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学園刀争記  作者: kooo
1/5

十兵衛と椿姫と真

 人生なんてオギャアと産声をあげる前から、数億の生命が己の存在をかけて一つを勝ち取る優勝劣敗、適者生存からはじまり、下界へと旅立てば生存競争、弱肉強食が待ち受けているってもんだ。

 そんな世界に生まれおちて十五年。いま俺は戦場のただ中にいる。


「十兵衛〜ご飯まだ!? 会社に遅刻するじゃないの」

「飯くらい自分でよそえよ!」

「お兄ちゃん! 私の下着は洗わないでって言ったでしょ! きもいつーの!」

「お前が自分で洗わないからだろ。いつまでも洗濯カゴに入れっぱなしの方がきもいわ」


 俺はいま戦場のただ中にいる。

 平日朝の時間をそう例えても、世の主婦業をなされている方からはきっと賛同の意を得ることだろう。

 年頃男子学生の俺にとって一分でも長く眠っていたい睡眠時間を切り上げ、低血圧で絶対に早起きなんかしない母親に変わり炊事洗濯、さらに自分自身の身支度から食費を浮かすための弁当作りなど、朝の時間はいくらあっても足りやしない。

 しかも、今日は俺が寝坊したため、トーストにハムエッグで済ませようとしていたなか、無理矢理起こした母親から、


「朝食は米粒からでしょう〜」


 ダメ出しをくらった俺は冷凍ご飯を温めようとすると、すかさずスリッパが飛んでくる始末。

 このクソ忙しい中キッチンを動き回る俺の手伝いもせず、母親は起き抜けからダイニングテーブルに座ると飯が出てくるまで一切動こうとしない。まったく我侭な母親のために、俺の貴重な時間がさらに消費されていくのは腹立たしい。

 自称周りからは二十代ですかって言われるのぉ、とのたまう寝ぼけ面した四十歳の母親と、その血を色濃く受け継ぎ、お兄ちゃん手伝おうか、などと天使の囁きにも似た言葉を決してその口から漏れ出すことのない妹の小夜子は、口を開けば今日の朝食は手抜きだの何だのと悪態をついてくるのが俺の日常だ。

 俺自身はトーストをくわえながら洗濯カゴを抱えてベランダに洗濯物を干しているというのに。

 これだ。これが弱肉強食の世界。

 組織を形成する生物界には全てにおいて序列というものが存在し、我が家では母を筆頭に留学した姉、妹、俺=父という順位づけが形成されている。

 力ある者が弱者に対して強い態度を示すのは、犬だろうが人間だろうが同じなのだ。

 ここでは俺と同格の父も本来なら朝の戦場で一緒に家事をしているはずなのだが、彼は俺に向かって、今まで見せたことのない笑顔と台詞を置いて旅立っていった。


「息子よ、父は愛する家族のため単身赴任することになった。あとのことは任せたぞ!」


 今でも父の嬉々とした顔を忘れることが出来そうにもない。


 登校準備を終えて、学生服に身を包む頃にはデジタル時計は八時を示し、いつもはまだ大丈夫と軽い気持ちで構えているのだが、今日に限って言えば絶対に遅刻をするわけにはいかなかった。

