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学園刀争記  作者: kooo
3/5

広いお風呂は気持ちがいい

三章の1という扱いです。

椿姫視点で三章は進みます

 ベッドの脇に置いた目覚まし時計が甲高い電子音を奏でている。

 私は横着にも顔を向けることなく手探りで時計をたぐり寄せると、眠い目を擦りながら時間を確認した。

 もう朝か。


『おはよう椿姫。昨夜なにやら魘されてておったぞ、大丈夫かえ?』

「おはよう赤鈴。大丈夫よ。ちょっと考えごとがあるだけよ」


 心配してくれる赤鈴に朝の挨拶をして布団から抜け出る。

 昨日は各クラブの予算振り分けが夜遅くまで行われ、帰ってきた頃には時計の針は十時をまわっていた。

 その時計はいま五時を指している。

 軽くシャワーを浴びて床についたけど、天下御免の印籠のこと、裏部会のことが頭の中でごっちゃとなり、寝付けなかったのが痛かったか。

 眠気を振り払い洗面台で顔を洗ってジャージに着替ると、荷物が入った袋を背負い、赤鈴を腰に差していつものランニングへと出かけた。

 早春の日射しはやわらかく、風に運ばれてくる若草の匂いと葉桜へ変わりつつあった新緑の風景が目に飛び込んでくる。


「姫ちゃんおはよ〜」

「おはようございます」


 すれ違う馴染みの早朝ランナーと朝の挨拶を交わし、目的地へとひたすら走っていく。

 私が住んでいる新興住宅地街を抜け、川を一つ挟んだ向こう岸は木の板を組み合わせた板塀や石垣の上に柱と土塀作りの築地塀が囲む大きなお屋敷街が建ち並ぶ、元武家屋敷通りに差し掛かった。

 広大な敷地の土塀が長々と続き、それが途切れると横に人が出入りするための小さな戸口を備えた大きな門が現れる。

 一般的には武家屋敷門と呼ばれる、昔の大名家や武家に多く用いられた造りの門構えだ。これらは武士の位により作り方や大きさが取り決められ、ここら辺にある多くの家は位が高かかったのが比較的大きい門が多い。

