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プロローグ

 魔法都市ヴァレリア。

 ここには二つの魔法専門学校が存在する。

 一つは、6歳から15歳までの9年間で魔法の基礎を習得するための、ヴァレリア初等中等魔法専門学校。

 もう一つは、初等中等学校を卒業した翌月に入学することができ、15歳から20歳までの5年間を過ごすことになる、ヴァレリア高等魔法専門学校。

 そのうち、事件が起こったのは高等学校の方であった。

 ある日、一人の女子学生がこつ然と姿を消してしまったのである。


 それだけでも十分に大変な事態なのであるが、その騒ぎをさらに大きくさせたのが、消えてしまった女子学生が高等学校の中でも五本の指に入るほどの天才であったということだ。

 名前をナタリア・フラグメントという20歳のその女子学生は5年前、初等中等学校を歴代2番目の好成績で卒業した超が付くほどの天才であり、高等学校でもその才能をいかんなく発揮していた。

 そんな彼女の突然の行方不明騒動に、都市全体が騒然となったのは言うまでもない。

 ただちに学内に調査隊が組織され、事件事故の両面から調査が始まった。


 しかし、その調査は想像以上に難航を極めた。

 ナタリアは高等学校でも最上級レベルの魔法使いであり、そんな彼女をどうこうできる人間など限られていた。

 例えば、彼女と同等の実力を持つ魔法使いだ。

 だが、彼らには全員、ナタリアが最後に目撃されてから行方不明であることが判明するまでの間、第三者と行動を共にしていたというアリバイがあったのだ。

 無論彼らは全員高等魔法使いであり、何らかの方法で人々の目をすり抜けてナタリアに危害を加えるということも可能性としては依然存在したが、それを言い出してしまったらキリが無くなってしまう。


 ナタリアより多少実力が劣る魔法使いであっても、集団で襲い掛かれば勝てるのではないか、そういった意見も出された。

 理屈としてはその通りだが、集団で事を起こせば必ずその余波が観測されるはずである。

 しかしながら、そういったものも一切確認されなかった。


 調査開始から3日後、事態を前進させるある観測結果が発表された。

 それは、ナタリアが最後に目撃された3時間後、彼女の部屋から強力な魔法波動が観測されていたというものであった。

 詳しい解析の結果、その魔法波動は物体をゼロ時間で離れたところに移動させる、転移系の魔法を使った時に起こるものだということが分かった。


 調査隊の矛先は再び、ナタリアと同等の実力を持つ魔法使いたちに向いた。

 魔法波動の威力からして彼ら以外には不可能だから、という理由であったが、彼らにはアリバイが存在する。

 つまり、ナタリア以外の誰も、今回の事件を起こし得る人物は存在しないという結論を下さざるを得なかったのである。

 それはすなわち、犯人不在を意味する。

 否、正確に言えば、ナタリア自身が犯人なのだ。


 その結論が発表された時、ヴァレリアの住人の大半はそれを信じなかった。

 なにせナタリアは、歴代2番目に優秀な天才魔法使いなのだ。

 転移系魔法が、様々ある魔法の系統の中でも難しい部類に属することは初等中等学校でも習う。

 だが、ナタリアほどの魔法使いであればそう簡単に失敗してしまうことはないはずだ、という彼女へのある種の信頼が、その調査結果への不信を生じさせていたのだ。


 人々がその調査結果を信じざるを得なくなったのは、彼女の部屋の机に広げられていた、一冊のノートであった。

 ノートからは、ナタリアが最後に魔法を行使した時に生じたと思われる魔力残滓が観測された。

 そして、そのノートに記されていた魔法陣が、転移系魔法の陣であったのだ。

 それは、ナタリアが最後に使用した魔法が転移魔法であることを意味する。


 彼女の捜索はそこで打ち切られた。

 転移魔法の失敗は珍しいことではない。

 問題なのは、失敗した時に何が起こるか予測不可能、という点であった。

 もっとも起こり得るのは、転移先の座標がずれることだ。

 例えば、目の前にある机を隣の部屋に転移させようとして、もう一つ隣の部屋へと転移させてしまう、などだ。

 だが、その程度であればナタリアの腕をもってすればすぐに対処できる。

 もう一度転移魔法を使って、元の場所に戻ってくればいいだけの話だからだ。


 ところが転移魔法の失敗例として、失敗した時に『この世界とは隔絶された、別次元へ飛ばされてしまうことがあるのではないか?』という、恐ろしい推測が学会で発表されたことがあり、しかもそれは肯定、否定、いずれの結論も出されないでいる。

 もしそうなってしまった場合、再度転移魔法を使って元の世界に戻れるのか、それは誰にも分からない。

 過去の文献などではそういった記録が残っている物もあるが、どれも『手当たり次第に魔法を使っていたら、いつの間にか元の世界に戻っていた』というものであり、ハッキリとした帰還方法が記されている物はなかったのだ。

 なにより世間では、『あのナタリアがいまだに帰って来れてないことが、彼女が異次元に捕らわれ、脱出不能になっている確かな証拠だ』という意見が大勢を占めるようになっていた。


 そして、ナタリア失踪から一週間が経過した日に、調査隊は最終結果を公表した。

 ナタリアは転移魔法を使用しようとして失敗、この世界とは隔絶された異空間に閉じ込められてしまった。

 特別隊を編成して、ナタリアが最後に使用した魔法陣を再度起動、転移先を探索するという案も出されたが、転移先に何が待ち受けているか不明なうえに帰還できる保証もないとして、反対多数で否決された。

