02
翌日。俺は、今日も今日とて数えきれない溜息をつきながら歩いていた。吐き出した息が、薄く白に染まりながら拡散する。だいぶ気温も下がってきたようだ。
入学から数ヶ月、さすがに通学路には慣れた。この道が一番静かで歩きやすいことも把握した。
ちなみに教室には慣れてない。慣れる気配も無い。
「昨日の奴、何だったんだ・・・」
俺は昨日の不審者を思い出していた。突然知らない人に話しかけられたのだ。世間で言う”不審者”の印象は中年のオッサンとかかも知れないが、今思えばあの少女も充分すぎるほど不審だ。
何が「また明日」だよ・・・と思っていたら、左肩をトントン叩かれた。反射的に振り向く。
・・・細い人差し指が、俺の左頬に刺さった。
「あはは、引っかかったー」
「は?」
頬に指があるから微妙に喋りづらい。くぐもった感じの声になってしまった。
「間抜けな声ー」
「・・・」
俺は少女をスルーしてふいと正面を向き、再び歩き始める。あー今日も学校めんどくさ
「ちょっとー無視しないでー!」
「なんだようるさいな」
無視を続けるとますます騒ぐことが予想できたので、仕方なく反応する。少女は屈託ない笑顔で「イタズラ成功!」なんて嬉しそうにしていらっしゃる。なんて幸せそうなやつなんだ。悩みとか無いんだろうな・・・とか考えていると、少女は不思議そうな顔をした。
「何?」
「いや、こっちの台詞だから。何なんですか」
「学校行くときお話しようって言ったじゃん!」
あれ本気だったのか。ウェーイ系にありがち(俺調べ)な、適当に「やるべ!」とか言って結局やらないパターンのやつだと思ってた。
「さて」
俺は一つ咳払いをして、愚痴る姿勢に入る。あっちから話しかけてきたのだ、愚痴に付き合ってもらおうじゃないか。文句は言わせない。文句言うくらいならどっか行け。
「なんで皆ああやって騒ぐのが好きなんだろうな。俺はああいうの苦手だし嫌いだから、学校で話せる奴が居なくてヒマでヒマでしょうがねえ」
「ああ・・・友だち居ないんだっけ・・・」
彼女は、とっても可哀想なものを見る目をこちらに向ける。
「いや、俺も好きでこうなってるんじゃ無いんだよ?せっかくだから皆と騒いでみたら仲良くなれるのかなとか思ったりもするんだけど、どうにも苦手で」
まず俺は大きい声を出すこと自体が苦手だ。家では頑張れば出せるが、外でとなると声を発する直前、まるで喉に何かが詰まったかのような感覚になり、そのまま飲み込むことになる。
あと、大きく身体を動かすのも苦手。どうしても恥ずかしいというか、腕も足も硬直してしまう。なんで踊り狂ったり出来るのか不思議で仕方ない。町内会の盆踊りでさえ無理なのが俺だ。
あと、幼いころのラジオ体操が苦痛だったのは俺だけじゃないはず。
「あーなるほどねー。うんうん」
適当に頷いてるんじゃないのこの人。うんうん、じゃないよ。どうせこいつは積極的に騒いでいくタイプだろうし、俺の悩みなんてわかるまい。別にわからなくてもいいけど。
「キミ、本は読む?」
「んー。漫画なら少々嗜むぞ」
ちなみに好きな漫画は錬金術士のアレ。
「よし、キミは今日の帰りにでも本屋で文庫本を買いなさい」
「は?」
この少女、まさか本屋の回し者か。こんなダイレクトにマーケティングされて買っちゃうような俺ではないぞ。
「小説なら、学校にも持っていけるでしょ。騒ぐ奴らを無視して、本を読んでるといいよ。なんか頭よさげに見えるし」
「その発想は頭悪そうだな」
「うるさいなー。小説はいいよー。太宰とかの文学でもいいし、アニメ絵バリバリのラノベでもいい。退屈しないよ、全然。どうせ遊びにも行かないんだしお小遣い有り余ってるでしょ」
「よく分かったな」
うちの高校の近くで遊ぶところを探すと、見事に何もない。あるのはカーディーラーとかガソリンスタンドとか、俺にはいらないものばかり。救いはセイコーマートと本屋だけ。
ある意味では学校を建てるのに最適な場所とも言えるが、当の高校生たちからすれば最悪の環境である。わざわざ駅まで出なければ、ろくなゲーセンすら無いのだ。
ちなみに俺の家は学校から駅への方向とは逆。完全に無縁の場所である。多くの人は駅を使うから、必然的に行きも帰りもこの通りの孤独だ。
「小説、か・・・。国語の授業以外でほとんど読まねえなあ」
「絶対おすすめだって!最初から長い話だと挫折するから、短編集から挑戦しなよ!」
グイグイ来るなあ。まあ、学校が退屈しなくなるというならそれも良いかもしれない。少しでも楽しみを求めるのは人間の性だ。
「あんた詳しいならオススメでも教えてくれよ」
「んー、そうだなあ・・・」
いくつか聞いたタイトルを覚えたあたりで、学校に着いた。
「じゃ、また明日ー!」
全く、元気いっぱいで羨ましい限り。