 武家屋敷門で今も残っているのは元加賀藩上屋敷だった東大の赤門などが有名だ。


 立派な家をいくつか通り過ぎ、どこよりも古くささを感じさせる建物の前で足を止める。

 門の上には大きな筆文字で「小武石道場」の看板が掲げられていた。

 夜間でも出入りが自由な門扉は常に開け放たれ、私はその下を潜って道場へと足を進めた。

 カラカラと鳴る横開きの扉を開け、広い三和土で靴を脱ぎ、下駄箱にしまうと、通い慣れた廊下を進む。

 きしむ板張りの廊下を曲がり抜け、広間に足を一歩踏み入れると、檜の香りと練習生がしみこませた汗の匂いが私を出迎えてくれた。

 広さにして何十畳あるかわからない道場はいくつもある太い柱に支えられた高い天井と、黒光りする床板が何十年かの歳月を漂わせていた。


「姫ちゃん、いつも早いねぇ」

「師範、おはようございます」


 紺色の胴着に身を包んだ、年の頃四十過ぎになる如月師範が振っていた木刀を休めて振り返る。


「遅くなってすいません。今、床掃除しますね」

「いやいや、いいよ。床ふきなら十兵衛君がやってくれたし」

「普段は不真面目なのに、こういったときは真面目なのよね。十兵衛って」

「ははは。今の世の中じゃかなり珍しいよ。いまどき早朝稽古をする若者なんて、君と十兵衛君くらいだよ」

「ボクもいるけど」

「びっくりした。如月さん、いらしたのね。気がつかなかったわ」

「うそばっかり。道場にはいった辺りから警戒していたのがバレバレだよ」


 練習用なのか、特別に仕立てた木製の長巻を小脇にかかえて、如月さんが音もなく近寄ってきた。

 猫の忍び足。道場の主たるおじいちゃん達からはそう謳われた彼女のスリ足で、背後から近寄られては気がつきようもないのに。


「真が早朝稽古に出るのは年に一回ほどだろ。今日はいったいどういう風の吹き回しだ」


 師範が私と如月さんの間に立ち、彼女の頭に手を置く。

 普段は厳しい如月さ師範も愛娘の前では父親の顔が見え隠れする。それは普段、父と離れて暮らす私からすれば羨ましくもあった。


「パパ、理由がないと稽古場に顔を出しちゃだめなの?」

「ここでは師範と呼びなさい。稽古は毎日の鍛錬が賜だとおじい様も言っていただろ」

「パパこそおじいちゃんのことを館長って呼ばないとだめじゃんか。今日来たのは十兵衛に聞きたい事があったんだ。学園内ではゆっくりと話せそうもないし」

「そう言えば十兵衛はどこに?」

「おしえなーい」


 師範に聞いたのだが、すかさず如月さんが私に言い返す。

 本当にこの娘は……。

 十兵衛のことになると敵対心をむき出しにしてくるのは、ほとほと呆れる。


「十兵衛君は瞑想室で鍛錬してるよ。その後は風呂掃除をしてそのまま朝風呂に入るそうだよ」

「あ、パパ言うなよな」

「師範と呼びなさい。まったくお前はなんで姫ちゃんにいつも突っかかるんだ」


 ベ〜、と綺麗なピンク色の舌を私に向けて出すと如月さんは師範から小言を食らう前に道場を去って行った。

 あの子供っぽい態度は昔から変わらないなぁ。

 あ、退場前に一礼をしていったのは変わったか。

 立ち去る如月さんの背中を見送って、私は嘆息した。

 彼女の思惑も私と一緒か。

 十兵衛は響鬼先輩が出した印籠を一目見て『天下御免の印籠』と断言した。

 存在を誰もが知りながら、実物を見たことがある人間は少ない。

 先代の総合生徒会会長が印籠の所持を明らかにする前、印籠の偽物は星の数ほど作られていた。乱立する『天下御免の印籠』を駆逐し、本物と制定したのは先代の所行といってもいい。

 その後、偽物対策のため、本物の存在は総合生徒会と極一部の生徒会支部長にのみ口伝され、一般生徒が実物の姿を知ることはないはず……。


 十兵衛は何かを知っている。

 あの場で問い詰めたい衝動を堪え、帰宅後に尋ねようとしたけど、さすがに夜中の訪問は躊躇われた。

 モヤモヤとする気持ちを抑えて、朝稽古のときに訊こう思ったのに。

 瞑想室か、あそこに入ると、なかなか出てこないのよね。

 帰る道すがらに訊ねるか。

 頭の中を整理するためにも、朝稽古のメニューをこなすことにした。


「稽古ありがとうございました。お先に失礼します」

「ありがとうございました。姫ちゃんの打ち込みを受けるのも段々しんどくなってきたよ。それだけの腕前があれば塾頭として後進の育成に打ち込んでみてはどうかな」

「私が塾頭なんて、そんな。まだまだ未熟です」

「謙遜しないで。僕だって館長達の足下にも及ばないんだから」

「私よりも十兵衛の方が実力はあると思います。後輩にも人望がありますし。男の子限定ですけど」

「あー、十兵衛君は実力は飛び抜けているんだけどね。その、じつはこれは内緒なんだけど、館長達に止められていてね」

「おじいちゃん達に!?」


 如月師範は「しっ」と人差し指を口元にあてて言葉を遮り、耳と元に口を寄せた。


「どうも館長達はよからぬ事を企んでいるようでね、今いないのもその一貫らしいんだ」

「おじいちゃん達が武者修行の旅に出ると言って家を出てからすでに一年半は経っていますよ」


 師範は腕を組んで唸りながら頷く。


「僕もさぁ、それは困っているんだよね。いつまでも館長代理としてこの道場を切り盛りしていくのも辛いしさ。ほら、僕って婿養子でしょ、本家の如月道場も見ないと行けないし、出来れば君たちに任せて楽したいんだよね。真も母親に似て厳しくなるしさ、この前なんてお父さんの下着と一緒に洗濯物洗わないでとか言っちゃうし、昔はパパのお嫁さんになるなんて……」