 各国にナタリアの容姿などの情報を送って一応の手配はとるが、隊としての捜査は行わない、以上が結論であった。


 この最終報告に、大半の市民は悲しみにくれながらも納得せざるを得なかった。

 二次被害を生じさせてしまう可能性がある以上、これ以上の深入りは厳しいとなればやむを得なかった。


 ところが、危険を承知でもさらなる捜査をするべきだ、という意見を唱える者たちも当然存在した。

 まず、高等学校でナタリアと一緒に研究を行っていた仲間や、彼女の親しい友人たち。

 次に、彼女の喪失をヴァレリア国の大損害だと考えた一部の教授陣や政治家たち。

 そして、最も勢力として強かったのが、初等中等学校に在籍するナタリアの妹、モニカ・フラグメントとその友人たちであった。


 彼女らはナタリアの捜査を続行するよう依頼する嘆願書を取りまとめ、関係機関へと提出した。

 しかし、


「二次被害の可能性が高い調査を行うことはできない。もしさらなる調査を行いたいなら、自己責任でやってくれ」


 と取り合わなかった。

 さらに、国の議会でもこの件に関して審議が行われ、最終的には国のトップが、


「確かにナタリアさんはヴァレリア国史上でも稀にみる優秀な魔法使いであり、そんな彼女の行方不明は誠に残念なことではある。しかし、彼女一人のためにこれ以上の捜査というのは、国としても認められない」


 と公に発言したことで、ナタリア救出続行派の勢いは完全になくなってしまった。






 ―――






「……なぁ、モニカ」

「何よ?」

「お前、本当に行くのか?」


 ナタリアの失踪から二週間が経った。

 雪が降り、通りを行き交う人々の姿もほとんどなくなった夜の魔法都市ヴァレリア。

 街灯に照らされた通りに面した公園も、真っ白な雪におおわれている。

 そんな公園の真ん中に、カバンを背負い一冊のノートを手にした少女と、そんな少女を不安げに見つめる一人の少年の姿があった。


「当たり前でしょ!? お姉ちゃんを見捨てることなんてできない!!」


 モニカ、そう呼ばれた少女が、少年をキッと睨みつける。

 彼女こそ、消えてしまったナタリアの妹、モニカ・フラグメントである。


「でもさモニカ、転移先がどうなってるか、ちゃんと帰って来れるのか、誰にも分かんないんだろ?」

「止めないでトニー。お姉ちゃんを見捨てた調査隊の連中だって言ってたでしょ? 後は自己責任でって。だから私は、私の責任でお姉ちゃんを助けに行く」

「上手くいきっこないよ。そのノートに書かれてる魔法陣、ナタリアさんが高等学校までの知識を結集させて作った、特殊な陣なんだろ? まだ初等中等学校も卒業できてない俺たちには扱えない代物だって」

「魔法陣さえ出来上がってれば、あとはそこに魔力を込めるだけよ。それくらい上手くやってみせるわ」


 トニーの制止の言葉に聞く耳を持たないモニカ。

 なおもモニカを制止するべく上手い方法を脳内で模索し始めたトニーの耳に、荒々しく雪を踏みしめる足音が飛び込んできた。


「確かこのあたりに……あ、おい!! いたぞ!!」

「ゲッ、見つかったぞモニカ!!」

「自己責任とか言っておいて、実の妹が動き出したら止めに入るなんて……どういうつもり!?」


 モニカは、彼女たちを追いかけてきた追っ手の男たちをチラリと視界に入れ、姉が最後に残した魔法陣へ魔力を注ぎ込む。

 魔力を受け始めたノートの魔法陣が、紫色の光を放ち始める。


「おい、今からじゃ間に合わない……」


 トニーの言葉はそこで途切れた。

 彼の視界に入り込んできたモニカは目をつむって魔法陣に魔力を注入していたのだが、その表情がかつてないほどに真剣であったために、口をつぐんでしまったのだ。


(本気、なんだな。……ったく、そんな顔見せられて、止める訳にはいかねぇじゃんか!!)


 モニカの覇気を背中に受けたトニーの中にも、覚悟が決まった。


「モニカ、行ってこいッ!!」

「トニー!?」


 トニーはモニカと駆けつけた男たちの間に割って入ると、自らの周囲に小さな炎の玉をいくつも作り出した。

 数ある魔法の中でもかなり初歩的な部類な魔法、『フレイムボール』。

 威力という点では皆無なので攻撃用にはならないが、牽制目的ならば十分な魔法だ。

 詠唱時間も短く難度も高くないのでミスも少ない、この状況に即した選択だった。


「ここは俺が食い止めるッ!! お前は早く魔法を完成させろッ!!」

「トニー、あんた……」


 思わずモニカがトニーに視線をむけると、フレイムボールを男たちの足元に投げつけていた。

 まさに牽制球。


「どうせ、俺を意気地なしだとばかり思ってたろ? 舐められっぱなしもアレだから、少しは見直させろよな!」

「……そうね! 少しは見直してあげる!!」

「そのかわり……必ず帰ってこいよ!! 美人のお姉さんも連れてな!!」

「当然ッ!!」


 トニーの牽制をすり抜けた一人の男が、ダッシュでモニカに詰め寄る。

 勢いそのままに、彼女の手からノートをもぎ取ろうと手を伸ばすが、わずかにモニカの転移魔法の発動が早かった。

 モニカの全身が白い光に包まれたかと思うと、頭から足へと順々に消えていった。

 男の手がモニカの身体のあった場所に到達した時にはすでに、彼女の存在は跡形もなく消えていた。


「モニカ……生きて帰ってこいよ。約束だぞ」


 トニーの呟きが、ヴァレリアの街に降り注ぐ雪と一緒になって虚空に舞った。

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