまりに惨めだった。

 なにせ、対象になっている私が全くダメージを受けていないのだ。当然である。あなたは、蚊に刺された時に本気で怒るだろうか。ほとんどないだろう。それと同じである。

 私は奴らを同格とは思っていなかったし、そもそもやってくることが低レベルすぎて、私の精神を削るには到底足りるとは思えなかった。

 真に私の精神を削ってきたのは、それがずっと続いたという事実だ。

 私の心が折れたという意味ではない。続いているのに、誰もそれを止めない。一般的に社会では『悪』とされている行為のはずなのに、放置して、見て見ぬふりをして、問題を先送りにして。いや、そもそも問題としている人が居なかったのかもしれない。奴らから見れば、私達は何故か下級の存在なのだ。

 一度しか無い青春を謳歌していないとかできていないとかなんとか。一方向からしか物事を見られない、馬鹿丸出しの考えである。価値観は人それぞれということすら分かっていない。

 私はこれから、こんな理不尽な世界で生きていくのか。学校は社会の縮図だ、と誰かが言っていた気がする。ならば、これはこの先もずっと続くのだろう。

 卒業しても、進学しても、就職しても、退職しても、生きている以上必ず理不尽がつきまとう、そういうことなのだ。


 私は、この世界が大嫌いになった。


 念入りに準備して、私にいじめ――のつもりなんだろうな――を仕掛けていた奴らの一人に、復讐を実行してみた。もちろん、私が犯人であるという証拠など残しはしない。詳しい言及は避けておくが、それはもう面白いくらいに簡単に、彼女の精神、人間関係、そして青春(笑)は崩壊した。

 傑作だったのは、とある朝のSHRで『残念なお知らせ』として彼女の自殺が発表されたことだ。あれだけ青春(笑)を謳歌していらっしゃって、教室は、いや学校は私の居場所よというオーラを全開にしていたあいつが、こんなに呆気無く消えたのだ。

 学年集会も開かれたし、学校集会も開かれた。教室ではすすり泣く声が絶えなかった。私は口角が上がるのをぐっと堪え、時々漏れかける押し殺した笑い声を嗚咽に見せかける演技に集中した。

 結果的にとは言え、彼女を自殺に追い込んだのは他でもないこの私だ。一般的な倫理から見て、私が悪者であることはまず間違いない。

 しかし、私に裁きが下る気配など無かった。誰にも何も言われず。ただ、無理に雰囲気を明るくしようと、そして自分たちの青春だけでも謳歌しようとするクラスメイト達によって、その出来事が風化していっただけだった。

 悪いことをしても、裁きが下らない。やっぱり、世界は間違っている。


 私は、この世界を見限った。

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