04
それからも、俺たちは毎朝話しながら学校へ行った。最初は怪しいとしか思わなかった少女だが、俺はいつの間にか良き話し相手として、愚痴をこぼすだけじゃなく普通に雑談するようになっていた。
ちなみにイタズラに関しては、俺が先に気づいたり、何も気づかず食らったり。警戒全開は楽しくないので、あえてやらなかった。その日によって勝っただの負けただの、どうでもいいことを言い合うのも、楽しかった。
彼女は本が好きで、いろんな小説を読んでいるようだ。誰もがタイトルを知っているような文学から、以前映画化して話題になったもの、あるいは深夜アニメになるようなライトノベルまで。俺も活字に慣れてきてペースが上がり、紹介されたものをどんどん読んでいった。
一方であまり漫画には興味が無いらしく、いくつか勧めてみてもあまり興味を持ってもらえなかった。まあ、好みというものは人それぞれだし、俺もそこまで強くは推さなかった。どちらにせよ、共通の話題があり、それについて話しているのが、純粋に楽しかった。
趣味、つまり読書の話は結構したと思うが、彼女自身のことを俺はよく知らないままだ。外見以外の特徴といえば、自分が好きなものについては熱く語ること、そして無駄に器用であるということくらいか。彼女は俺と話すとき、いつも俺の正面にいる。そのまま後ろ向きに歩きながら話すのだ。
何度か転ぶぞ、と忠告したが、大丈夫だと言って聞かない。最も、転びそうになったことすら一度も無いのだから本当に自信があるのだろう。
こうして、未だに名前も、ましてや住所や連絡先もお互いに知らないままの俺たちは、ただただ毎日楽しく話していた。それ以上でもそれ以下でもなく、趣味で繋がった友人。
俺にとってそれはとても気が楽だった。自分と話してくれることに関して、裏を読まなくていい。ドッキリなんじゃないかとか、誰かが陰から見て俺の反応を楽しんでるんじゃないかとか、そういう自意識過剰なことを考えなくてよかった。相手もその趣味を持っていて会話を楽しんでいる、と感じられるから。
いつの間にか、『登校』それ自体が楽しいという状態になっていた。学校についてしまえば、楽しい時間は終わり。つまらない時間を淡々と過ごす。
ただ、一日の始まりに楽しい出来事があるということに、俺は明らかに救われていた。少女に感謝していた。彼女が居なかったら今頃はもっと鬱を加速させ、何を考えているかわからないどころか周囲への敵意が逆にわかりやすくなってしまっていたかもしれない。
そんなことを考えながら、今日も家を出る。あいつとの合流地点まで、あと―――
ある日、俺は前日の夜に読んだ漫画が面白くて、そのことばかりを考えて歩いていた。早く続きが読みたい、次は誰を暗殺するんだろう、あの意味ありげなキャラの過去が知りたい、主人公もヒロインも好みだ、作者の他の漫画でも探してみようかなどなど。
おかげで、奴に思い切り不意打ちを食らった。
「えい」
頭頂部に軽い衝撃。完全に予想外で、びくっと身体が跳ねる。「うわっ」と声を上げながら振り返ると、やはり彼女がいた。超いい笑顔。その手は刀のように構えられている。
「やったー」
その時、俺は漫画のせいでテンションが上がったままだった。そのせいだろうか、思わずというか考えるより先に体が動くというか、柄でもない行動をとってしまった。
「お前は暗殺者かっつーの」
そう言いながら、俺は彼女にチョップし返す。
・・・やってから我に返り、気づく。あー恥ずかしい。何をしているんだ俺は。漫画の読み過ぎ全開じゃないか。もっとクールな感じ――暗いとも言われる――を気取って生きてきただけに、これは無い。うわー自分でドン引きだー・・・。
恐る恐る彼女に意識を戻すと、彼女は少し驚いたような顔をしていた。そして、さっきとはまた違う、少し恥ずかしそうな、しかし満面の笑みを浮かべた。
その仕草に、俺の心臓が跳ねる。
「次は白刃取りするんだから!」
「あ、ああ・・・頑張ってね・・・」
そう宣言してくる少女に、微妙な返事しか出来なかった。ドキリとしてしまった自分が恥ずかしかった。クールはどこへ行ったんだ、俺。
・・・明日も、やってみようかな。