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僕と竜と異なる世界  作者: 平神奈
始まり
2/11

02

 右手で左肘を撫でながら、ヒロは考える。

 何かを考えるとき、そういう癖があるという訳ではない。ただ、そこはひときわ強くぶつけた場所の一つだった。触ってみれば、血の感触も肌が擦れた様子もなく、痛みもない。普段の左肘の感触など知らないが、まあ大差ないようには思えた。

(本当に完璧に治ってるんだな)

 今の感情をどう表現すればいいか分からない。

 とりあえず、分かったことをあげていく。目の前の少女は人のような人ではない生物である。手を光らせて怪我を治すような何かが実在する。そして、恐らくは普通に知れ渡っている程度には広まっている。穴の正体はこの少女でも分からない。そして――たぶんこれが一番重要だが、ここは地球ではない。

「ええと、とりあえず……」

 何から聞こうか、と悩んで話しかけると。アイリスはいきなり挙動不審になった。

 ぱっと顔を上げたかと思えば、いきなり目をそらし。かと思ったら、ちらちらこちらを確認し、胸元で手などを組んでいる……たぶん、胸元だ。服がかなりだぶついているのもあるのだろうが、真っ平らに見える。そして、人と同じく乳房の存在する生き物であるかも分からない。

「アイリスは何? あれだ、種族的なの? は」

「ど、ドラゴニュートだけど……。見て分からなかった?」

 若干へこんだ様子で、翼を広げながら。

(つまり、普通は見れば分かるのか。これは竜人間? だけが有名なのか、それとも亜人そのものが珍しくないのか)

 かなり気にしているようなので、一言フォローしておく。

「ドラゴニュートは初めて見るんだ」

「あ、そーなんだー。じゃ、しかたないね」

 ぱっと様子は戻った。ただし、戻ったのは様子だけで、視線は合ったり合わなかったり。そのくせ、どこか人なつっこい。これはまだ警戒されているが故の探りなのか、それとも素の性格がこうかのか。後者であれば、ちょっと面倒くさいかも知れない。

「手をかざして僕を治してくれたあれは?」

「へ?」

 言われて、少女はほかんとした。本当に予想外な事を言われた、という風に。おどおどした様子も、このときだけは忘れたようで。

「何言ってるの? 魔法はあなたたちが考えたんでしょ?」

(あなたたち……人間のことか?)

 アイリスは、自分の他の種族を明確に分けていた。それしか区別がついていないというのでなければ、あなたたちとは人間のことだろう。つまり、この世界にある魔法という何かか人間が生み出したものである。そして、人間以外も使えるし使っている。

 ヒロは誤魔化すよりも情報を優先し、正直に答えた。

「僕は魔法を見たこともない」

「えー」

 少女の視線は一転、胡乱なものに変わる。それだけおかしな発言だった訳だ。

 このままにするのは良くないと思い、続ける。

「ところで、この部屋からはどうやって出ればいいのかな。出口もなさそうなんだけど」

 部屋の構造は、丸いボールを中心で両断したような、半球形だ。さほど大きくなく、そして扉もない。自分が入ってきたのはトラブルだとしても、彼女が入ってくる余地がどこにあるか分からなかった。

「……、本当に魔法のこと、知らないんだね」

 どこか釈然としないながらも、アイリスは頷いて。一方の壁に近寄ると、手を上げた。石と土の、中間のようだった壁が中心から避けていき、通路が現れる。

 実演してみせた少女は、振り返る。

「魔法をつかえるなら、これ、見えてたはずだもん。こっち来て」

 そう言いながら、アイリスは通路を進んでいった。

 少女のサイズに合わせて作られたからか、通路は狭かった。少しかがまないと、頭をこすりそうだ。

 進んでいくと、そこもまた、今の部屋と似たような所だった。薄暗い明かりで、部屋は小さめだが、今度の間取りは四角い。カップやソーサーが見え、テーブルもある。キッチンダイニングだろう。気になる点は、全て一人分しかないという点と、窓が一つもないという事だ。

「そこすわって」

 アイリスの言葉と同時に、地面がせり上がった。小さいテーブルの正面に椅子ができる。言われたとおりに着席した。

 少女はお茶を入れて戻ってきた。一つは陶器のカップで、もう一つはいかにも急造品のそれ。陶器の方をヒロに渡し、自分も座った。

 差し出されたお茶に、幾ばくか悩んだヒロだったが。

(まあ、死にはしないだろう)

