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学園刀争記  作者: kooo
2/5

天下御免の印籠

 四月というのは各クラブにとって命運を分けるだいじな期間だ。

 うるさい先輩がいなくなり最高学年になったばかりの新三年生、ようやく雑用から解放され喜びに打ち震える新二年生たち。

 悪魔に魂を売り渡した上級生が手ぐすね引いて、新しい学年にあがったとれたてピチピチの新入生を刈り取る場、それが四月なのだ。


 中学からエスカレーター式に上がってきた者は事情を知っているが、余所から来た新一年生は、食虫植物のように待ち受ける先輩達の甘く鼻腔をくすぐるメープル風味に彩られた言葉とやさしい仮面に騙され、その魔手に捕らわれていく。

 上級生による説明会は戦場ヶ原学園の風物詩のようにあちこちで見かけ、後輩にどんなに舐められた発言をされようとも、薄ら笑いを張り付け、仮入部期間が過ぎるのを土中にいる蝉のように堪え忍ぶ。そして、本入部になった途端、偽りの仮面をかなぐり捨てさり、その本性を現すのだ。

 あちこちの部室や運動場から聞こえる阿鼻叫喚を第二の風物詩に学園の四月半ばが過ぎる頃、予算編成という名の試練が各クラブに降りかかる。

 昨年の実績と新しく入った新入生を生徒会が査定して予算が組まれ、予算会議という名の合戦が始まるのだ。  


 俺と真は半蔵門を抜け、走って五分ほどの距離にある予算会議が行われている総合生徒会本部へと入っていった。

 六十階建ての本部一階にある待合室は予算編成を待つ部長や部員で溢れかえり、俺と真は人混みを縫うようにして受付まで辿り着くと、すでに他の茶道部の面々が会議室に集合して予算編成の話し合いが始まっていると告げられた。


「出遅れたか。どうすっかな」

「まだ始まったばかりみたいだし、すこしでも交渉しようよ」 


 真の言葉もあり、受付に案内されて会議室の扉をあけると、その場にいた各茶道部代表の鋭い視線が俺たちに突き刺さる。

 普段なら大歓迎の熱視線も、今回ばかりは御免被りたい。

 対面式に配置された二列の長机には入り口を手前として奥側に第一生徒会の面々、そしてこの場の誰よりも美しい椿姫がいた。

 彼女の座席の名札には総合生徒会副会長とう役職が刻まれている。


「よぉ、椿姫」


 向かい側に座る椿姫に挨拶をすると、彼女は軽く微笑みを返してくれた。


「遅刻してきた上に進行を遅らせる行為は慎んでいただきたいですねぇ」

「げっ。ヒキガエルもいたのか」

「だれがヒキガエルだ! この年中色情魔が」


 俺へ嫌味を投げつけてきたのは、高等部二年生第一生徒会会長、響鬼渡。

 学園の中でも一、二を争うほど椿姫ファンを自称する響鬼とは、中学生時代からの因縁である。

 二人の出会いは夏の暑い日射しが草むらに照りつけていた日のことだった。

 こんな暑い日にコンクリート仕立ての屋上に寝そべってじっとしている奴の気が知れない。

 もちろん俺のことだが。

 そこは真夏のプールが観測できる絶好の場所であり、有力な場所は風紀員の見張りが巡回するなか、俺が見つけた場所は本当に誰も見向きもしない、視力に絶対的に自信を持つ者だけが立ち入ることを許される聖地だった。

 目的はもちろん椿姫の水着姿だ。

 そこに奴は現れた。

 通称タケノコと呼ばれる巨大レンズをつけた一眼レフをひっさげて。

 俺と奴との違いがあるとすれば、椿姫の成長過程を心という名の媒体に記憶するのか、実用的に電子媒体に記憶するかだろうか。

 俺がこの学園に入学して以来一年の月日を費やして探し出した狩場で鉢合わせした響鬼に、幸せは分かち合うべきだという力説が通じたのか、奴は涙を流しながら俺にデータを差し出してきたのである。そのとき響鬼は気絶していたが、そんなことは知ったことではない。 

