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僕と竜と異なる世界  作者: 平神奈
シートラント
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 傭兵ギルドにある応接間は、おかしいと言えばおかしかったし、それらしいと言えば、それもまた正解だった。

 室内は、一言で言って高級志向だった。壁紙が張り巡らされ、廊下の無骨なものとは印象からして違う。天井は、もっと手を加えられている。床に敷かれているのは、いかにも高級と言った絨毯だ。その上には重厚な、そして足に落ち着いたデザインを凝らしてあるテーブルが乗っている。両側を挟むようにして、これまたいかにも高級なソファーがあった。これで壁に、馬鹿でかい絵画か、鹿か何かの燻製でもあれば完璧だった。

 ただの公共施設にこんな部屋があるというのは、どこか違和感を覚える。だが、大きな金の動く施設だと考えれば、こんな部屋の一つや二つ、なくては困る。

(僕が不釣り合いな事には変わらないんだろうけど)

 それは、彼が何度も利用しているこの部屋で、幾度も思ったことだ。つまり、部屋を利用したのと同じ数だけ。

 傭兵ギルドに来るたび、こんな所に招かれているが。ヒロには、自分が偉くなったという感覚は、全くなかった。まあ、当然と言えば当然ではある。彼がやったことと言えば、偉くて凄い人間がけんかを仕掛けてきたから、ナメてる内に全部奪った。それだけだ。

 商会に対しては、その後から面倒も見ていない。これは権利もないのだから当然だが。契約を果たせなくなったとき、初めてヒロに泣きついてくる。あとは、別の大手商会に、カヴィッツ商会の権利なんかを切り売りしていく。これだけである。もしくは、本当に自分の商会として機能させてしまうか。まあ、後者は現実的ではないが。商会の中には、ヒロを恨んでいる者は多いだろう。そして、それを黙らせるだけの統率力なり才能なりが自分にあるなど、信じていない。

 それともかく。現時点では、ヒロはシートラントでもかなりの資産家ではあった。

「で、話を聞きたいんだけど」

 ヒロは、自分の正面に座っている男に尋ねる。

 そこにいるのは、彼の協力者であるエンテタだった。ヒロの落ち着いた様子とは対照的に、彼はひたすら落ち着きがない。貧乏揺すりをし、目の焦点が合っていない。握る手は、見るからに汗ばんでいた。

 初めてここを利用したとき、エンテタはにやつき、媚びた笑みを浮かべていた。今回は真逆――とまでは言わないまでも、まあ、ごまをする様子でないのは間違いない。

「ふ……普段は俺たちが書類の受理さえすれば終わりなんだ……。で、でも、今回は、額が額だから、首都での手続きも必要になる」

「襲撃するのに最適な訳だ」

「そうだよ……そうなんだよ!」

 だんっ! とエンテタは激情に任せて、両手をテーブルに叩き付けた。思い打撃音が絶叫のように響く――が、それだけ。

 彼はもう一度手を振り上げて、しかし今度は振り下ろされなかった。代わりに、握った手を口元にやって、指を噛んでいる。

「どうすんだよ、ほんとに! なんでカヴィッツ商会のクソどもは、失脚してないんだよ! なんでさせなかったんだ!」

(できるわけないだろ)

 わめき散らすエンテタに、ひっそりとそう思う。

 いくら傭兵ギルドの契約支援が、通常の法より外にあるからと言ってもだ。それに明かせて直接的に特定組織を崩壊させようなどとすれば、組織の後に仕掛け人も破滅する。しかも、破滅への導き手は敵対者ではない。騎士のような、都市や国家の守護者だ。

「くそっ! 俺はせっかく偉くなったんだ! もうあのクソどもにでかい面されるような立場じゃない! なのに……これじゃ……!」

 がりがりと頭を掻くエンテタ。落ち着くのには時間がかかりそうだ。もっとも、本当の意味で落ち着いてくれる時が来るのかまでは分からない。

 カヴィッツ商会の上層部は、大半が失脚した。が、逆に言えば、少しは生き残ったという事でもある。そして、生き残れたのは有能な者だ。

 生き残った者が、自分の商会を守るために考えることは何か。搾取されると分かっている場所で、今までの報いだなどと殊勝になって、あくせく働くだろうか。そんな訳がない。彼らは間違いなく、一発逆転を狙う。つまりは、簒奪者の暗殺だ。

 簒奪者さえいなくなれば、富を奪い取る相手はいなくなる。損失は大きくとも、息は吹き返せるだろう。

(今まで不思議だったんだよな、暗殺者みたいな連中に、狙われてる様子もない事に)

