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06

 いつもより、気温が低く感じた。驚き、恐怖、あるいは狼狽。上手く言い表せない感情で、自分の身体が震えている。

 幻覚かと一度は思ったその少女の影は、普段通り、今までと同じように俺の横を歩いている。結局こいつが何者なのか、自分はどうしてしまったのか、ひたすら考えてはまとまらず別のことに思考を移す。随分それを繰り返した気がしたが、はっと気づいた時にはまだ歩き始めて少ししか経っていなかった。

「・・・それで、お前は何なんだよ」

 やっとの思いで声を絞り出す。身体と同じように震えていた。

 そんな俺とは裏腹に、彼女は至って普通です、何もありませんよという風に微笑を浮かべる。

「さっきバレちゃったって言ったじゃん。正解だよ。私は幽霊」

「幽・・・霊・・・?なんで・・・」

「まあ、細かい自分語りをするつもりはないよ。くだらない話、ぶっちゃけ不幸自慢みたいなのなんて聞いても面白く無いでしょ」

 人に重い話をしたら引かれる。それは俺がよく知っていることだ。そういえば最初の俺は、こいつに不幸自慢をしてストレス解消しようとしていたんだった。いつの間にか、すっかりそんなことも忘れていた。

 不幸自慢を聞かせたい、聞かせても問題ない相手だとは思えなくなっていたし、自慢するような不幸そのものが気にならなくなっていたから。

「君と同じような境遇にあったんだ、私は。それで、まあ色々あって死んだ。それだけ」

「事故・・・とか病気とか・・・かな。まさか殺されたりはしてない・・・よね?」

 ただ、この少女がかつて実在して、そして死んだという事実があるなら、少なくとも俺の頭がおかしくなって幻覚を見ていたということは否定できる。それだけが救いだった。

「殺された・・・うーん・・・当たらずとも、遠からずかな・・・?」

 煮え切らない態度だ。自分語りをするつもりはない、という奴なんだろう。話したくないというなら、これ以上は聞かない。

 聞いても、もうどうにもならないから。

 それからまたお互いに無言になってしまい、沈黙の時間が続く。

 おもむろに、彼女は口を開いた。

「あ、先輩からのアドバイスだよ。自殺は、やめたほうがいい」

「は?」

 よく聞いてね、と前置きをして、彼女は語り出した。俺はその言葉に、耳を傾ける。一言一句聞き逃すまいと。この言葉が、俺が聞ける最後の彼女の声になるんじゃないかなんて、そんな嫌な直感を胸に秘めながら。


「例えば君が、あの教室に絶望して自殺したとする。今の状況じゃしないだろうけど、高校生活はまだ始まったばかりだ、これからどんな転機があるかわからない。どんなに悪化していくかわからない。まあとにかく自殺してしまったとしよう。死んだら天国に行けるよ。私が言うんだから間違いない。この目で見てきた。問題は、『天国はあるけど地獄はない』ってことなんだ、残念ながら。君はどうあっても天国に行く。よかったね、救われるね、とかそういうことじゃない。君だけじゃなくて、他の人間たちも、なんなら動物たちも、植物だって、みーんな天国に行く。するとどうなるか。今のこの世界が、ただ天国にそっくりそのまま移動したようなもんだよ。しかも永久にそれは続く。決して最高の場所なんかじゃないんだ。いい人は死んだあともずっといい人かもしれないけど、不良も、チンピラも、刺青が入った人も、薬をキメすぎて死んだ人も、誰かに恨みを買って殺された人も、死刑台に送られた人も、全員がその『天国』にいる。なんなら、その人たちが世界から退場してくれない分、こちらの世界のほうが救いが有るとまで言えるかもしれない。現実からの逃げとして、『死』は全く有効ではない。むしろ逆効果だ」


 語り終えるときの彼女は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。終わりの方なんて、怒りの感情が見えた。

 俺が怪訝そうに見ていたのに気づいたのか、先ほどの微笑を再び貼り付け、「だから、自殺はダメだよ」なんて付け足してきた。

「・・・わかったよ」

 そう返すのがやっとだった。そうとしか、返せなかった。

 しかし、自殺というワードは最近どこかで聞いた。確かあれは。

「なあ、あんたもしかしてうちの学校で一年前に自殺した生徒ってやつか?」

 思いついて、聞いてしまった。

 超嫌そうな顔をして、彼女は低いトーンの声でこう言う。

「あのね。そいつなんかと一緒にしないで。そんな・・・」

 突然言葉を切られた。何か言いづらいことがあるのだろうか。今更そんなことが?

 まあ、言いたくないなら聞くまい。今までもそうしてきた。

「そろそろ学校だね」

「ああ・・・」

 いつもと同じその言葉が、頭のなかで「そろそろお別れだね」に変換されてしまう。彼女自身は明言していないが、雰囲気から察するに、これが最後の会話であることは多分正しい。

「もう一つだけ、アドバイス。趣味の合う奴ってのは、君の教室にも絶対いるよ」

「いやあんな中には絶対いないだろ・・・」

 騒ぐのが趣味の奴らが本を読んでいる姿なんて、とても想像できない。うちのクラスは、俺にとって最初から絶望で満ち溢れているのだ。

「いや、いるよ。いるんだよ、どんなところにも。趣味が合う人は、必ず一人はいる。なぜかはわからないけど。私の経験則」

 そういって彼女は、そこに理論も説得力もないからだろうか、少しはにかんだように笑った。

 だけど、その最後の言葉は、俺の心にずっと残っていくような気がした。

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