 だが、“なぜか”噂はあっという間に広まり、椿姫本人がそのことを知るのに時間はさほど必要なく、見つかった俺は、


「このデータは全男子生徒の宝だ! ワンピースだ! このデータを預けられるのは君しかない。全てを君に託す」


 涙ながらに訴える響鬼に、そこまで言われては断ることは出来なかった、と全ての罪を奴になすりつけたのである。

 響鬼自身が隠し撮りをしていたことは事実だったし。

 椿姫に居合胴抜きを打ち込まれ、肋にヒビを入れられた俺と、椿姫の背負い投げによって無様にも「ゲコッ」と鳴いた響鬼のどちらが不幸だったのかは察していただきたい。

 それ以来、俺は響鬼をヒキガエルと呼び、あいつは俺を親の仇とばかりに憎んでいる。

 当時の真にそのことを語ると、「隠し撮りもどうかと思うけど、逆恨みでもないと思うよ」だそうだ。俺にとっては女性以外の恨みは全て逆恨みと受け取るんだが。


「みなさん、ゴミカスが邪魔をしてすいません」

「あんだと!?」

「十兵衛。め!」


 吐き捨てるような響鬼の言葉と、その隣に座る椿姫の『め!』の対比はすさまじく、言い返す気力もなくなった俺は大人しく椅子に座ることにした。

 響鬼もそれにやられたらしく、俺への嫌味口撃もやめて椿姫を見つめて薄汚いニヤケ面を晒している。

 その光景をみていた真が俺へと向きなおり、


「ジュジュ、め!」

「め? 目がどうし……、ぐぉ、目がぁ目がぁ!!」


 真に目突きされた。

 危険だよ! 失明したらどうするの!

 訳もわからずふてくされる真を余所に、その光景を見ていた響鬼は我に返ったのか議題を進め始めた。


「あ〜、話を進めます。茶道部筆頭の千家、裏千家にはそれぞれ予算を五百万ほど、それ以外のクラブは三十万ほど用意しています」

「おお。真、聞いたか? 予算三十万だってよ。けっこう用意してるじゃん」

「零部は予算ゼロだ」

「んだと!? このヒキガエル野郎、私情を挟んで仕返したぁ根性ひんまがりすぎだろ」

「誰がヒキガエルだ! それに私情など挟んでおらん。査定の結果こうなったんだ」

「どう査定したらウチがゼロになるんだ」

「お前の存在自体がマイナスなんだよ! 学園の恥さらしが」

「ああ!?」

「まぁまぁ、落ち着きなよジュジュ」


 机を飛び超えて殴りかかろうとする俺の腰にしがみついた真は、代わりにヒキガエルに質問する。


「なぜウチだけゼロなんです。部として存続している以上、最低予算は付くはずだけど」

「それは私から説明させていただきます」


 隣に座っていた椿姫が立ち上がり、俺の方へ、春の日差しのような暖かでやわらなかな視線を向けてくる。ヒキガエル相手ならいくらでも喧嘩を買うが、さすがに椿姫相手ではそれもできず黙って説明を待つことにした。


「予算の決め方ですが部員一人につき千円から五千円の予算がつきます。そこに去年の部活動としての実績を加味して査定が行われます」

「それだとしても五人からなる部なら最低五千はつくはずだよね」

「そのとおり。でも零部は実質十兵衛と如月さんの二人で、他の三人が幽霊部員だというのは調べがついているの。活動がどうであれ、部として存続している以上、あなたが言うように予算はつくわ。問題は去年の実績よ」

「去年の実績と言われても先輩方は引退されたし、よくわからねーな」


 椿姫と真の間に入って俺はつぶやいた。いなくなった人間の実績を考慮されても困る。


「引退じゃないだろ! 貴様がたたき出したんだろうが!」

「うっせ、ヒキガエルはゲコゲコ言ってろ。俺は椿姫と話してるんだよ」

「貴様なんぞと神導さんが話すこと自体が美に対する冒涜なのだよ」

「俺は歩く汚物か!」

「それ以外どう表現していいかわからんね」

「二人とも止めなさい!」


 机を挟んでにらみ合う俺らの仲裁に入りつつ、椿姫はため息をついた。


「十兵衛は知ってるでしょ。旧零部が何をしていたか。恐喝や強請は当たり前、時には暴力による略奪すらおこなっていたの。本当なら今年度に零部は廃部を言い渡されるはずだったのよ」

