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05

「あぁ・・・降ったか・・・」

 雪が少ないこの街でもついに降り始め、道路にはうっすらと真っ白な雪が積もっていた。もっとも、この程度では『積もった』とは言えないのが道民だが。雪かきが必要になってからが本番。

「・・・寒い」

 外に出ると、その寒さに身震いしてしまう。マフラーだけでは心もとなく感じ、手袋を履いた。ただし5本の指は伸ばさず、手袋に握りこぶしを突っ込むという俺流。気温が下がって冷たい風が吹くようになると、指先がどんどん冷える。そんな中で俺が過ごしてきて編み出した知恵だ。

 両手の先で、手袋の指の部分がへろへろと頼りなく揺れる。知らない人が見たら指を詰めたように見えるかもしれない。まあ、ポケットに入れて歩くから誰にも見えないけど。

 そういえば、手袋を『履く』ってのは北海道民だけとどこかで聞いたな。嘘だろ流石に。じゃあなんて言えばいいんだ。手袋は履くものだと、大昔から決まってる。

 誰の足跡もない雪の上を歩く。滑って転ばないように前に出す足に体重をのせる、雪国歩き。まるでペンギンみたいだ、なんてどうでもいいことを考えながら、俺は白に染まる息を吐いた。



 数カ月ぶりの雪景色を眺めて懐かしみながら歩いていると、いつもの場所にやってきた。彼女との合流地点。正確に決まっているわけではないので、『合流することがある範囲に入った』というほうが適切か。

 なんだかんだ言って、いつの間にか奴とは友人と呼べるものになっていた。友人の定義は分からないが、多分そうだと思えばそれが友人だろう。いじめと思ったらいじめ、みたいな。

 ―――背後に気配。今日も来たな。いつも通りだ。

 俺は十分に相手が近づくのを引きつけて、ギリギリのところで振り向いた。

「よう」

「あー、今日もバレちゃったー」

 そこで、先日のことを思い出す。こいつ今度は白刃取りがどうのとか言ってたぞ。お手並み拝見といこうか。

 俺は手刀を構え、彼女の頭上に振り下ろす。全く、音もなく背後に忍び寄ってくるだなんて、


「お前は幽霊かっつーの」


 すかっ、と。

 俺の手は彼女が構えた両手の間をすり抜けて。

 そのまま、彼女の脳天から顎まですり抜けて。

 お互いにぽかんと口を開けた状態で、俺の肘は勢いのまま伸びきってしまった。

 自分の目がおかしくなったのかと思った。手が人間をすり抜けたことは理性が決して受け入れず、距離感を掴む器官を必至に疑った。

「あれ・・・・・・?」

 白刃取りの間抜けなポーズのままいる彼女の前で、俺は慌てて目をこすった。我ながら漫画の読みすぎなアクションだとは思うが、こうでもしないと手が膝と一緒に震えているのが相手に見えてしまいそうだ。

 もう一度肘を曲げ、今度は彼女の顎のほうから俺の手が近づく。しかし、その細い首筋の感触は伝わってこず、俺の手は再び彼女の頭上へと戻ってしまった。

 状況をなんとか理解しようと、脳が勝手に理性と理屈とを総動員して考え始める。

 なんだこれ。何が起きた。俺は今まで幻を見ていたとか。だが、この前は確かに触れることが出来た。触覚までイカれてしまうほどに俺は精神を病んでいたのか。なぜ。教室で孤立したからか。高校生活が思ったものと違ったからか。しかし、俺の幻覚なら俺が知らない本が会話に登場するはずがない。それとも。いや、しかし。もしかしたら・・・。

 考えは全くまとまらず、視線はどんどん足元へと吸い込まれていた。

「・・・なぁ」

 そう呟きながら、やっとの思いで頭を上げ、彼女の姿を視界に入れる。

 楽しかったあの会話が全部自分の脳内で作られたものだとは、とても思えなかった。

 思いたくなかった。

 思ってしまったら、頭がおかしくなったことを自覚して精神がますますひどいことになる、ということまで、無駄にリアルに想像できてしまったから。

 俺と目があった彼女は、今までのあざといくらい明るい笑顔とはまるで別人のような、薄い微小を浮かべた。最初に感じた儚さを、再びその身に宿していた。

 そして彼女は、落ち着き払ったような、大人びたような、あるいは何かを諦めたような口調で、そっと言った。

「バレちゃった」

 俺の正面に立つ少女はいつも通りの白いコートを着ていた。そのせいで、後ろの真っ白な道路が透けているのが今までわからなかった。

 微かに透けて見えるその雪景色に、足跡は一人分しか無かった。俺のものだ。彼女の足跡は見当たらなかった。

「え・・・?」

 困惑して何も言えずに立ち尽くす俺に、いつもと同じ調子に戻った彼女はこう言った。

「さて、行こっか。遅れちゃうよ!」

「行く・・・ってどこに・・・」

「学校に決まってるじゃん。行かないつもり?置いてくよ?」

 何事も無かったかのように、彼女は歩き始めてしまった。

 俺は思考を保留にして、重い足取りながらもついて行くことしかできなかった。

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