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夏の終わり

作者: 海蔵樹法

 僕がまだ中学2年の頃の話。夏休みも半ばを過ぎたくらいだったろうか。

 とても不思議な体験をしたんだ。



------------------------------------------------------------



 あの当時友達の間では、とある噂話で持ちきりだった。と言っても、当時は中学生。

 中学生といえば、今はもう下らないと思うような話でもすごく楽しいと思える年頃。本当の小さな子供というわけでもなく、常識や分別を学びきった大人には程遠い。そんな存在。

 でもだからこそ、面白かったんだと思う。


 話自体はよくある、所謂七不思議というやつだ。

 トイレの花子さんや、音楽室のピアノ、美術室のモナリザとか。そういったメジャーなものが殆どを占める中、たった一つだけの毛色の違う、オリジナルとでも言えるようなもの。

 それは、『夕暮れの学校で階段を昇っている時に誰かに呼ばれても、決して向いてはいけない』って話だった。

 この話の面白いところは、『振り向いてはいけない』んじゃなくて、『向いては』いけないってところ。でもこれって、今考えてみれば当たり前のことを言っている気もするんだ。だってそうだろう?階段を昇り降りしている最中は、足元に注意しなくちゃ。うっかり踏み外しでもしたら、下手をすれば大事だからね。

 それにもう一つおかしな点がある。だって普通こういう話ならあるはずだよね、するなと言われていることをした場合に起こる出来事が。メジャーどころの話なんか、まさにそれだ。学校や地方によって色々変わるけど、これだけは必ず用意されている話のはずだ。

 だけど、有るはずの話が用意されていないんだ。不思議というか、中途半端だよね。

 だから、当時の僕たちは、確かめようとしたんだ。


 初めのうちはたくさんの友達と一緒にそれを行った。手分けしてあちこちの階段を昇ったり、離れたところに友達を待たせて、見張ってもらいながら一人で昇ったりした。結局、何も起きなかったんだけどね。

 やがて、誰もそれを試そうって言う人がいなくなった。でもね、不思議と噂が完全に消えてしまうことがなかったのさ。だからなのかな、僕はどうしてもその噂が気になって気になってしょうがなかった。


 僕は噂を確かめたくて、夏休みに一人で学校に行った。そしてね、日が沈む頃まで待ったんだ。妙にワクワクしてたのを覚えてるよ。他の生徒や先生に見つからないように隠れまわってさ。それが中々長くてね。夏って日が長いでしょ?だからさ、日が沈む頃って学校から誰も居なくなっていたよ。

 僕は、予てから目をつけていた階段を昇ることにしたんだ。誰もいないことはわかってたし、冒険心みたいなものも湧いてたしね。

 学校は5階まであった。結構広い学校だったんだよね。だから今考えたら、先生や生徒たちが僕をあの日見つけられなかったのと同じように、僕も残ってる人を完全にさがしきることなんてできなかったんだと思う。


 1階から5階まで続く階段が、一箇所だけあるんだ。僕はその階段を昇り始めた。

 タンタンタンと、一段一段昇っていく。当たり前だけど、周りには誰もいないんだから、僕の足音しかしない。妙によく響いてね。それも踊り場の窓から夕日が差し込んでいたから、どこか幻想的な感じがしてたな。


 昇って昇って、僕は3階と4階の階段の踊り場まで来た。少し慌ててたみたいでさ、息が上がってたんだ。でもあと少しで5階だから、そのまま休まずに昇って行ったんだ。そこでね、あと一段上がれば4階っていうところでね、躓いたんだ。

 あっ、と思った時には、僕は踊り場まで転げ落ちていた。幸い頭を打ったわけでもなければ手や足から落ちたわけでもなかったから怪我にはならなかったけど。痛い。そう思った時だったよ。


--------------------大丈夫?


 声を掛けられたんだ。1階から一気に昇ってきて疲れていたのもあったし、躓いて転んでしまって気が抜けてしまったんだろうね。僕は普通に返事をしたのさ。大丈夫だよって。そして声が聞こえた4階の方に目を向けた。

そこに居たのは、女の子だった。うちの学校の制服を着てたから、誰か残ってたんだなと思ったよ。あの頃は思春期だったからね。女の子で、しかも同じ学校の子だって分かった瞬間にぱっと立ち上がってさ、平気な顔して笑って誤魔化してたんだ。本当は転げ落ちたばっかりで、あちこち体が痛かったのにね。


 その子は降りてきて、僕のそばに来て、僕の体をあちこち見てたよ。そして大丈夫そうだねと一言言って、笑ったんだ。すごく、可愛らしいと思ったな。

 わからないけど、何か話をしなければ気まずい気がして、あれこれ色々話したんだ。女の子の方も僕を知らなかったみたいで、色々話してくれた。お互い名前は言ってなかったけど、距離が縮まった気がして、暗くなる頃には一緒に学校を出て帰っていた。