「だから追い出した実績を買って百万ぐらいくれてもいいだろ」

「お前の存在がマイナスだと言っただろ!」


 ヒキガエルが唾を飛ばしながら身を乗り出してきた。


「追い出したのは良いとして、その後のお前による女子更衣室などの覗き行為、女子生徒に対する猥褻行為、あまつさえ女子教員(若い人ばかり)にも手を出すなど言語道断!」

「猥褻とか言われると卑猥すぎるだろ。ただのスカート捲りという健全な競技のトレーニングなんですよ。しかも最近ガードが高くてみんなスパッツ履いてるし」

「そんな競技などない! この破廉恥者が!」

「先生! 隠し撮りは破廉恥じゃないんですかぁ」

「隠し撮りなんぞしていない! 私は美の追究をしていただけだ。美しい花々や風景をとることが隠し撮りになるのかね」

「椿姫聞いたか? お前って風景と一緒なんだって、人間的にはぜ〜んぜん好きじゃないってさ」

「誰が好きじゃないと言った! この世の誰よりも……って何を言わすか!」

「何を言い出すんだ。この変態ヒキガエルが」

「やめなさい!!」


 耳を劈く椿姫の一喝が部屋中に響く。


「放っておくとすぐに喧嘩をはじめるんだから。会議が進まないでしょ」

「「すいません」」

「議長も言っていたけど、十兵衛の素行不良が予算カットの原因なの。これに懲りたら変な行動はお止めなさい」

「え〜、俺の生き甲斐なのに」

「別な生き甲斐を見つけなさい」

「んじゃぁ、椿姫のスカート捲りに心血を注ぐ!」

「別の事に心血を注ぎなさい! それに私ので良かったらいつでもどうぞ」

「まじでか!」

「捲れるものならね。捲った瞬間にあなたの腕が斬られてもいいのならいつでもどうぞ」


 椿姫なら本当にやるから怖いよ。


「ジュジュ、もうやめなよ。ジュジュが変態行動を止めるわけないんだし」

「真くぅ〜ん、どーいうことぉ」

「君は根っからのスケベなんだし、スケベ=君。君=スケベ。スケベさを取ったらジュジュじゃなくなるじゃんか」

「お前は俺をそーいう目で見ていたんですね! だいたい男たるもの全体の八割はスケベかむっつりスケベなんだよ」

「残った二割が気になるよ」

「一割が変態であり、残り一割はそれ以外だ。なぁ響鬼先輩」

「ああ、その通りだな……って何言わすんだ! 私はそんなこと知らん!」

「変態王である響鬼先輩も認めてくれたことだし、それが男なのだよ真くん」

「はぁ。もういいよ。とにかくジュジュが更正することはないんだね。それにこの予算編成で決まった額がそのまま一年続くわけじゃないし」


 真が放った言葉でこの場の雰囲気がガラリと変わる。

 千家、裏千家、他クラブの部長達はお互いを牽制し合い、会議室は緊張感に包まれた。

 そう、この場で決まった予算など暫定でしかないのだ。

 本当の予算を決める戦いはこの後に待ち受けている。


「零部にはボクとジュジュの“無敗十傑”が二人もいるんだよ。予算なんて奪えばいい」

「聞き捨てなりませんね、如月さん」


 今まで俺らの会話を黙って聞いていた茶道部千家部長が真へ向き直る。


「私たちが黙ってあなた方に予算を明け渡すとでも?」

「別に叫びながらでもいいよ」

「ちょっと調子に乗りすぎじゃありませんこと。いくら決闘システムが常識とは言え、私たちが黙って勝負を受け入れるとお思いですの?」

「君達がボクらの勝負を受ける受けないは自由さ。怖いなら逃げればいい」

「なんですって!」

「おい、やめろ真」


