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僕と竜と異なる世界  作者: 平神奈
シートラント
6/11

06

 年度のような感触のそれに、半球型のスプーンを差し込み、えぐる。球形にだ。一度であれば、形を作るのは難しくとも苦労はない。慣れれば速度も上がるが、それなりの苦労がある。が、数日もこればかりを続けているのは、ただの拷問だった。

(金を稼ぐのって大変なんだな……)

 今更になって思う。何がキツいって、絶対に手を止められない事だ。手を止めると、仕事が滞る。仕事が滞れば、罵声を浴びる。そして物が売れなくなる。必要なだけの金が稼げなくなる。そして――この売り上げは、ただのブームだ。今をおけば、売り上げ的には期待できなくなる。

「私には三つ!」「俺は二つだ!」「こっちに七つちょうだい!」

「はい、24エテスになります。そちらの方は16エテス、その次の方は56エテスです」

 飛んでくる注文を、次々に捌いていく。もう声と同時に手が動くようになった。

 売れるだろうという隠しんはあった。当たり前だが。なければ商売など始めない。だが、

(こんなにウケるもんなのか、アイスクリームって……)

 目の前に冷たい物があるのに、自分は汗を滝のように流しながら。

 ヒロはちらりと背後を見る。そこでは、屋台に隠れるようにして、アイリスがアイスを堪能していた。元々客商売ができるとは思っていないし、製造過程で大いに頑張ってもらっている。それを考えれば当然とも言えるが、どうも納得いかなかった。

 人手を増やすつてもなく――つまり、現状は何も改善しようがない。

 ヒロは無心になって目の前の仕事に集中しながら、半ば意識を過去に飛ばしていた。




 きっかけは、数日前にアイリスが注文した料理についていた、デザートだった。そこには小鉢にシャーベットが乗っていた。

 それを見て、ふと気がついたのだ。ここに来てから、冷えた甘味類は氷菓しかない、と。

 その日の午後中に、彼はいろんな店をチェックした。露店だけではなく、無数の飲食店、とりわけ喫茶店とスイーツが置いてある店を。調べた結果、この町で冷たい食べ物と言えば『氷を砕いたもの』だったのだ。

 気づいてからの、ヒロの行動は早かった。

 まず最初に、卸売店へと向かう。大量の牛乳と卵、砂糖を手に入れいた。材料の確保が可能だと知って、次に手に入れたのは巨大な調理器具だ。といっても、これはそうかからなかった。なにせ冷凍機材はすでにある。一番悩んだのは器だったが。初日だけは、運良く練習用に作られていたタルト皿を安価に手に入れられた。その次からは、器もスプーンも買うことになったが。次に露店を管理している事務局へと向かい、翌日の場所を予約する。同時に、調理をして問題なさそうな場所も借りた。この時点で、手持ちの残金はほぼゼロになる。もしアイスが売れなければ、街から逃げるか、できもしない傭兵業をしなければならなかっただろう。

 あれこれ用事を済ませたその足で、貸部屋に向かい料理を始める。

 まあ、やることはそう難しくない。内容はそれこそ、理科か家庭科の授業でやる程度の事だ。それがちょっと大規模になっただけである。飛び抜けて美味いものを作る必要はない。今回必要だったのは、真新しさなのだから。

 勝因――と言えばいいのか――は、生クリームが手に入ったことだ。牛乳からの抽出方法を上手く伝えられなければ諦めようと思っていたが、うまくいってよかった。「いいからブン回せ」で通じるとは、まさか思わなかったが。むしろ苦労したのは、冷やす方法である。時間をかけてゆっくり撹拌しながら混ぜる必要があるのだか、これがなかなか通じない。

 意味を理解させるのを放り投げ「とにかく弱い力で」と念を押して、アイスクリームを混ぜながら、ヒロはなんとなしに理解した。この世界にアイスクリームが存在しないのは、魔法のせいだろう、と。

 どうも、魔法を使う感触を聞いていると。瞬間的に冷凍するのは、とても簡単な魔法のようなのだ。しかし、低い温度を保つのは――難易度的には分からないが――かなり面倒くさいのだという。このため、氷菓は早い段階から登場していたが、逆にゆっくり冷やす類いのお菓子は全くといっていいほど発展していない。後は、生クリームよりバタークリームが主流であることも、要因の一つだろう。

 とにかく、アイスクリームは「今までそういう発想そのものがなかった料理」である。

 初日は、最初の一個が売れて一時間と経たずに売れた。

 翌日、五倍の量を用意したにも関わらず、ほぼ同じ時間で完売した。この時点で、アイスクリーム流行ができたのだろう。

 価格設定は、けして低くない。普通に売っている氷菓が、安くてだいたい1エテスから3エテスだ。約四倍の価格にも関わらず、買う人が後を絶たない。新しい商品が流行にのるという事かをよく考慮したつもりだったが、それでも全く足りなかった。