 結局その子は、僕の家のすぐ近くまで一緒だった。

 あの角を曲がると僕の家なんだ。そう話すと、その子は家が反対側だからと言って帰っていった。

 僕は満足感で一杯だった。噂は確かめられなかったけど、同じ学校に知らない、しかも可愛い女の子と知り合えたんだ。その日は、嬉しいようなくすぐったいような気持ちで、明日が楽しみで中々寝付けなかった。夏休みはまだある。明日も学校に行こう。そう思ってね。


 次の日。朝から学校に行くと、またその子がいた。また会ったね。そう言うと、また僕らはとりとめもない話を一日中し続けた。楽しかったな。いつまでもこの時間が続いてくれれば良いと本気で思ったよ。きっと、僕はその子に恋をしていたんだろうね。

 そんな日が何日か続いたんだけど、どういうわけか次にまた会える約束をする話にはならなかったし、その子も僕も、結局名前はお互いに言うことはなかったんだ。次に繋げようとか、そういう考えはなかったんだよ。ただその時間が楽しくてたまらなかったんだ。


 そこからもう少し時間が経って、あと少しで夏休みも終わるという時になって、急にあの子は姿を見かけなくなったんだ。僕は学校中を探し回ったり、一日中待っていたりした。でも、夏休みが終わってもその子を見つけられなかったんだ。

 僕は気になって、それとなくその子を探したんだ。クラスメイトや先輩後輩たちに、その子の特徴を伝えてね。でも、誰もその子を知らないって言うんだ。最近見てないじゃなくて、知らないってね。考えてみれば自分も知らなかったんだから、別に不思議じゃないとその時は思ったんだ。


 それでも僕はどうしても諦められなくて、いろんな人に聞いて回った。そうしたら居たんだよ、知ってる人が。その人は図書委員で、先輩だった。

 話を聞いてみると、どうも話が合わない。それもそのはずで、その人は知っているだけで会ったことはなかったんだ。どこで見たんですか。そう聞くと、一冊のアルバムを取り出した。そして僕に差し出してきたんだ。開けばわかる。そう言ってね。


 僕は、そのアルバムを開いた。去年の卒業アルバムだった。

 何枚かページを進めていくと、その子を見つけることができたんだ。あちこちの写真に写っている。もしかして、もう死んでる人とかいうオチなのかな。そう思い始めたんだ。だって、卒業生のアルバムに載ってる人なのに、昔と変わらない姿で学校にいたらそう思ってしまうよね。でもあとから聞いた話だと、そのアルバムに載ってる人で死んだ人は誰もいないんだ。


 僕は、何だか不思議な気持ちになった。出会っていた女の子は実は卒業した先輩で、でも死んでいるわけじゃない。じゃあ、僕があった女の子は一体何者だったんだろう。帰り道にそんなことを考えながら一人で歩いていると、後ろから声を掛けられた。


 振り向くと、僕が探していたあの子がいた。


 僕は嬉しくて嬉しくて、思わず走って駆け寄りたかったけど、カッコつけたくて落ち着いた感じで歩いていった。結構早足だったと思うけど。夕焼けの中、やっぱりその子はアルバムのあの子で、僕が探していた子だと確信した。


--------------------久しぶりだね。

 

 そう声を掛けられた僕は、きっと笑顔だった。あの子も笑顔だったからね。久しぶりに一緒に帰ったんだ。僕は今まで会えなかった間にあったことを沢山話した。今まで会っていなかった時間を埋め合わせするように、それもうたっぷり話したんだ。わざと歩く速さを落としたりしてね。

 一頻り話終わって、もう少しで家に着いてしまう。この楽しい時間も終わる。そう思った時、その子が話し始めたんだ。


--------------------私、明日引っ越すの。だから、もう会えなくなるんだ。


 ショックだったよ。でもそれなら、しばらく見かけなかったのも引っ越しの準備があって忙しかったから。そういう話で辻褄が合うと思って、安心したんだ。ほら、もう実は死んでるとかだったら、やっぱり素直に喜べないからね。

 でも、会えなくなるのは嫌だった。でも引っ越さないでと駄々を捏ねるのもどうかと思った。だから一言、また会えるよねって。


--------------------うん、きっと会えるよ。待ってるから、探しに来てね。


 その子がそう言った瞬間、その子の後ろから差していた夕日が急に目に入って、僕は目を伏せたんだ。すごく眩しかったよ。夕日じゃありえないくらいに。

 