 千家部長は立ち上がり今にもこちらに迫ってきそうな勢いだ。それに比べて真は脚を机になげだし、パイプ椅子の後ろだけでバランスをとるよう座っている。

 その態度がさらに相手を挑発し、千家部長が神器に手をかけるのを待ち構えているようにも受け取れた。


 でました。これが予算編成の第二の陣。

 弱肉強食が当たり前の戦場ヶ原学園では、生徒会に決められた予算は不変ではない。

 四月二十日から三十日までの間に限り、相手との合意が得られれば勝負事により、予算を奪い合うことができる。

 勝負形式は何でも有り。

 野球部だからといって野球で勝負するわけではなく、カラオケだろうが、ダーツだろうがなんでもいい。

 それが例え神器をつかった真剣勝負だとしても。

 まぁ、戦場ヶ原学園とはいえ真剣勝負は御法度なんだけどね。風紀委員もすぐに飛んでくるし。

 こういった校風があるから、この学園に通う生徒は血の気が多いと言われるんだ。


「ええい、やめんか君たち! ここは予算を決める場であり、奪い合う場ではない!」


 緊迫した空気を破ったヒキガエルはさらに続ける。


「奪うのなら零部から部室を奪うとかそういったことにしておきたまえ」

「なんでだよ!」

「我ながら名案だと自負している」

「お前は自刎して死ね」


 お互いに無言で机を乗り越えると胸ぐらをつかみ合った。


「ムシケラにせめて人間様への態度を教えてやる」

「そらどうも。ぜひ良い隠し撮りポイントをご教示いただきたい」

「やめなさい!」


 取っ組合いを開始する俺らを引き離そうと椿姫が間に入ってくると、ヒキガエルはすぐに手を離すが、俺に言わせれば何が学園一の椿姫ファンかと笑いがこみ上げるほど滑稽な姿にうつるね。

 椿姫は性格上、異常にパーソナルスペースの警戒心が強く、ここまで接近を許すことなど滅多にないのだ。

 この機会を生かさない奴が椿姫ファンを名乗るなど甚だおかしくてヘソが茶道部、もとい茶をわかすってなもんだ。

 響鬼をあざ笑いながら、俺はあくまでも椿姫に引き離された演技をしながら、右手を椿姫の胸元に移動させる。この時に決して視線を目的地に動かしてはならない。

 女性の胸をチラ見する男子諸君、彼女たちはその視線移動を決して見逃していないと忠告しておこう。

 彼女たちはハンティング“される”か弱い生き物ではなく、ハンティング“させている”狩人なのだ。

 あくまでも、手は自然に置きにいく。触るのではない、置いた手の先に胸が飛び込んでくるようにする、これ大事。

 柔らかい感触がその手に飛び込んで俺がニヤケるのと、椿姫の顔が赤くなるのと、響鬼が青ざめるのはほぼ同時だった。


「ふむ。やっぱり成長しているな」


 ぽそっと感想を漏らすと、椿姫の腰元で『ちりん』と鈴の音が鳴った。

 やばい! この鈴の音は朝方聞いた物とはまったくの別の音だ。

 椿姫の『赤鈴』が鈴の音を鳴らすもう一つの意味合いは、殺気を込めた一撃が発動する時!

 極上の感覚を寸秒も楽しめず、一瞬にして総毛立つほどの殺気が首元を薙いだのはその鈴の音と同時だった。

 『赤鈴』がその殺気を追って俺の首元にくるのは火を見るよりも明らかであり、この距離からの椿姫の居合いを躱すのは不可能だ。

 ならば……死なば諸共、どうせ死ぬならその胸の中で死なせてくれ。

 椿姫へ飛びつく意表を突いた俺の行動に、彼女はとっさに防御ができず、そのまま二人して倒れ込む。もちろん俺はすばやく自分の体を床と椿姫の間に割り込ませ、クッション代わりになったけど。