 如月師範の愚痴が始まってしまった。これが始まると長いのよね。

 そっと気配を消すように師範から離れて、道場へ一礼する。

 師範には申し訳ないけど、まともに相手をしていは学校へ遅刻してしまう。

 朝稽古でほどよくかいた汗を流すために大浴場へと足を向けた。

 これも私の楽しみの一つだ。

 昔は何十人もいた道場生が、稽古後に汗を流すために作られたお風呂は私のお気に入りだった。

 家のお風呂も割と大きいけど、ここのと比べちゃうと物足りないんだよね。


 女湯と書かれた扉を開け、脱衣所で汗に濡れた胴着を脱ぎ浴室の扉を開ける。

 早朝の冷気と風呂場の熱気が合わさった湯気がたちこめ、私の視界を一瞬白く染め上げた。

 白い湯気のなか湯船につかる人影までは確認できたが、誰が入っているかまではわからない。

 この時間に女性で道場にいたのは私と如月さんくらいだし、彼女が先に浸かっているのかな。

 如月さんだとすれば、体を洗っている最中にイタズラをされそうで怖いなあ。


 少し警戒心を強めてカランのボタンを押すと桶にお湯が勢いよく注がれ始めた。

 それをかけ湯に何度か繰り返して体を徐々にお湯にならしていく。

 桶を置くたびにカポーンと浴室に響く音が耳に心地良い。

 如月さんは湯船に浸かったまま動こうとはせず、振り返ってみると湯船で体を伸ばしきり、顔には手ぬぐいをあてて寝ているように見えた。

 大丈夫かな。お風呂で寝ちゃうと溺死することもあるのよね。

 彼女の方を心配しながら、手早く体を洗ったあと、少し距離を取ったところで湯船に体を浸ける。


 ゆったりと張られたお湯を溢れさせながら手足を思いっきり伸ばすこの開放感。

 はぁ〜、たまらない。

 思いっきり伸びをした後、再び如月さんの方へ視線を向けても、彼女は私が浴室に入ってきてから微動だにしていない。

 さすがに怖くなってきた私は彼女に近寄り話しかけた。


「ねぇ、大丈夫? お風呂で寝るのは危険よ」


 立ち上がって彼女の側までいき声をかけると、意外にも返事はすぐに返ってきた。


「ああ、わりぃ、ついうとうとしちまった。って、あれ? なんで椿姫の声が……」


 立ちこめていた湯気の向こうで顔にかけていた手ぬぐいを外し、こちらへ向けた顔は紛れもない十兵衛だ。


「きゃあ! 十兵衛! あなた何をしているのよ!」

「いあいあいあいあいあ! お前こそなんでここにいるんだよ!」

「何をって、ここは女湯よ!」「何をって、ここは男湯だろ!?」

「「え?」」


 呆然と立ち尽くす私と十兵衛の視線が重なり合い、顔を赤くした彼が視線を逸らした。


「あー、なんだ、その、椿姫さんや。しゃがんだらどうよ。あれだよ。丸見えだぞ」


 派手な水しぶきをあげて、すぐさま体を湯船に沈めた。


「見た?」

「ん〜、ここで見てないって言っても無駄だろ?」


 改めて言われると恥ずかしさで顔から火が出そうだけど、


「まぁ、いっか。十兵衛だし」

「いいのかよ!」

「小さい頃はよく一緒にはいったじゃない」

「昔と今は大きく違いますよ!?」

「何が違うの」

「いや、胸とか、色々ですよ」

「スケベ」


 私がそう言うと十兵衛は湯船に顔を沈め、耳を真っ赤に染めて無言になる。

 まったく普段はスケベな行動ばかり取っているのに、肝心なところでは初心というか純真な態度をとるんだから。


「あのな、誤解がないように言っておくと、俺が入った時は確かに男湯の暖簾がかかっていたんだぞ」

「私のときだって女湯の暖簾がかかっていたわ」


 となると、導きだせる答えは一つ。


「真か」「如月さんね」


 まったく、あの娘は。

 十兵衛が入った後に表の暖簾を入れ替えたのね。

 再び無言になった十兵衛との何とも言えない空間を打ち破るように、浴室の扉を勢いよく開ける音が室内に響きわたる。


「ジュジュ、僕のナイスパスはどう!? 久々に神導さんの裸を見られたかな? それとも殴られた?」

「真、おまえなぁ。もう子供じゃねーんだから、こういったことは……って、おい、椿姫さん?」

「あら如月さん、せっかく良いところだったのに邪魔しないでくださる?」


 普段からイタズラばかりする如月さんに、私も対抗すべく、十兵衛の腕を取って身を寄せた。


「おい、椿姫! 何をやって」

「何よぉ。私の体に見惚れていたくせにぃ〜。いいのよ。十兵衛になら何をされても。さっきの続きをしましょ」


 誰にも聞かせたことのない猫撫で声を十兵衛の耳元で囁き、流し目で如月さんに視線を向ける。


「あら、まだいたの如月さん。そろそろ出て行ってくださる? 彼と二人きりになりたいの。あ、そうそう、お礼を言っておかないとね。私と十兵衛の仲を取り持ってくださってありがとうございます」


 丁寧に彼女に向けて頭を下げると、指先が白くなるほど拳を握りしめた如月さんは、閻魔大王も裸足で逃げ出しそうな表情を浮かべていた。


「……くもはいる」

「は? 聞こえませんわ」

「ボクもはいる!」


 彼女は身につけていた服をその場で脱ぎ捨てると、湯船へと飛び込んできた。

 天井まで上がった水しぶきに、一瞬視界が奪われるなか、スルリと絡めた腕を抜いて十兵衛が一目散に脱衣所へ逃げ出す姿が見えた。

 本来の女湯の姿を取り戻した湯船に女性が二人、互いに視線を合わせて、勢いよくそっぽを向く。

 普段から俺はスケベ王になるとか豪語しているくせに……。


「「十兵衛の意気地なし」」


 認めたくないけど、如月さんと同時に放った言葉は寸分の違いもなくシンクロしていた。

久々の更新です。

きっとお話しとしては忘れ去られていると思いますが、こちらも徐々に書きためています。

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