プロローグ
この世界は、ほんの少しの不思議と溢れんばかりの直視し難い現実で満たされている。
人間がこの惑星に誕生してからすでに気の遠くなるような月日が流れたが、人の本質と言うモノは最初から全く変わってはいなかった。
――詰まる所、それは奪い合いの歴史だ。
外観こそは半裸で棍棒振り回していた時から幾許かの発展を遂げたものの、未だ人間という生物は同種内での紛争と闘争を繰り返していたのである。
コンピューターと言うモノが家庭用に普及し始めた後、それは正に光の速さで世界中を覆い尽くした。
コンピューターは別のコンピューターと繋がりまるで蜘蛛の巣のように、恰も性質の悪い病原菌に勝らんばかりの勢いで星の隅まで行き渡り莫大な規模のネットワークを築き上げたのである。
それは人間の主観的には高度なテクノロジーによる人類の更なる進歩の輝きと映っていたが、実の所テクノロジーの過度な浸透は人間本来が古来より持ち得ていた意識や信念の変革を助長するものであったのかもしれない。
電脳空間と名付けられたコンピューターネットワーク上に展開される、人間の意識を疑似的に介するための仮想空間の台頭。
己の肉体に電子機器や人工筋肉、高反射神経や皮下装甲を埋め込むことによる身体改造であるサイバー技術。特殊な薬物やら電磁波を脳に流し変容を促すことにより、新たな可能性を生み出す超能力開発研究。
複数の高次元人工無能による、都市内における政策、審議、解決。
世に存在する利益と言う利益を貪り奪い合って拡張、成長――否、際限の無い肥大化を続ける超巨大企業の躍進。
それに伴う、自然への悪影響を顧みない環境汚染や深刻な公害の発生などなど……。
正しく此処は、そんな例を挙げればキリが無いほどにどうしようもない世界であった。
――されど、人間と言うモノは思いの外しぶといもので、如何なる環境に放り出されたとしても徐々に其処へと根を張り繁茂することのできる生物なのであった。
無論、種としての取捨選択や環境への適応可否のバラつきについては論じるまでも無いけれど。
これはそんな世界で日夜足掻き、懸命に生にしがみ付く人間の物語である。