 口を付けた。初めて感じるタイプの味だが悪くない、とは思う。あとは、ドラゴニュートが摂取して大丈夫なものは、自分も大丈夫だと信じるだけだ。

「ねーねー、あなたこそなに?」

 次は、彼女がとかいけてくる番だった。唇をとがらせ、カップの縁を指で撫でている。

「ドラゴニュートの事を知らなかったときは、そんなもんかなと思ったけど。絶対知らなすぎるよ。そう考えると、転移トラップか何かでここに来たっていうのも怪しいよね。考えて見れば、そんなことで来られる場所じゃないんだし」

「あん?」

「ぴぃ! ちょうしにのってごめんなしゃい……」

 変な声が出たのは、間違いなく熱いお茶のせいだったが。

 アイリスはなぜか怯えて、椅子の上で体育座りになり、ついでに頭を抱えてぷるぷるし始めた。今までの口調は、精一杯の虚勢だったのか。

「ここがその、転移トラップじゃ来られない場所って言うのは?」

「ここは地下のふかいところなんでしゅ……おこってない?」

「別に」

 少女の相手は、面倒くさそうなので適度に無視して。

 なるほど、と納得する。ここは地下にあったから、窓がなかったのだろう。その割には、換気扇のようなものが見つからなかったが。まあ、魔法があるのだ。どうとでもなるのだろう。

「はっきり言うと、自分がどうやってここに来たかは、本当に全く検討もつかない。仮に魔法で飛ばされてきたとして、僕にはそれが魔法だったかどうか、確かめる手段がないんだし」

「あ、そうだよね」

 とりあえず、膝を抱えるのはやめてくれたが。まだびくびくと、目は反らされていた。

「どこから来たかと言われたら、かなり遠くからだとしか言えない。どこがどう違うんだと説明するのも難しいし」

「じゃあ……迷子なんだ」

「そうだね。で、今、帰るにはどうすればいいのかなと考えてる所」

 ふーん、というアイリスの生返事。これは分かっていないな、とヒロは即座に見抜いた。

「帰るこころあたりとかは?」

「魔法」

「無理じゃないかな?」

 かな、と言っている割には、はっきりした口調だ。

 まあ、言いたいことと言うのはおよそ分かる。科学で異世界に飛ぶ手段を探している、と言うようなものなのだろう。そう言えるのは、科学というものを理解していないからだ。つまりは、ヒロも同様である。魔法というものを理解するまでは、希望を持っていられる……

 魔法の便利性を考えれば、どちらにしろ知る必要はあるのだし。

「魔法じゃ無理だったとしても、まあ、おいおい何か探すよ。ところで君はここに一人なの? 他の人とか……」

 そこまで口にして、はたと気がつく。

 アイリスが完全に沈黙していた。うつむき、ぷるぷると震えながら。足を抱えていた時より危険な兆候に思える……

(触れちゃいけないとこだったか?)

 妙な態度が目立つとは、最初から思っていた。人を警戒するくせに、どこかなれなれしい……いや、違う。相手と話したい、離れたくないというような、様子を見せたりだ。

 つまり、寂しいのだ。あからさまに怪しい人物をお茶に誘うくらいには。距離のはかり方に自信が持てなくなる経験があり、どうすればいいか分からないくらい他人と接触していない。もしかしたら、友人もいないかもしれない。

 もう少しつつけば、何か分かるかも知れない。そう思うが、実行はしなかった。機嫌を損ねた場合のリスクに見合うほどではないし、それ以上に、あまり気持ちのいい行為でもない。しなければいけない程でもないし。

 そのまま地面の中に潜り込みそうにでもなる寸前、ヒロは声をかけた。

「この近くで街とか、とにかく人の集まる場所ってどこにあるか知らない?」

 なるべく相手の様子に気がついていなかった風を装って、話題をそらしてみる。部屋を見回しているふりをして、顔を背けた。

(ちょとあからさまだったか?)

 我ながら、子供も騙されないような大根演技だ。ちらりとアイリスを確認すると、彼女は急いで袖をぬぐっている所だ。

 あげた表情を見るに、どうやら気がついていないようだったが。ヒロにとっては幸運だったが、それはそれで大丈夫かと思わなくもない。

「近くにはない……と思う。わかりやすい位置にあったら、こんなところに家を作ってなかっただろうし」

「それもそうか」

 そう遠い位置にあるわけでもないだろう、と当たりを付けていたが。

 この性格で、あまりに離れすぎるのはなさそうだ、と思えた。かんしゃくを起こした勢いで思い切り遠くに、という可能性も否定できないが。それに、必要なものを買いに行く事もあるだろう。とはいえ、距離については魔法で解決できそうな気もする。

 気づくと、アイリスがおどおどとこちらを見ていた。

「……行くの?」

「そりゃ、当てがなければ行くしかないし。危険はあるだろうけど」

 問題は、どういう方向の危険かによる。

 地元民じゃない人がその辺を歩いていたら襲われる、というくらい危険なのか。あるいは、根本から価値観が違うことが危険なのか。日本に近い場所だって、それはそれで危険である。密入国者扱いなどされれば、それだけで身動きを全くとれなくなる。

 いい結果などまず望めないだろうが、どのみち、他に方法もない。

「……ここにいるのは?」

「は?」

「だから……ここで暮らすとか……」

 言いにくそうに喋る少女を見ながら、ヒロは目を点にした。

「一つ聞いておきたいんだけど、それは僕に言っているんであってるんだよね」

「う……、まあ、うん……」

(何を考えてるんだ?)