 先週発売した人気ゲームに没頭してしまった俺は、今日遅刻してしまうと十回連続遅刻となる。

 それがかなりまずい。

 どれくらいまずいかと言えば、熱した鉄板の上で額を付けて土下座するくらいまずい。

 普段遅刻ギリギリまで家事をしている俺が、この時間に登校することは非常に希で、玄関で靴を履く妹と久々に時間がかぶった。

 いつもは会話らしき会話もない妹から久々に投げられた言葉のキャッチボールは、


「ちょっとぉ、一緒に出る気? やめてよ。兄妹だと思われるじゃない。時間ずらしてよ」


 絶対にキャッチ出来ないような方角に向けて投げつけられた。

 お兄ちゃん一緒に学校行こう、なんて言葉を期待していたわけではない。

 可愛いくて、やさしくて、お兄ちゃん大好き、などと宣う妹は、この世に絶対に存在しないんだと確信させてくれる朝の会話だった。

 言われたら言われたで気持ち悪いけどさ。

 小夜子の言うことなんぞ聞く気がサラサラない俺は争うように玄関の扉を開けようとしたとき、ようやく目が冴えたのか少なくとも三十代前半には見える顔になった母親が、


「十兵衛、忘れ物」


 軽々と二つの黒い物体を投げ渡してくる。

 物体の長さは一尺五寸、重さにして六百グラム前後の小太刀が二本。

 真っ黒な小刀二本を受け取ると『小太刀』から少し甲高い苦情の声が上がる。


『アフォーアフォー、十兵衛のアフォー。神器を忘れるとは戦場に裸で出陣するようなものだァ』

『まったくだチュン。我ら無しでどうやって世上を渡り歩くんだチュン』

「悪かったよ。うっかりしてただけだ」


 さえずる二本の小太刀をさすると、腰の後ろにある専用のホルダーにセットし、すでに小夜子が開け放っていた玄関を抜けて外にでる。

 これが俺の神器、『闇鴉』と『黒雀』だ。

 人は敷居をまたげば 七人の敵あり。

 家から一歩外にでれば競争社会が待っている。

 漫画や小説などの入賞争いからスポーツの勝敗、受験という名の学力闘争、会社員であれば他社企業とのプレゼン合戦、意中の人を得るための恋愛争奪等々。書き出せばキリがないほど世の中は勝負だらけの世界だ。

 弱肉強食の世界は生物界の理だけでなく、いやま人間社会の鉄則だ。

 それ故、この世界では子供が生まれるとその子にふさわしい、もしくは立派に育って欲しいという願いを込めて武具を贈る。

 その武具は飾りやお守り代わりではなく、大往生するその日まで身につけ、刻には己の活路を開き、刻には家族を守る。そして、いつかしか神が宿る『神器』という存在となるのだ。

 俺だけではなく、両親も持っているし、妹の小夜子も薙刀を担いで登校している。

 街を軽く見渡せば学生や主婦、OL、サラリーマンからご老人まで全ての人が何かしらの神器を身につけているはずだ。


 二十八階建てのマンション最上階に位置する自宅から共用廊下を通りぬけ、エレベーターホールまで来ると俺には決して向けられることのない、小夜子の可愛らしい朝の挨拶が聞こえてきた。


「姫姉! おっはよ〜!」


 朝のこの時間は混んでいるのか四基あるエレベーターは未だに到着しておらず、少し広めのエントランスには出勤前のサラリーマンや学生が数人ほどいた。

 その中でもひときわ異彩を放っているのは、俺とほぼ同じくらいの百七十センチという身長に抜群のスタイル、背景にこの世の美しい花々が咲誇り、香り立つ匂いは梅の花のよう、どれほどの美辞麗句を並べ立てても、その美しさには見合うことがないほどの黒髪美少女がそこにいた。

 神導椿姫。

 小さい頃から腐れ縁の幼なじみがそこに立っていた。

 椿姫と書いてツバキと読ませるのだが、彼女を慕う人間は『姫』と呼ぶ。

 久々にこの時間に会った、日の光も眩しい椿姫のブレザー姿は、きっちりと胸元を締め、それでいて隠しきれない胸の膨らみに俺の眼は釘付けだ。

 あれは去年見たときよりも確実に増しているな。

 俺の視線に気がついたのか、椿姫は胸元に手をあて隠した。


「胸見すぎ」

『おぬし相変わらずスケベじゃの』


 照れくさそうに言う表情はすこし垂れ気味の目元に左の泣き黒子が特徴的で、学園に隠れファンが二万人はいると噂がたつのも頷ける。

 そして、俺をスケベ呼ばわりしたのは椿姫の腰元で紅漆仕立ての赤鞘が美しい、三尺あまりの長刀、彼女の神器『赤鈴』。

 他人の神器は主以外の人間に滅多に語りかけることはないが、家族や長い時間をともにした親しい人間には希に話しかけることもある。

 小さい頃からお隣だった神導家とは当然ながら顔なじみで、同い年の椿姫とはこれまた当然のごとく幼なじみという間柄なのだが、世間一般が期待するような毎朝一緒に登校したり、実は俺のことが好きだったり、ツンでデレたりするような淡い期待を抱けるような間柄ではないのが非常に残念だ。