 ちなみに、日本円に換算すると、だいたい1エテス200円前後だと思われる。かなり大ざっぱな計算ではある。

 自分に商売は全く向いていない事を思い知った……だとして、すぐにやめるわけにも行かなかったが。そのため、できる限りの工夫をしていく。

 まず最初に行ったのは、屋台タイプにすることだった。

 アイスを入れる道具は角バットタイプに変更していたが、それをシートを引いただけの場所で行うのは、かなり厳しくなっていた。何より腰が痛い。

 テーブルを買って布張りし、足を見えないようにする。左右に棒を取り付けて、横断幕に商品名を書いておく。あとは、角バットを固定できるよう、テーブルに板をたてた。これだけでかなり楽になった――し、客も増えた。

 アイスクリームの露店販売を初めて数日。それだけすれば、類似品が出てくると思っていたのだが。そうはならなかった。

 これは、二人という極少人数で製造しているため、製造方法が流出しなかったことと、料理方法が今までの概念になかったものであること、生クリーム(もどき)をわざわざ作っていたことが原因だろう。一番似ていたものであっても、牛乳シャーベットの域を出ていなかった。

 しばらく独占販売は続き、儲けも大きくなった。味も果物を追加したものが二種類追加されると、さらに人が増える。利率が大きいため、まさに冗談のようなもうけが生まれていた。

 ヒロはその時点で、これ以上稼ぐ必要はないと判断した。現時点で、慎ましやかにしていれば一年は暮らせるだけの資金がある。後は、どこか大手の料理屋なり商会なりと交渉して、製法を売りつければいい。最後の一稼ぎをして、後は変える方法を探すのに集中できる。そう考えていた。

 誤算があった。

 それはやはり、ヒロが商売のなんたるかを理解していなかった、という事なのだろう。一つ大きな当たりを出せたからと言って、必ずしも優秀な商人とはならない。持続させられてこそ商人である。そういう意味で、彼は下の下だった。

 早い話が、彼は稼ぎすぎた――敵を作ったのだ。




 その日のアイス販売も、やはり日が高い内に終わった。当然完売である。

「いてぇ……」

「だいじょーぶ? マッサージしてあげようか?」

「帰ったらお願い」

 アイリスが問いかけてくる。申し出は素直に受けることにした。

 正直肩を上げるのも億劫で、少し持ち上げようとするだけで筋肉が引きつる感覚がある。まあ、分解した屋台やら何やらを乗せた、レンタル台車を押すのに支障はない。ちなみに、アイリスは好きなだけアイスを食べてご満悦であり、スキップなどしている。気楽なものだ。

 しばらく進むと、アイリスが道を外れだした。ヒロは慌てて彼女の肩をつかむ。

「どこ行く気だ」

「え、だって帰り道こっちだし」

「機能説明したでしょ。貸倉庫の一部を借りたって。そっちに置きに行くの」

「ふぅん」

 よく分からないという風に、アイリス。

 仕方のないことだ、とヒロは苦笑した。彼女には危機感が全くない。

「でもなんでそんなことするの?」

「それも昨日言っただろうに。どっかの商会の妨害がありそうなの」

 聞かれるのは分かっていたため、さらりと答える。

 アイスの販売量が爆発的になって、商会から探りを入れられ始めた。最初は、注目されているんだな、という程度にしか思っていなかったが。自体はあらゆる段階を飛び越えて、のっぴきならない所まで進んでいた。つまり、暴力を利用した製法や権利の取引(実質的な簒奪)である。

 まず、流行の波が大きすぎた。アイスがもっとも高価に、そして大量に売れるのは今なのである。そして、悠長に交渉などしていれば、時勢を逃す。彼らが部外者であるというのも、思い切らせた理由の一つ。攻撃にはリスクが伴う。この場合は相手からの反撃と言うよりも、社会的な制裁だ。ただし、これは流れのもを相手にした場合、全く考慮しなくていい。つながりの強さは、それだけで安全を生むのだ。

 が、最大の誤算は違う。ヒロが勘違いしていたのは、ここが日本ではないという事だ。治安維持機構の効果を見誤っていた。ここでは、暴力による契約取引は最後の手段でも、さほどリスクの高い手段でもない。かなり手軽に行われる、普通の手立てでしかなかった。当たり前だ。なぜわざわざ弱い立場の人間と同じ席に経ち、同等の扱いをしてやらねばならない。少し殴ってやれば、すぐ全てを差し出すのに。

 そのため、商売道具を信頼できる場所に預ける必要があった。

 貸倉庫には信頼が必要になる。そこに置いておけば安全だという信頼だ。倉庫に進入して道具を破壊することは、さほど難しくない。だが、実行してそれがバレれば、その商会は貸し倉庫屋にケンカを売ることになる。これは明確なリスクだ。