「ききき、貴様ぁ!」

「ジュジュ!」


 床に倒れ込んだ俺の上に椿姫が重なるように乗っかっているのを幸いに、思い切り抱きつこうとする暇もなく、真とヒキガエルが俺と椿姫を引きはがした。

 引き離された瞬間に居合いが炸裂するかと警戒したが、椿姫の勘気は逸れたのか彼女はだまってスカートの裾を直していた。


「もう黙っていられん! 貴様のような奴は大空よりも広い心の持ち主である私が許しても天が揺るさん!」

「天も狭くなったな」

「零部は廃部にする!」

「お前の権限でそこまではできないだろ」

「黙れ黙れ! これが目に入らぬか!」


 響鬼は胸の内ポケットから印籠を取り出すと目の前に高々と掲げた。

 別にこの印籠には某時代劇でお馴染みの三つ葉葵の紋所があるわけもなく、代わりに金字で『天』と書かれている。いや実際は『天』だけはなく他の語句が続くのだが、響鬼の持ち方が変なのか、右手に握りしめられた印籠の上の部分しか露出していないため、『天』だけが見えている状況だ。だが、この印籠こそ戦場ヶ原学園では絶大な効果を及ぼす『天下御免の印籠』の噂はみんな知っていた。 

 この印籠を持つ者は学園内において、どんな望みも叶えることができるドラゴンボールのような存在と伝えられ、絶大な力を持っていた先代総合生徒会会長が所持し、彼の卒業と共に消えさったはずの代物。

 その印籠がこいつの手にあったとは。


「控え居ろう! これこそ『天下御免」の印籠なるぞ。頭が高い! 」

「ははぁ〜。……って誰が控えるか! ヒキガエル、それをどうした!」

「ふ、俺の功績を認めてくれた先代総合生徒会会長が俺に託したのだ」

「嘘をつくな嘘を」

「嘘ではない! 今この手にあるのが何よりの証拠だ!」

「見せてみろ」

「お前の目は節穴か。今こうして見せているであろう」

「そうじゃない。お前が握りしめている下の部分も見せてみろと言っている」

「ななな、何を。貴様がごとき俗物がこの印籠の一部でも見られたことを光栄に思え。それだけで十分だ」

「い・い・か・ら!」


 下郎がとかわけのわからない叫び声をあげる響鬼を押さえつけ、真がその手から奪い取ると、印籠の上の部分だけがその手にあった。

 印籠とは小物や薬を所持するための容器のことで、印籠自体は三つから五つほどに分割出来る構造となっている。それを両端に通す紐でまとめ上げ一つの形となすのだが、響鬼が持っていたのはその上の部分だけだったようだ。