 優良生徒の代表格とも言える椿姫と万年問題児の俺とでは生活のリズムも違い、中学に入ると自然と会話も会う機会も少なくなり、思春期特有の見えざる壁が二人の仲を邪魔していて、決して避けられているわけではないはずだ、と俺は思いたい。


「うす。珍しく遅いな」

「おはよ十兵衛。今朝は生徒会がないのよ」

「朝から変態行動やめてくれない? てか死んでくれない? いますぐ飛び降りて」


 ものすごい舌打ちの連打と、その視線だけで人を石化できそうな目つきをこちらに向けてくる小夜子を無視し、隣に立つ椿姫にむけて一応の挨拶を交わす。

 俺と小夜子のやり取りをみて椿姫が苦笑すると、彼女の腰元からチリンと鈴の音が鳴った。

 椿姫の赤鈴は鞘から何の変哲もない小さな赤い鈴を釣り下げ、その鈴の音は彼女が全力で走ったとしても鳴ることはなく、たまに見せる普通の女の子でいるときだけ、涼しげな音を聴かせてくれる。

 椿姫との微妙な距離感を残念に思っていたが、鈴が鳴るってことは、まだ自然体で接っしてもらえているようだ。

 久々に椿姫の登校時間にカチ合ったこの機会を大いに生かしたいのだが、まず小さな壁として、俺と椿姫の間で決して会話をさせようとしない小夜子が邪魔すぎてしょうがない。

 こいつ消えてくれないかな。


「朝に会うのは久々だな」

「そうね、中学の卒業式以来かしら」

「うっせ、姫姉に話しかけるんじゃねーよ」

「んじゃ、一月ぶりか。最近は話す機会も少なくなったしな」

「私が生徒会に入った辺りで生活のリズムが合わなくなったからね」

「おい、シカトしてるんじゃーよ! 私の頭越しで会話するな」


 まったくいつからこんなに口の悪い子に育ったのか。確実に母親の影響だろうけど。

 ちびっこ小夜子の頭越しに会話をしていたのが相当気に入らなかったのか、ようやく到着したエレベーターに乗るため一歩前にでたのと、俺の顎めがけて下方から薙刀の柄が襲ってきたのは同時だった。

 とっさに体をひねって後方に躱し、体勢を整えた俺が見たものは、俺以外の住人が乗り込むエレベーターと必死に閉じるボタンを連打している小夜子だった。


「あ、おい! 俺も乗……」

「死ねカス!」


 またもキャッチボール不可の剛速球を投げつけた小夜子の一言を残して、無情にもエレベーターの扉は閉じ、階数表示が下がっていく。

 椿姫も小夜子のことを止めてくれてもいいのにと思っていると、後腰の二刀がさえずり始めた。


『椿姫どのはまた一段と美しくなってたチュン』

『我らがボケ主とは雲泥の差だカァ』

「ほっとけ」


 あのままエレベーターに乗っても小夜子との喧嘩が勃発していたのは容易に想像できたため、これはこれで良しと思っていたが、十分以上もその場に待たされるとは思いもしなかった。


 マンションの一階から五分ほど走ると戦場ヶ原学園の『外堀』に辿り着く。

 江戸城跡地を利用して作られた戦場ヶ原学園は初等部から大学部まで無数の校舎が点在し、総生徒数が二十万人以上も在籍する巨大学園都市だ。

 学園の巨大な敷地は高さ十メートルはある石垣と最大幅五十メートルの外堀が囲んでいるため、生徒は三十六見附を抜けなければ学園内に入ることは出来ない。

 ちなみに見附とは堀に面した城門の前に小さな広場を設け、そこに見張りを立たせ不審者を「みつける」ことからついた名称で、いまでは屈強な教師やガードマンが見附に立って学生を出迎えている。