 つまり、彼らはこれがあると知っていたのだ。この上ない暗殺のタイミングがあるから、無駄な事はしなかった。

(外で移動中に襲撃される、か。まずいよなあ)

 何がまずいかと言えば、イニシアチブを絶対に奪われる、という事だ。

「なあ、大丈夫なんだよなあ! お前が……ちゃんとやってくれないと!」

「ん? まあ大丈夫だろ」

「っ……、え?」

 軽い調子で答えたヒロに、エンテタはぴたりと止まった。思考も動きも、ついでに口も。

 実際は、大丈夫な要素など欠片もない。なにせ護衛すら雇えないのだ。この町の傭兵を雇う必要がある以上、誰を雇ったって、それはカヴィッツ商会の手の者だろう。味方面して敵が混ざっているのは、油断できない敵を増やすだけだ。

 そして、相手を出し抜くのも、もう期待できない。元からあらゆる利が相手にある。カヴィッツ商会の生き残った幹部は、間違いなく有能だ。なにより、彼らはもう油断しないだろう。

 街の支配者に数えられる一組織が、有能さを遺憾なく発揮し、一個人を消しに来る。

 冗談のように危険だ。危険で、しかも笑えない。

「対策はある」

 虚勢だった。というか、うるさいエンテタを静かにさせるための嘘か。

 まあ、全くの嘘というわけでもない。カヴィッツ商会は、アイリスがドラゴニュートだと言うとこを知らない――どれだけの実力があるか、把握していない。ヒロに対してもそうだ。彼が魔法を使えるようになったことも知らない。

 抵抗と言うにはささやかな、対策とは呼べないものではあるが。

「ほ、本当だな! 大丈夫なんだな!?」

「好機でもあるんだ」

 がたがとテーブルを揺らす(身を乗り出すのに失敗して、膝で蹴っているからだ)エンテタに、そう言った。

「暗殺に成功すれば、カヴィッツ商会は知らぬ存ぜぬで乗り切るだろう。でも失敗したら……残った幹部の半数はスケープゴートとして処刑される。残りの半分は、成果を全て奪われると分かっていても、忠実に働くしかなくなる」

 死ぬよりマシだと思えばだが。

「追い詰められてるのはあっちだし、これはまさに最後の賭だ。ここさえ乗り切れば、僕たちの勝ちは不動になる」

 わざと『たち』を強調して言う。

 エンテタの震えと落ち着きのなさは、止まっていない。だが、いつもの欲を出した笑みだけは復活していた。

「ああ、任せる。当然さ、任せるよ。だから頑張ってくれよ。本当に」

「それは君もさ。お互いに、つまらないくだらない事は、とっとと終わらせてしまおう」

 あとは簡単な打ち合わせだけして、応接間から出る。エンテタはすっかり調子を取り戻し、見送りなどしていた。

 傭兵ギルド内を歩きながら、ヒロは考えた。

 刺客に襲われても、簡単にどうにかされるつもりはない。だが、取り得る手段は限られている。

(単純に対処だけを考えれば、相手が予想だにしない事をすればいいんだろうけど)

 停滞させるのは一瞬だけでいい。裏はかけずとも、可能性は無限に広がる。

(とりあえずどの程度までなら大丈夫か、アイリスと相談するかな)

 なんだかんだ言って、暴力ごとならば、彼女は頼りになった。ろくにケンカの経験も無いヒロは、このへん完全に無能である。

 あとは、いくつか魔法も新たに覚えた方がいいだろう。念を入れて、今度試すならば室内で。

 首都に行くのは仕方がない。始末屋と戦うのも。ただ、また(とりたてて価値のない)面倒に煩わされる。その点についてだけは、嘆息せずにはいられなかった。




  ●○●○●○●○




 ヒロは、馬車の中で肩肘をついていた。窓から覗く景色は、はっきり言って何かしら情動を与えてくれるものではない。ずっと空と、かなり下の方にある森ばかりなのだから、仕方ないが。

 かなりランクの高い馬車は、乗っていてそれなりに心地よかった。といっても、三日も座り通しであれば、尻も痛くなる。

 険しい山道に入って、どれほどか。まだ数時間という程度だとは思うが。地図を見た限りでは――このあたりがピークの筈だ。

「そろそろだな」

「え?」

 振り向き、アイリスに声をかける。彼女は膝の上で、保存の利く砂糖菓子を広げていた。

 反対側の窓からは、切り立った山肌しか見えない。こちら側よりも、さらにつまらない景色だ。

「ここらで襲撃があるだろうって事」

「ふぅん」

 緊張感もなく、アイリスが答える。

 彼女にとってはどこで誰に襲われようと、所詮は人間のやることだ。恐るるに足りない。

「たいへんだね」

「むしろ大変なのはお前なんだけどな。襲撃者の大半はお前に押しつける形になるし、実際向かってくるだろうし」

 どうでも良さそうに足をぱたぱたさせているアイリスは、現在翼が見える。つまりドラゴニュートだと分かる姿だ。

 これを見て襲撃者たちが逃げてくれれば御の字だが、それほど甘くもないだろう。だが、彼女の驚異度は極端に上がる。つまり、人員のほとんどをそちらに回さざるをえなくなる。