 いまいち意図の掴めない言葉に悩む。

 少女は顔を赤らめながら、もじもじとしていた。

 つまりは、そういう事を理解はしっかりしているのだろう。だが、そういう事を望んでいるようにも見えない。

 ヒロの問題もある。今でこそ、まだ人間ではないという意識が強いが。相手がこれほど人間をしていれば、いつまでもそういった対象に見ない自信はない。後は自制心との勝負になる。

(……そういう事になってもいいと思ってしまうくらい、寂しいのか?)

 この少女は、考えていたよりも重傷かもしれない。そして面倒くさい。

「はっきり言っておくと、ここにずっといるつもりはない。僕は故郷に帰りたいんだ」

「う……」

 きっぱり否定すると、少女はうつむいた。馬鹿なことを言っている自覚はあったのだろう。

 でも、とヒロは続ける。

「しばらく……落ち着くまでは、いさせてくれるとありがたい」

「あ……うんうんうん! いいよ!」

 パアァ……と少女の顔に、笑顔が咲いた。

 実際、彼女の申し出はありがたかった。当然ここで暮らすというのは論外だが。最低限の常識を把握するまでは、ここにいたい。

「じゃあねえ、じゃあねえ、えっと……そうだ、おなかすいてない?」

「うん」

「でしょー? んふふ……」

 ずいぶんと嬉しそうに、ついでに小躍りなどしている少女だが。

(そんなに嬉しいものなのか)

 およそ孤独というものを感じた覚えのないヒロには、よく分からない感覚だ。あるいは、強い孤独を感じれば、誰もがこうなるものなのか。

(優しくした覚えはないんだけどな。やったことと言えば、上からたたきつけた事と、野生動物を扱うみたいに、触れすぎないようにしただけで)

 ついでに、内心では化け物扱いしていた。

 優しくどころか、これでもかと酷い扱いである。

 これからはもう少し優しくしよう。そうヒロは心に決めた。どれほどの付き合いになるかは分からないが、せめてその間くらいは。

「こっちきてー!」

 勢いのまま部屋から出ていた少女が、声を上げて呼んでくる。ヒロは立ち上がって、そっちへ向かった。

 のだが。

「嫌な予感はしてたんだよ」

 少女を見下ろしながら、彼は冷たい口調で言った。

「明日ここを出ようと思う」

「なんでぇ!?」

「人ってさ、わかり合えない時はとことんわかり合えないんだよ。絶対にね」

 愕然と口を開く少女に、ヒロははっきりとそう言った。

 ヒロは思う――自分の言ったとおり、嫌な予感はしていたんだ。人との接触がない。なさすぎる。食器の数があまりにも少ない。食事をするというのに、なぜかキッチンのある部屋から出て行った。根拠ならいくらでも上げられる。

「うぅぅぅぅ……なんでよー……。いっしょにいるって言ったじゃないぃーー」

 しくしくと泣きながら、腰にまとわりついてくる少女。アイリスがしゃがみ込んでいたから、抱きつくとその位置になったのだ。先ほどは優しくすると決めたが、無理だ。今はこの頭を引っぱたきたい。

 ヒロは正面を睨む。正面に広がる畑を。

 そこには山のように、ゼンマイに似た植物が栽培されていた。左側を見れば、上部が切り取られ、摘まれているのが分かる。奥にいくにつれて新しい芽が出ていることから、順番に摘んでいるのが分かった。右側を見る。そちらは健在だ。

 つまり、これを前にして言われたわけだ。「好きなだけ取って食べて」と。生で。そのまま。

 人と人とはわかり合えないことなど、いくらでもある。それは利益の対立であったり、宗教観の違いであったり、トイレを使う順番でもありえる。一度対立し、そして許せないないならば、あとは最後まで戦うしかない。つけなければ、先に待っているのは泥沼だけだ。

 だいたいのことは許せる。ましてや異邦人の身分ともなれば、何もかもを拒絶はできない。

 それでも、これだけははっきりと言えた。食事を疎かにする者とは、仲良くできない。

 ヒロは肩を回した。軽い準備運動だ。尾を引かないためには、決着が必要なのだから。








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