 悠長に歩いていては一番近くの四谷見附を通る頃には八時半を超えてしまう。

 そこから俺の通う大清水校舎までがまた遠く、出席をとりはじめる八時三十五分に到着するにはギリギリの距離だ。

 十連続遅刻のために待っている恐ろしいアレを回避するには、経費削減のために弁当と水筒を持参する俺だが、痛い出費を覚悟してでも竹屋を呼ぶしかない。


「竹屋〜」

「竿だけ〜」


 気の抜けたかけ声と共に外堀に浮かぶ何艘かの小舟のなかで一番近くの船が近づくと、俺は船頭の男に百円硬貨を放る。

 船頭は百円を受け取ると代わりに十メートルはありそうな竿の先端をこちらに差し出してきた。

 俺が立っている堀の幅は二十メートルと外堀の中では一番幅が狭く、この竹を使えば堀を飛び越えることも身体能力に自信のあるここの学生ならば可能だ。

 竹竿を小脇に抱え、助走距離をとって外堀に向け全速力で走りだし、全身のバネをつかって大きく踏み切ると棒高跳びの要領で竹竿を堀へ突き立てた。

 竹は適度にしなった後、元に戻ろうとする力が俺の体を浮かせ、反動が最大限になったところで手を離し石垣の上から垂らされたロープへとしがみつく。

 周りを見れば同じようにロープにしがみつく生徒を多数見受けられるが、中には失敗して掘に落ちていく者も何人か見受けられた。

 さらにこのロープにも必ずハズレが混ざっており、それを引いた学生が悔し紛れの罵声を上げながら堀へと転げ落ちていく。

 竹屋の奴らがそいつらを回収して救助料を取るのが毎朝見ている光景のひとつなのだが、まったく大学部の奴らもうまい商売を考えやがる。

 カミソリの入り込む隙間すらないと言わしめた江戸城の石垣を足場にロープを登り、江戸時代には防壁となっていた高い城壁は現在は撤去され、代わりに植林された木々と、広すぎる学園の交通手段として建設された『外堀モノレール』が俺の頭上を通り抜けていった。

 腕時計に目をやると長針は二十五分を示している。

 走っていけばなんとか間に合いそうだな。

 石垣を登る際についた土埃を払い、軽く走り出したところで、頭上から低い女性の声が降り落ちてきた。


「十見十兵衛覚悟!!」


 いつからそこで待っていたのか分からないが、大木の上から抜き身の太刀とともに白い羽織を纏ったセーラー服姿の女子学生が俺の頭上めがけて襲いかかってきたのだ。


「どわ!」


 とっさに前転で攻撃を躱しつつ、スカートの中をチェックするのを忘れてはいけない。

 風圧でめくれて容易に観察可能なスカートの中身は……スパッツかよ!

 神聖にして秘密の花園たるスカートの中にあるのがスパッツだなんて邪道すぎる!

 上から襲いかかってきた太刀が勢い余って地面へと突き刺さったため、抜くのに手間取った彼女と距離を取った俺は、襲われた怒りよりもその邪道さに憤慨し声を荒げながら言い放った。