「あぶなげ?」

「まあね」

 アイリスは、珍しくヒロの様子を案じるように聞いてくる。

 道具の次に狙われるのは、人材――ヒロとアイリスだ。こちらは、二人でいれば襲撃をしてくる可能性は低いと、ヒロは睨んでいた。

 むしろいつ襲撃されるかより、どの商会に襲撃されるかの方が重要だ。

 人間二人を同時に無力化するのは難しい。片方をしくじれば、大声で叫ばれる。失敗は相手に強い警戒心を与えるし、知れ渡れば糾弾は避けられない。後になればともかく、現段階で無理責めはないと考えている。

「なんとかしなくていいの?」

「道具の管理をしっかりして、自分たちの安全も考慮してる」

「じゃなくて。ほっといたってよくならないよ」

 それは彼女の言うとおりだ。やり過ごせばなんとかなる問題でもない。

「ぶっとばす?」

「やらないと言うかできない。いろんな意味で。というか、君のその、たまに血なまぐさい発想が出てくるのは何なの?」

 ヒロは半眼になって少女を見た。アイリスがそっぽを向いて沈黙している。

 たとえ暴力でものを言わせられたとして、自分たちがそれをするのは、賢明ではない。商会がそういう事をできるのは、財力と人脈があり、それにものを言わせて有を無と言わせることができるからだ。相手がやったから自分もやりかえしていい。その考えを、彼は否定しない。だが、世の中を平等だと思わない方がいい。自分の知らないところで、相手はやることをやっているのだ。まあ、限界はあるが。

「どのみち、あと数日は仕掛けられないよ」

「なんで?」

「港に大型商船が来てる。物資の搬入だか搬出だか知らないけど、あっちが落ち着くまでは実行はできないだろうね」

 大きな商会ほど、ああいうものに頼る。そして、手出しをしてくる相手は大きな商会だけだ。

 アイスクリームは確かに大きな商売になる。だが、それにかまけて通常の商売を疎かにすれば、それ以上の被害が出るだろう。そして、目先の利益より遙かに貴重な、信頼をも失う。

「なんかあるとしたら四日後かな」

「よく分かるね」

「そこで露店の契約が切れる」

 露店には、場所使用の限界期間が設定されている。いつまでも露店で居座られてはたまらないというのが、シートラントの主張だろう。露店に必要なのは場所代なので、売れれば売れるほどもうけが高い。つまり、街は損している事になる。また、各商会の居座りを許し荒らされれば、せっかく削いだ商人ギルドの力を盛り返させる事にも。だからこそ、出店登録自体は邪魔されない。ここで妨害すると、街側にギルドへの介入の口実を与える。

 とまれ、「もう露店を開けない状況」になると、商会はとても手出しをしやすくなる。理屈の上では、問題なくなるからだ。

 出店できなくなったらどこかの商会に製法を売った、というのは。実態はどうであれ、なんとなく納得できるものではある。きれいに収まりすぎて怪しいと思っても、邪推でしかない。

「じゃ、それまでおとなしくしてる?」

「いいや、調べたいことがある。仕事してない時も割と出歩くね」

「ええぇぇぇーー」

 横にいるヒロに小さく体当たりをしながら、アイリス。

 彼女は、出歩くこと自体は嫌いではない。引きこもり期間が長いためか、好きでもないようだが。ただ、人に話しかけられるのが嫌なのだ。店員との会話は普通にできるようになった。というか、事務的な会話をする相手には、なんとも思わないらしい。アイリスを一個人として扱う相手には、とたんに及び腰になるが。

 アイリスはこれで、容姿だけはすこぶるいい。体つきが貧相な事は、さほどマイナス点にはならないだろう。というか、割とナンパされる。ヒロはそのたびに盾にされている訳だが。性格が面倒くさくて子供っぽいというのは、まあ初対面では分からない。

(僕がこの娘と普通に話せるのって、本当に奇跡みたいなもんだな……)

 運の要素が強かったとはいえ、よくうまくいったものだ。やはり『最初の理解者』であったことが大きいのか。

「最近は買い出しも任せてるじゃないか。牛乳とか卵とか。あっちの人たちとは話せるようになったんじゃないの?」

「あのべちゃくちゃうるさいおばさん? 無視してたらなんかしゃべりかけてこなくなった」

「予想してなかった訳じゃないけど酷いな」

 本当に手ひどく無視されたであろうおばさんに黙祷する。

「まあ、とにかく色々考えてはいる。何かやるときは言うから、そのときだけ指示通りに動いてくれればいい」

「んんー……まあ、アイスがあるからいいか」

 どのみち露店が出せなくなれば、アイスは作らないのだが。それは黙っておいた。





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