 目を開けた時には、彼女は消えていた。

 何となく、もう探してもいない気がした。

 僕はどこか心に穴があいた気持ちになりながら、家に帰った。


 それから何日間か、ずっとぼーっとしてたよ。学校で授業も聞けないし、家で家族と話しても話半分でさ。とにかく、何をするにもやる気が無くなっていた。だからかな。彼女の言葉を思い出して、彼女を探そうと思い立ったんだ。


 学校に行って、あのアルバムを片手に、僕は職員室に行った。この子の担任をしていた先生を突き止め、今この子がどうしているかを聞いたんだ。

 そしたら、驚いたよ。この子は卒業して直ぐに交通事故に遭って、今も病院の集中治療室に入っているって言うんだから。

 何だか狐に摘まれた気持ちになってね。訳がわからなくなってきてね。それでも、当時は少年だったから純粋だったんだろうね。あろうことかその病院の場所を聞いてね。そこまで行ったんだ。


 病院について、彼女がいる病棟に行ったんだ。名前を聞いてたから、直ぐにわかったよ。

 彼女と同じ名前が書いてある入口は、分厚いビニールのカーテンで覆われていた。入ろうとしたら、看護師さんに止められてね。当然だよね。普通は家族以外は面会なんかさせてもらえるわけないんだから。でも、当時の僕は引き下がらなかった。

 それでどれくらい粘ったんだろう?このままだと警察を呼ぶとまで言われて。帰るしかないのかなと諦めた時に、彼女の両親がたまたま来たんだ。最初は怪訝そうな顔をしていたよ。でも、僕が学校で彼女と会った話とか、夕暮れの中一緒に帰った話をしたら、急に両親の態度が変わってね。僕は中へ入れてもらえることになったんだ。


 そこに居たのは、間違いなく彼女だった。髪はあの時より伸びているし、少しだけ痩せているけど、間違いなく僕が会った彼女がそこにいたんだ。


 僕は、彼女の意識がないことを知っていた。でも言わずにはいられなかったんだ。だから、彼女の弱々しい手を握って、探しに来たよって、そう言ったんだ。


 そうしたらね、彼女が目を開けたんだ。そして僕の方へ振り向いてくれた。弱々しく、儚げだけど、確かに彼女は僕を見て笑ってくれたんだ。そして、声にならないけど、それでも唇を動かして言ってくれた。


--------------------あ、り、が、と、う。


 それから彼女は直ぐに目を閉じて、また眠りに入ったよ。僕は約束を果たせたことで胸がいっぱいだった。


 それから、彼女の両親と会話をした。

 彼女はつい最近まで意識があり、自宅療養が出来るというところまで回復していたらしいんだ。ただ、交通事故の影響で脊髄を損傷して、歩くことはできなくなっていたみたいだけど。でも、その辺りから彼女の両親は不思議な話を聞いていたんだ。

 彼女はいつも決まって夕方になると、眠るように意識を失って、目が覚めると夢の話をしたそうだよ。その話の内容は、僕と一緒にいた話と、ぴったり一致するんだ。


 不思議だよね。僕と彼女は会ったことはないし、増して彼女は入院患者で歩けない。そんな僕たちが出会って、色んな話をして、一緒に歩いて帰って。その時の僕でさえ、嘘みたいだと思ったよ。でもね、そんな不思議な出会いも、長く続かなかったんだ。


 僕が彼女と再開してから2日後、彼女は眠ったまま息を引き取ったんだ。

 僕が彼女のお母さんに電話を貰って駆けつけた時には、既に彼女は冷たくなっていた。


 僕は、涙が止まらなかったよ。泣いても泣いても、涙が止まらないんだ。


 散々泣いて、もう涙も出てこない位になって、僕は彼女に別れを告げて家に帰った。

 後日、彼女の葬儀に参加して、彼女の旅立ちを見送った。


 それからは普通に学生生活を過ごした。

 でも妙なことに、彼女が亡くなってからは、階段の噂話が消えたんだ。学校での不思議な話は、「七不思議」じゃなくて「六不思議」になっていたんだ。学校にいるどの人に聞いても、最初から六不思議だったとみんなが口を揃えて言うんだよ。

 それでも僕ははっきり覚えているんだ。学校にあった話は「七不思議」だったんだよ。



------------------------------------------------------------



 僕の夏は、こうして終わったんだ。

 今はどうしてるかって?

 僕はあれから普通に卒業して、高校に進学したんだ。でも、それから直ぐに記憶が曖昧になってる。





 今わかっているのは、

 僕は母校に戻り、

 あの頃のまま、彼女と一緒に、

 夕暮れの学校で、楽しく2人で過ごしているってことだけさ。



 新しい仲間を、待ちながらね……。




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