「わたしは別にたいへんじゃないけど」

 当たり前のように、そして全く気負わずそう言い切る。彼女の姿に、ヒロは苦笑するしかなかった。

「それよりも。今さらなんだけど、わたしがヒロをつれて、飛んでいくんじゃいけなかったの?」

「まあ、それなら今回の危険はなかったな」

 座る位置を変える。窓枠に肘をつきながら反対側に顔を向けて話すのは、結構しんどいものだ。

「でも、棚上げにしかならない。敵はいずれ暴発し、自暴自棄になる。その時がいつかは分からないけど、それまでに、シートラント内に一定の精力を築いてる自信がないから。相手もそれを分かってるから、仕掛けてくる。これは僕にとっても、カヴィッツ商会にとっても賭だ」

 街中でいつ来るか分からない暗殺者に怯えるよりは、いつ仕掛けてくるか分かるだけ、まだ対処しやすい。

「それなら、せめて御者だけは選んだほうがよかったんじゃない? あのひといやなかんじするよ」

 と、本当に嫌そうに、アイリスが前を睨んだ。

 言いたいことは分かる。あれは確実に犬だ。

「無意味だ。誰を選んだって同じだよ。なら選ばない方が金がかからないだけマシだ」

「うーっ」

 彼女は低く唸って不満を主張した。が、これだけはどうしようもない。土地に根ざした者と新参とでは、それだけの差がある。

「じゃあ、ええと……」

 砂糖菓子を爪で崩しながら、アイリスは話題を選んだ。よほど暇だったのだろう。

「どんなふうに襲撃してくる?」

「パターンはそんなに多くない、と僕は思ってる」

 なにせ、場所が場所だ。

 どこかが崩れれば一巻の終わりであろう、馬車一台分しか余裕のない山の斜面だ。

 あまり多くの人は配置できないが、代わりに逃げられる心配もあまりない。

「まず考えられるのが、罠の配置かな。斜面に爆薬でも仕込んでおくだけで、馬車ごとつぶせる。他にも、遠距離からの魔法による爆撃とか。高火力の魔法で、もろとも吹き飛ばす。でも、この二つの可能性はあまり考えなくていいと思う」

「なんで?」

「死体の確認が難しいから。しかも、下手をしなくても馬車が崖から転がり落ちる――僕たちに逃げる余地を与える。あっちだってこっちが構えてる事は分かってるんだ。それに、襲撃者が依頼人によほど信頼されてないとできない。カヴィッツ商会は、少なくとも僕の首を確認したいはずだからね」

 それに、このどちらかを選んでくれれば、自動的にこちらの勝ちになる。

 爆撃ではアイリスの防御を抜けないし、崖を崩されても空を飛べる。後は悠々と相手を探し、叩きのめせばいいだけだ。

 まあ、アイリスが強いと知られている以上、これはやらないだろう。優れた魔法使いを攻略するのは難しい。

「そしたら次に行うのは――」

 言葉は、最後まで言えなかった。アイリスに強く突き飛ばされたためだ。

 壁に叩き付けられ、そのまま倒れていく。馬車ごと。

 見れば、アイリスも斜めに倒れ込みかけていた。そこで気がつく。馬車が縦に両断されている。前に乗っていた御者は、即死だろう。

 さらに景色が上向くと、人が降ってくるのが見えた。見えている限りで三人。総数はこの三倍はいるだろう。

 降ってきた三人が、ヒロが乗っている方の馬車を蹴り飛ばした。馬車の半分は崖から踏み外し、真っ逆さまに落ちていく。その中に乗っているヒロも、抵抗できずに転がり落ちていった。

(次に行うのは、僕とアイリスの分断だ。アイリスを足止めしている間に、僕を始末すればいい――)

 転がされ、ぶれる視界の中で。アイリスが翼を広げた。こちらを追ってくるつもりだった三人が一瞬足を止め、二人戻る。

 つまり一人だ。こちらを殺すべく迫ってくるのは。

 彼は文字通り半壊した馬車の中で、なんとか意識だけは保つべく。体を小さくし、馬車の奥に固定して。地面に届くのを待った。






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