「不意打ちするならスパッツ履くな!」

「スケベが! それに不意打ちじゃない! ちゃんとかけ声をかけた!」

「いや、頭上から襲ってくるのは不意打ち以外ないだろ」

「うるさい! 貴様にそのような説教をされる覚えはない!」

「襲われてるんだから言わせろよ。えっと、君はたしか、佐藤珠代?」

「大橋蘭子だ! 一字もあってないじゃないか!」

「そうだ、蘭子ちゃん。覚えてた。いやぁ、ちょっとボケてみただけなんだ」

「息を吐くように嘘をつくな! その様子ならなぜ襲われるかもわかってはおるまい」

「いいや、わかっている! この十見十兵衛そこら辺のラノベ主人公のごとく鈍感を売りにするような性格ではない!」


 自信満々で言い放つと、蘭子は少し顔を赤くしながらも切先を俺の顔に向けて構え、こちらの出方を待っていた。この反応は俺が十六年待ちにまっていたアレに違いない。


「俺に愛の告は」

「違うわボケぇぇぇ」


 全部言い終わる前に蘭子が三連突きを放ち、間合いを一気につめてくる。

 三回目の突きを躱し、彼女が体勢を乱したところで大きく距離をとった。


「ちょ、待ちなよ! 真剣だよ!? 刺さったら死ぬよ? 死ななくても大けがだよ?」

「死ね!」

「待って待って! いくらこの学園でも殺したら殺人罪になるのは知ってるでしょう。そんなに殺したいのなら決闘システムを使えばいいじゃないの」

「バーチャルリアリティによる決闘なんて、私の気が済まないのよ!」

「俺が何をした」

「見附以外の登校は罰則の対象だというのは貴様も知っているだろ」

「周りをみろ! 俺以外にもいっぱいいるじゃないか」


 間合いを取りながら対峙する俺たちを余所に石垣を登り終えた学生達が走り抜けていく。彼らはこちらに軽く視線を寄越すが、自分達に火の粉が飛ぶのを恐れて完全に無視していた。

 それもそのはずだ。

 いま俺の目の前にいる大橋蘭子が着ている白い羽織の背中には恥ずかしげもなく大きな筆文字で「風紀」と書かれているのだ。

 いまどき風紀委員って。

 笑われちゃいますよ。

 学園物の定番中の定番、力をもった生徒会とか風紀委員と不良との対決とか。だが、その笑われそうな事がこの戦場ヶ原学園ではまかり通るのである。

 高等部在校生だけでも五万人はいるこの学園では、光もあれば影もある。そんな学生の安否をただのモラルだとか良心とかに頼っていては傷つく生徒は減りはしない。

 いくら競争社会とはいえ、弱者を見捨てることが絶対ではないのだ。


「ほら、いまもあそこから!」

 俺から目を離さず違反者を見ようとしない蘭子に、わざわざ指さして現行犯を教えてやっているのに、彼女はそちらを振り向きもしない。


「見えない」

「ええ?」

「お前以外は見えないな」

「それって口説き文句!」

「違う! 貴様は……。自分がやったことを忘れたか。三日前、お前は非番の私に対して……こともあろうに大衆の面前でスカートを捲ったのだ!」

「え……それだけのことで」

「それだけとは何だ! あの恥辱をいまでも忘れない。しかもあの日に限ってスパッツをはいてなかった私はお気に入りの……見られ……」

「くまさんパンツ」

「言うなぁ!」


 蘭子は目に見えて顔を赤くしながら、剣技の片鱗も見えない大振りをしてくる。それを見切りながら、俺は自分の小太刀に手をかけハッタリをかます。

 俺が武器に手をかけたことで蘭子も落ち着きを取り戻したのか、一定の間合いをとるとこちらの出方を伺いだした。


「大橋蘭子。俺のことを知っていて決闘をしかけているんだな?」

「もとより承知の上よ。噂のお前を倒せば学園での評価もあがるし、自分に注がれた恥辱を晴らすこともできる。この上ないわ!」

「なら秘密を教えてやる。俺が“無敗十傑”に祭り上げられていることとスカート捲りは密接に関係しているんだ!!」

「な……ん……だと?」


 長さが三尺、重さは軽く見ても三キロ以上はありそうな大太刀を力任せに振り回していた蘭子は肩で息をしながら俺の言葉に耳を傾けようとしていた。ここで彼女を説得しなければ俺の命が危ない。