「下の部分はどうしたよ」

「ななな、なんのことかな」


 恥ずかしいほどに目を泳がす響鬼はせわしなく手を組んだり顔をかいたりと動揺していることをアピールしまくりだ。


「天下御免の印籠は印籠という形を取ってこそ効力をなす。学園に伝わる言葉だよな」

「ふん! この印籠は例え一部分であろうとも効力をなすのだよ! もともと部としても存続していること自体が怪しい貴様らのところなど無くなって当然だ。返したまえ!」


 真が弄んでいた印籠の一部を取り返した響鬼は強気な態度に出てきた。


「へぇ、それって一部分でも効力発揮するんだぁ」


 自分の手中から簡単に印籠の一部を取られた真はその瞳に冷徹な光を宿し、自分の懐へと手をやった。


「ならボクも願っちゃお! 零部に部費一千万を要求する!」


 真が懐から手を出すとそこには黒漆塗りされた木片が納まっており、それには『下』と書かれていた。


「ええええ、真、おま、それ!」

「いやぁ、これ拾ったんだけどさ、何かわからなかったんだよね。でも、作りから値打ち物かもと思ってさ取っておいたんだ」

「さすが真くん! 何かしてくれると思ってた」

「もっと褒めて良いよ」


 口をパクパクとさせている響鬼を尻目に俺らがハシャギまくると、


「しゃ〜〜〜ら〜〜ぷ! 貴様らが持っている物など偽物にすぎん! そんなもので天下御免など笑わせてくれるわ!」

「お前の持っているのだって偽物かもしれんだろ」

「私のは本物だ」

「証拠を見せてみろ」


 貴様こそ見せてみろと、言い合いが小学生レベルにまで低くなった頃合いを見て、赤鈴の刃が俺らの前に突き出された。


「いい加減にしなさい。どっちみちその印籠が偽物でも本物でも全部揃ってないのなら効力は発揮しません」

「しかしだね、神導くん、私は君のためを思ってだね」

「私のためを思うのでしたら、どうかこの場は穏便にすませて会議を進めてください」


 シュンと縮こまるヒキガエルを笑い飛ばそうとしたところに、刃をこちらに向けた椿姫がニコリと笑う。


「十兵衛もいい加減にしないと本気で怒るわよ?」


 君子は危ういときに騒ぎを起こさずだ。その後は黙って議題が進むのに任せて会議は解散となり、零部の予算はゼロと決まった。

 長引いた会議にうんざりしたのか他の茶道部はそそくさと会議室を後にし、生徒会もそれに続く。

 扉を抜けようとする響鬼に向けて俺は忠告めいた事を発した。


「響鬼先輩よ。その印籠の一部が偽物であれ本物であれ気をつけた方がいいぜ」

「は、脅しとは下賤な人間にふさわしい発言だな」

「おいおい、俺は親切で言ってるんだぜ。先代以降紛失したと言われていた印籠の一部を持っている奴がいる。こんな情報が出回ったら獲物に群がる人間がこの学園にどれだけいると思ってるの」

「私が襲われるとでも? 貴様に心配されるようじゃ私もお仕舞いだ。忘れたのかね、私も“無敗十傑”の一人なのだよ」

「“元”でしょ」

「う、うるさい! とにかく私から奪えるというのなら奪っていけば良い。この学園の門を潜り抜けた者にはそれなりの覚悟がある」

「“裏部会”が動いたとしても、そんな悠長なことが言えるんですかねぇ」

「“裏部会”が!? ふ、ふん。私はそんなことで動じたりせんぞ。君と話しているのは本当に不愉快だ。これ以上何も語ることはない! 失礼する」


 せっかく滅多にしない男への忠告を無視して響鬼は退室していった。

 残った生徒会の面々も響鬼の後に続き、最後に椿姫が扉を抜けようとしたところで、俺の方に向き直る。


「十兵衛、“裏部会”の話は本当なの?」

「椿姫、お前も印籠の噂については色々と聞いたことがあるだろ? 話こそ尾ヒレがついてドラゴンボールのような扱いになってるが、結局のところアレは権力の象徴にされてるだけだ。それを見逃す奴らじゃないね」

「それが本当なら風紀委員が黙っていないはずよ」

「そうだといいけどな」


 それ以上、椿姫は何も言わず場を後にした。

 残った俺と真は彼らの足音が消えるのを待って会議室を出る。また出くわすと他にも因縁つけられそうだし。


「ジュジュ、ヒキガエルが狙われるってことはボクも狙われるってことじゃない?」

「そうだな。ま、そこはいざとなったら何とかするわ」

「かっこぃ〜。頼りになるね」

「まったく響鬼のアホが。争乱の元になりそうなものを振りかざすとは。ああいったものは、こっそりと持つものだ」

「いいじゃない、争乱! 中学校の時や零部の先輩方とやったみたいなのがあるかと思うとワクワクしてくるね」


 まったく。真も中学時代に出会った時よりだいぶ丸くなったと思っていたけど、中身は変わっていないな。

 明日からの指名手配期間、きっと起こるであろう部費争奪戦、天下御免の印籠、考えるだけで争乱の種は埋まりまくりだ。

 真の足取りは軽く、俺の足取りは重い。

 本来なら帰宅時には必ず清廉大女子チアリーディングの練習を見に行くはずなのだが、今日は大人しく帰宅することにしよう。

 はぁ、本当に勘弁してくれよ。


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