 口からでまかせでも彼女が俺のことを畏怖すれば、逃げる隙くらいできるはずだ。


「実は俺、未来がわかるんだ」

「は?」

「本当なんだ。あるものに書かれた予言をみることによって、未来に起こる事がわかるんだ。だからこそ俺は不意の襲撃を避けることができ、いまでも無敗を保っている」

「まさか未来日記? 携帯端末的なものに私の行動が載っているとか!?」

「おしいな。そんな某漫画的のようなアイテムではなく、もっと身近な物に予言が書かれているのだ」

「それは一体……」

「女の子のパンツ」

「やっぱり死ねぇ!」

「なんでだよ! 君が襲ってくることも俺は予知して……」

「お前がスカート捲りしてるからだろうが!」


 そのまま大橋蘭子と仲良く朝のマラソンをし、教室についた俺の腕時計の針は八時五十分を指していました。


遅刻回数過多のため、四月二十日から二十七日までの間、

・亜城明

・十見十兵衛

・来海真一郎

以上三名を剃髪刑の指名手配に処する。

戦場ヶ原学園 高等部総合生徒会


 放課後、高等部用総合掲示板に張り出された連絡事項の中に、自分の間抜け顔が載っている指名手配書を見つめ、ため息をついた。

 来る者拒まず去る者逃がさずを校訓とするこの学園では遅刻が数百回になろうとも退学処分になることはない。しかし、寛大なるこの学園にも自分が犯した罪に対してそれなりの罰則が設けられている。

 遅刻を連続十回すると丸刈りにされるのだが、問答無用で刈られるわけではない。

 罪人にも反省する機会を与えられ、手配期間中、定時に登校すること、学園内において十六時から二十時まで校内に留まること、その間に風紀委員に捕まらないことが条件だ。

 この広い敷地内で鬼ごっこをしろと言ってるわけなのだが、俺の場合は、指名手配を受けたのが致命的だった。

 指名手配を受けた場合、高等部部活連までがここに参加してくるのだ。

 なぜここに部活という青春を謳歌している奴らが、たかだか一生徒の罰則ごときに動くかといえば、学園の特殊なクラブ環境に理由がある。

 戦場ヶ原学園は在学生の多さもあってか部活動が非常に盛んだ。

 同じ学園ながら人気のあるサッカー部などは第一から第十三部まで存在し、当然のごとく部費が平等に分配されることなどない。強者がより多くの予算を勝ちとり、弱者は容赦なくカットされる。

 部費という名の金に飢えた野獣のごとき部活愛好者にとって、指名手配者を捕らえることは賞金という名の予算が上乗せされるため、この機会を逃すものはいない。

 八回遅刻した後は普通に登校し指名手配になることを避けていた俺にとって、このような結果になったのは非常にまずい状況なのだ。


 明日から待っている憂鬱な指名手配期間を思うと、部活へ向かう足取りは重く、今日はサボるかなと邪な考えを打ち破り、部長という職責をまっとうするために向かう俺って偉くない?

 俺が所属しているクラブは半蔵門の方にあるため、そこの道すがら第一女子サッカー部、第七女子バレーボール部、第三女子ソフト部、第五女子陸上部の練習風景を堪能し、さらにランニング中の千姫女子大第四テニスサークルの後について五キロほど走ると、ほどよく我が愛しの第零茶道部のプレハブ小屋が見えてきた。

 内堀に面した場所に建てられた部室は、蔦に被われ一見周りの木々と同化し、樹木のなかに部室があるような錯覚すらおこす。

 引き戸を開けると室内は薄暗く、八畳ほどの作法室は古い畳と日向のにおいがした。

 明かり取りのための障子窓を開け放ち、床の間の側に積み上げられた綿がほとんど入っていない薄っぺらい座布団を丸めて枕がわりに部屋の中央で寝転ぶと、携帯端末を取り出して、本日の部員参加状況をチェックしはじめる。


 これが俺の部活動のスタートであり、部長としての職務だ。

 

 件名:あにみ

 本文:部長、本日見たいアニメがあるため休むでござる by村田


 件名:Re:Re:Re:Re:Re:Re:今日どする

 本文:いつもどうりっす あみ


 件名:ばかだろ(笑)

 本文:おまえなに指名手配処分くらってるの? 死ねばいいのに。 織部


 幽霊部員はいつものごとく来る気配のないメールをよこしてくる。

 メールしてくるだけ偉いなと思った俺は部長失格か。

 畳があって寝っ転がれて部費でお茶とお菓子が食えるからいいなと思う程度で入った茶道部は入部した一週間後には俺ともう一人を残して全員いなくなってしまった。


 理由は簡単。ただの喧嘩だ。

 気ままな理由で叩いた部室にいたものは反吐がでるほどの悪党のたまり場で、その日から先輩の方々との対決が始まった。

 一週間ほどの死闘とも言える争いは、俺たちの勝利に終わりはしたが、追い出した連中と学園内で会えば、五秒で火がつくほど関係は悪化したままなのが俺の日常を愁いている。

 三十人はいた部員が抜け、いまでは俺が部長となりもう一人の部員と五人いなければ部として認められない理由から帰宅部三人を捕まえ、なんとか存続しているのが実情だ。

 何とはなしに考え事をしていると、扉を開けるカラカラと乾いた音が静かな室内に響いた。


「ジュジュ今日は早いね。いつもなら第二女子新体操部を見にいってる頃なのに」

「今日は遠征で体操部はいないのだよ」

「さっすが。全女子クラブのスケジュールを把握してるだけのことはあるね」

「なぁ、いい加減俺たちも高校生だ。ジュジュって呼び方を変えてもいいんじゃないか」

「え〜、ボクにとってはジュジュはジュジュだし」


 俺をジュジュと呼ぶのは、唯一の正式部員にして我が信頼すべき副部長の如月真だ。

 夕日に照らされたシルエットに浮かび上がった姿は、私服登校が認められているにも関わらず、きっちりとした詰襟学生服を着込んでいる。

 まぁ、俺も毎日変える私服が面倒なため学生服登校をしているが。ただし、俺と違って真の学生服はまじめな生徒というイメージとは真逆で上着の着丈が思い切り短い、一昔前に『短ラン』と呼ばれていた、化石ものを愛用している。

 いまの時代に変形学生服を着用している人間は応援団くらいで、いまどきの不良と呼ばれる輩は存在すら知らないのではないだろうか。

 小柄ながらも非常にバランスの取れた長い手足とキリッとした目元、鼻筋の通った凛々しい顔立ちに時代遅れの格好は、どこかで昔の不良映画の撮影をしているのではないかと常に周りから好奇な視線に晒されている。

 これで髪型がリーゼントなら完璧な時代錯誤者なのだが、いたって普通のショートボブで、いつも男の子に間違われている真は正真正銘の女の子だ。

 こいつを女の子って言うのは、俺の中の何かがひっかかるが。

 真の特徴をもう一点上げるとすれば、彼女の左手に握られた長巻だろう。

 真の神器、愛刀『紅孔雀』。

 刃渡り三尺、柄が四尺と一見薙刀や槍と間違わそうなほど柄が長いこの武具は列記とした刀に分類される。

 紅孔雀はその名の通り柄も鞘も紅色をしており、柄巻と呼ばれる柄に巻かれた糸が玉虫織りという贅沢仕様で、照らされる光や角度によって色が変わる様は、まるで孔雀の羽のようだ。


「何をそんなに見つめてるんだい。さてはボクに惚れたか?」

「前から惚れているよ」

「冗談だったら殺すよ」

「殺される!」


 入り口に立つ真と部屋の中央にいる俺との距離はざっと二メートル。真の手が霞むと背筋も凍りつかせるような殺気が全身をなめまわし、瞬間、勝手に動いた俺の体は壁際まで退避していた。

 張り付くように壁に背をつけた俺の視界に写っているものは、先ほどまで寝転がっていた位置に紅孔雀が刺さっている光景だ。


「ちぇ〜。外しちゃった☆」


 かわいらしい言葉とは裏腹に真の表情は凄惨な笑みを浮かべていた。


「怖いわ! なに? 俺を殺す気!?」

「冗談言うから」

「俺らって冗談も言えない間柄なの!?」

「ふん」


 突き刺さった紅孔雀を抜き、むき出しの刃を鞘にしまい込む。見る人がみれば可愛らしい行動なのかな? これ。

 勘違いしやすい俺としては、真に惚れられていると思っていた時期もあったが、こいつには許嫁がいるんだよね。かなりイケメン大学生の許嫁が。


「まぁいいや、それよりもジュジュ、今日って予算会議じゃないの?」

「忘れてた!」


 慌てて靴を履き、部活の予算を決定している高等部総合生徒会へと駆けだした。

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